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第十四章:天空の地鎮祭 ―空を歩む脚と、四人目の同居人―

始まりの街クリープの夜明けは、鉄と魔力の擦れる音で始まった。  街の入り口には、王都から派遣された白銀の聖騎士団が整列し、その先頭には包帯まみれの男――ガレウスが、なぜか「インバ」と書かれたゼッケンを鎧の上から着けて立っていた。


「……ガレウス。お前、何してんの?」  現場へ向かおうとしたインバが、死んだ魚のような目で問いかける。


「インバ様! いえ、インバ師匠! 私は悟りました。真の強さとは、地位や名声ではなく、その……『圧倒的なまでの無関心と筋肉』にあるのだと! 今日から私は、貴方の資材運びの付き人として、人生をやり直す所存です!」


「……勝手にしてろ。邪魔だけはするなよ」    インバの後ろには、当然のようにリリィ、クラリス、ニーナの三人が並んでいる。聖騎士団が「聖女クラリス様を返せ!」と叫び声を上げるが、当のクラリスは「あら、ゴミ掃除の方が先ですわ」と、空を指差した。


 上空から、太陽を遮るほどの巨大な影が降りてきた。  魔王軍直属、飛行魔獣軍団。そしてその中心には、魔王の側近の一人である吸血鬼の貴婦人【エルゼ】が、優雅に巨大な蝙蝠こうもりの背に跨っていた。


「……鬱陶しいわね。魔王様が懸念されていた『イレギュラー』とは、あそこにいる泥まみれの男かしら? まとめてこの街ごと、空から塵に替えて差し上げましょう」


 空を埋め尽くす飛行魔獣たちが、一斉に口から腐食毒のブレスを吐き出そうとする。  聖騎士団は悲鳴を上げ、ガレウスは「師匠、ここは私が盾に!」と前に出ようとしたが――。


「……あー、もう。空から降ってこられたら、せっかく固めた堤防が汚れんだろ」


 インバは、シャベルをガレウスに押し付けた。  昨夜の修行は、レベル15の極致。一秒間に数万回のステップを刻み、空気の分子そのものを足場で固定する『空中散歩』の予行演習だった。


「(……撫でるように、空気を踏む)」


 インバが、大地を蹴った。  ――いや、空を、蹴ったのだ。


「え……?」  リリィの目が点になる。  インバの姿が、一瞬で地上から消えた。  次の瞬間、彼は遥か数百メートル上空、飛行魔獣たちの真っ只中に「立っていた」。


 レベル15の脚。その超高速の足捌き(あしさばき)は、足元の空気を一瞬で圧縮し、鋼鉄よりも硬い『空気の足場』を生成する。インバにとって、空はもはや飛ぶ場所ではなく、**「足場が悪いだけの工事現場」**に過ぎなかった。


「……邪魔だ。残業させんな」


 インバが空中で、右脚を振り抜いた。  20倍速にまでリミッターを一時解除した、超圧縮旋風脚。


 ――ズ、ガァァァァァァァン!!


 空気が爆ぜた。  インバの脚から放たれた衝撃波は、物理法則を無視した真空の刃となり、空を埋め尽くしていた飛行魔獣たちを一瞬で叩き落とした。それは攻撃というより、空気に溜まった「煤」を一気に払い落とす大掃除だった。


「な……!? 空気を踏んで、飛んだというの!? しかも、一撃で私の軍団を……っ!」


 側近のエルゼが驚愕し、自身も魔力を練り上げる。だが、インバはすでに彼女の背後に立っていた。空中を「散歩」するような軽やかな足取りで。


「……あんたが親玉か。現場の邪魔すんな。……それと、その蝙蝠、糞を撒き散らすなよ。掃除が大変なんだ」


「あ、貴方……。私に、掃除の心配を……?」


 エルゼは、初めて自分を「魔王の側近」としてではなく、「迷惑な通行人」として扱う男の瞳に、言いようのない衝撃を受けた。数百年、恐怖と畏怖の中で生きてきた彼女にとって、この「圧倒的なまでの日常主義」は、どんな魔術よりも甘美で暴力的なカリスマに見えた。


「……フフ。面白い。面白いわ、インバ」


 エルゼは不敵に微笑むと、紅い霧となってその場から消えた。  直後、空を覆っていた魔軍は霧散し、クリープ街には再び平和な(?)静寂が訪れた。


第二幕:混迷の昼食 ―四人目の「居候」―

 「……よし。空の掃除は終わった。ガレウス、そのシャベル返せ。仕事に行くぞ」


 インバが地上に降り立つと、そこには跪く聖騎士団と、鼻の下を伸ばしたガレウス、そして般若のような顔をした三人のヒロインが待っていた。


「インバ様ぁぁ! あの空を舞うお姿、正に大天使……いえ、土木の神様ですわ!」 「インバ! あんた、いつの間にあんな変態的な動きをマスターしたのよ! 私にも教えなさいよ、『スカイ・ビッグバン』とか撃てるようになるでしょ!」


「二人ともうるさいわね……。インバ、アンタ、さっきの女に鼻の下伸ばしてなかった?」  ニーナがジト目で詰め寄る。


「伸ばしてねえよ。……それより、誰だ? あの角が生えた看板娘」


 インバが指差した先。  いつの間にか、インバの家の玄関先に、地味なエプロンをつけた黒髪の美少女が立っていた。頭には小さな角があるが、「これはファッションです」と言わんばかりの涼しい顔をしている。


「……初めまして、インバ様。今日からここで、家政婦として雇っていただくことになりました、エルと申します。……お掃除は、得意ですよ?」


 それは、先ほど空で戦ったはずの吸血鬼エルゼだった。  彼女は魔王軍の任務など放り出し、インバという人間に「物理的に混ざる」ことを決めたらしい。


「えええええええっ!? 何よあんた! 出て行きなさいよ!」 「そうですよ! インバ様の身の回りのお世話は、私が聖なる力で……!」 「ポテチ……。あんた、ポテチの買い出しはできるの?」


 リリィ、クラリス、ニーナの三人が一斉に詰め寄るが、エルゼ(エル)は優雅に会釈するだけだ。


「あら、皆様。私、魔王軍の給料で『王都限定のプレミアム・ポテト』を一箱確保しておりますわ」


「「「採用!!」」」


「……お前ら、神のプライドとか適正とか、どこに捨ててきたんだ」  インバは力なく肩を落とした。


第三幕:現場という名の聖域

 結局、インバの「付き人」としてガレウスが荷物を運び、四人の「居候」が後ろをゾロゾロとついてくるという、地獄のような大行列で現場へ向かうことになった。


 今日の仕事は、昨日の爆発でボロボロになった街道の舗装だ。  インバは、レベル15の脚を使い、超高速で地面を「踏み固めて」いく。


「(撫でるように、ならす……)」


 彼の足跡がついた場所は、まるでお手本のような平坦な道へと変わっていく。  隣ではガレウスが「これが、神の足運び……!」とメモを取り、リリィが「ビッグバン舗装!」と叫んで土を焼き、クラリスが「聖なる舗装ですわ」とお浄めの塩を撒き、エル(エルゼ)が魔力で資材を軽々と運んでいく。


 ニーナだけは、木陰でプレミアム・ポテトを食べていた。


「……お兄ちゃん。なんだか、家がもっと狭くなりそうだね」  モコが困ったように笑う。


「……ああ。……でも、まぁ。道は綺麗になったしな」


 インバは、汗を拭いながら完成した街道を見つめた。  背後では、四人のヒロインが誰が一番インバの隣に相応しいかで魔法をぶっ放し合い、ガレウスがそれに巻き込まれて吹っ飛んでいる。


 魔王の側近までが日常に混ざり込み、勇者が付き人になる。  世界がどれほどひっくり返ろうとも、インバの目的は変わらない。  「今日中に、この道を完成させること」。    最強のモブが見る「現実」は、今日もまた、誰にも真似できない速度で、確実に作り変えられていくのだった。


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