第十三章:修羅場の食卓 ―三位一体の居座り宣言―
「……なんで、こうなった」
夕食のテーブルを前に、インバは深い、あまりにも深い溜息をついた。 元々、妹のモコと二人で静かに暮らしていたはずの家には、今や「元ニート女神」「爆裂幼馴染」、そして今日新たに加わった「泥まみれの初恋聖女」がひしめき合っている。
「インバ様、このスープ、少し塩気が足りないようですわ。私が王都仕込みの聖なる味付けで整えて差し上げますわね?」 微笑むのは、初恋の相手であり聖女の【クラリス】だ。彼女はガレウスたちを見捨て、勝手にインバの家に転がり込んできた。その手には、なぜかどこからか取り出した最高級のスパイスが握られている。
「ちょっと! 勝手にインバのキッチンに入らないでよ! 味付けなら、付き合いの長い私が一番よく知ってるんだから!」 リリィが洗濯板のような胸を張って割り込む。彼女にとって、クラリスは「自分よりも少し(身体的に)育っている」という一点において、最大の警戒対象だった。
「あら、リリィさん。付き合いの長さと、愛の深さは比例しませんのよ? インバ様のような『本物の力』を持つ方には、私のような慈愛に満ちた伴侶が相応しいのですわ」
「なっ……慈愛!? あんた、さっきまでガレウスの隣で『あいつはもう用済みですわ』って顔してたじゃないのよ!」
火花が散る二人の間を、ニーナが「パリッ、パリッ」と小気味よい音を立てて横切る。
「はいはい、喧嘩しないの。インバを一番理解してるのは、彼の魂(夢)を毎晩弄り回してるこの私なんだから。……それよりクラリス、あんた王都の聖騎士団からポテチの備蓄を奪ってきてないの? それさえあれば、あんたの居座りを女神として公式に認めてあげてもいいわよ」
「……ニーナ、アンタは黙ってろ」 インバは再び頭を抱えた。
第一の波:聖女の誘惑と「鋼の脚」の使い道
翌朝。インバは逃げるように現場へ向かったが、当然のように三人娘がついてきた。 今日の現場は、大雨で決壊しかけている「クリープ川」の堤防補強だ。
「インバ様、危ないですわ! そんな重い土嚢を……。私の『聖なる結界』で雨を凌ぎましょう」 クラリスが魔法を展開するが、インバは首を振った。
「結界なんて張ったら、作業員たちが中に入れないだろ。……おい、リリィ。その辺の土、魔法で熱して固めてくれ。レンガの代わりにする」
「任せなさい! **『ビッグバン』**の火力を一点集中させて――」
「街ごと焼くなよ!?」
インバは、昨夜レベル15になった「鋼の脚」を地面に突き立てた。 彼は土嚢を積むのではなく、**「脚の震動で地盤を直接圧縮して固める」**という、もはや土木工学を無視した暴挙に出る。
――ドドドドド!!
インバが軽く足踏みをするたび、ぬかるんでいた土が鉄板のように硬く締まっていく。20倍速に近い細かな振動。それは、堤防を叩く濁流のエネルギーを、そのまま地盤の強度に変換するような精密な打撃だった。
「……すごいですわ、インバ様。そのお御足……。是非、今度私のお腹の上でも……」 「何を卑猥なこと言ってるのよこの泥聖女!!」
クラリスの暴走にリリィが杖を振り回し、その隙にニーナが作業用のショベルを枕に昼寝を始める。 現場はもはや、地獄絵図だった。
第二の波:日常の崩壊と「夢」の境界
夕暮れ。なんとか堤防を「永久欠壊不能」なレベルまで固め終えたインバは、疲れ果てて家路についた。 だが、家に着いても安らぎはない。
「インバ様、お風呂が沸いておりますわ。……ご一緒しても?」 「インバ! こいつの言うことを聞いちゃダメ! あんたは私と今日の反省会(魔王討伐の勧誘)をするのよ!」
二人に左右の腕を引っ張られ、インバは「15倍の筋力」で必死に耐える。 すると、後ろからニーナがぼそりと呟いた。
「……インバ、今夜の修行は『三人同時のヒステリーを、レベル20の速度で全て聞き流しながら、針の穴に糸を通す』にしましょうか」
「……やめてくれ。心が壊れる」
唯一の癒やしは、モコが作ってくれた大量のふかし芋だった。 三人の美女(うち一人は自称・女神)が、狭い家の中で互いを牽制し合いながらジャガイモを奪い合う。インバは、その喧騒の輪から少し外れたところで、夜空を見上げた。
「(……モブに戻りたい。ただ、明日も現場に行きたいだけなんだ)」
しかし、そんな彼の願いとは裏腹に、事態は風雲急を告げる。 クラリスを追ってきた王都の聖騎士団の先遣隊が、街の入り口まで迫っていた。そして、その背後には、勇者ガレウスを「失敗作」として処分しに来た、魔王軍のさらなる上位幹部の影が……。
「……はぁ。明日も、残業になりそうだな」
インバは最後の一口の芋を飲み込み、重い腰を上げた。 最強の「夢」と、三人の「厄介な愛」を背負った土木作業員の明日は、どっちだ。




