聖剣の運び手
後書きに思いついた裏設定や後日談を書きなぐっています。
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クスっとでも笑えたなら評価ください!
――歴史上類を見ない力技で聖剣を強奪した大罪人。
当初男はそう呼ばれていた。
「うぬぬぬぬ……、ふうんどりゅらああああああああああああ!!!!」
「(ぶっ壊しやがっただわさーーーーーー!?!?)」
それもそのはずで、来るべき時に相応しい人物によって引き抜かれるはずだった聖剣を、その異常なる怪力で無理矢理破壊して台座ごと奪ってしまったのだから。
だが、それも束の間の話だった。聖剣を破壊するために魔王からその配下が放たれるようになると、その評価は一変する。
なぜなら男はその剛力でもって襲い来る魔王の配下たちをことごとく返り討ちにしていったためである。
「どぅうおおおおおおっるわあああああああああああああああ!!!!」
「(曲がるだわさーーーー!?折れちゃうだわさーーーー!?)」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?」
いかに屈強で凶悪な魔物どもとて、台座付き聖剣という超重量級の質量兵器――とついでに聖剣から発せられていたホゥリィパワァ――に抗うことはできず、ただただ粉砕されていくばかりだった。
さらに男は、行く先々で聖剣を引き抜こうとする挑戦に気安く応じていた。中には「己ですら抜くことができなかった聖剣を見せつけていた」という穿った意見もあるが、最も有力なのは「正式な持ち主を探していた」というものである。
いつしか男は『聖剣の守護者』や『聖剣の運び手』と呼ばれるようになっていた。
……そして、ついに彼らの運命は交錯する。
その日もまた、男はいつものように聖剣を引き抜こうとする者たちの求めに応じていた。
リィーソ王国の辺境の街ドーホー。現在においては勇者の足跡の第一歩を辿ることができる世界有数の観光地であるが、当時は街と呼ぶのもはばかられる程度の鄙びた都市だった。
そんな街の中央にある唯一の広場は、珍しく多くの人々で一杯になっていた。
「うっ!ぐぐ、ぐううううっ!」
度重なる魔王の配下との戦闘で少しばかり歪になりつつある台座に乗って、聖剣を引き抜こうとしていたのは一人の冒険者だった。辺境であるがゆえに頻発する魔物との戦いを生業にしているためそれなり以上の体格の持ち主だ。
だが、運び手の男と比べると一回り以上も小柄に見えてしまっていたことから、集まっていた聴衆からは応援というよりも野次に近い歓声が上がっていた。
「……っだあああ!ダメだああ!」
力尽きた冒険者が柄から手を放してへなへなと崩れ落ちた途端、どっと笑い声が起きる。
その様子に、さもありなんと運び手の男は小さく笑みを浮かべていた。なにせ彼は当代一とも噂されるほどの怪力の持ち主なのだ。力だけでどうにかなるのであれば、とうに自分が聖剣を引き抜いている。それだけの自信があった。
そんな男の前では、次々に力自慢たちが聖剣の引き抜きに挑戦しては失敗するを繰り返していた。
やがて、長かった列も終わりを迎える。
「どうやらこれで終わり――」
「あの、せっかくだから僕も挑戦していいですか?」
男の言葉に割って入ったのは、まだ少年と言っても差支えがない年齢の華奢な人物だった。
「お前が?」
「はい!聖剣に触れる機会なんてこれっきりでしょうから、記念にと思って」
侮る男の視線を意に介すことなく少年はハキハキと元気に応える。
「あと、この前の戦いで剣が壊れちゃいまして。もし抜くことができたら新しく買う必要もなくなるかなって」
と、バツの悪そうな顔で相棒不在の鞘を差し出してくる。
なるほど、どうやらこの少年は先日郊外で発生した魔王の配下たちとの戦いに参加していたらしい。なお、懲りずにやって来た魔物たちの大半は男が一人で粉砕していたりする。
更に言えばこれまでもお遊びだったり同様の理由で女性や子どもが挑戦したことはあった。
既に本命とも言える連中の挑戦は終わっているのだ。同じ戦場にいたらしい勇敢な少年に少しくらいのサービスがあってもいいだろう。
「いいぜ。やってみな」
「ありがとうございます!」
ちょっとだけ斜めに傾いた台座へとぴょんと飛び乗り聖剣へと手を伸ばしたその時だった。
「うわっ!?」
足を滑らせた少年は咄嗟に柄を握ることで難を逃れる、はずだった。
しかし、その身体は支えられることなく、すってんころりんと豪快に転倒してしまう。
「痛ったたたた……」
転んだ拍子に強かに打ち付けた腰をさすりながら呻く少年の声だけが聞こえていた。
「……え?」
広場という広大な空間から音が消え失せるという異常事態に、ようやく少年が気付く。集まっていた聴衆たちの誰もが彼を、いや彼の手の先にあるものを見つめていることにも。
そんな視線に導かれるように、少年の顔が自らの右腕からその先へと動いていき……。
「……あ、抜けてる」
そこには白銀の剣身の全てを太陽の下に晒した聖剣がしっかりと握りしめられていた。
「はああああああああああああああああ!?!?」
「えええええええええええええええええ!?!?」
「うわあああああああああああああああ!?!?」
「(よっしゃだわさーーーーーーーー!!!!)」
一拍の後、爆発するように大勢の絶叫が響き渡る。その大きさはすさまじく、街の中はもちろんドーホーへと向かっていた行商人にまで届いたと言われている。
「聖剣が抜かれた!」
「勇者だ!勇者様だ!」
「きゃー!勇者様ー!すてきー」
「嘘だろ……」
「なんであんなヒョロっちいガキに……」
歓声に混じって黄色い悲鳴もあちらこちらから上がる。その一方で聖剣引き抜きチャレンジに失敗した冒険者を始めとする力自慢たちは呆然としていた。
そんな中にあって運び手の男だけは泰然として勇者の誕生を喜んで――。
「なんで俺が抜けなかったのに、お前みたいなやつが!?」
はいなかった。どうやら他の連中と同じく急展開に脳が理解を拒んでいただけのようである。
「いやあ、なんでと言われても、どうしてなんでしょうか?」
「だから俺が知る訳ないだろう……」
倍以上の体積がありそうな巨漢ににじり寄られながらも怯える気配も見せず、少年はぽやんとした調子で尋ね返す。小首を傾げる仕草に嫌味なところは一切なく、だからこそ毒気を抜かれたのか男はがっくりと肩を落とすのだった。
その後すったもんだの挙句王都へと強制連行された少年は、リィーソ国王から『勇者』の称号を拝命させられて、その上魔王討伐の人を押し付けられることになる。
……運び手の男を巻き込んで。
「なんで俺まで……」
「あははは。ダメ元でお願いしたんですけど、通っちゃいましたねえ」
少年の要望を受けた王は「悪しき魔の手から聖剣を守り通した功績を称えて勇者と同行することを許可する!」などとそれらしいことを言っていたが、要は怪力の持ち主を国内に居着かせないようにする体のいい厄介払いである。
もっともこの措置には、街角の破落戸や荒くれ者に始まり貴族の私設騎士団に至るまで、聖剣を寄こせと絡んできた連中を見境なしにぶっ飛ばしてきた男にも原因があったのであるが。
こうして聖剣の勇者となった少年と怪力無双の男という、凸凹コンビによる旅が始まるのだった。
〇勇者になった少年
神々の祝福を得ていたこともなければ、特別な血筋の持ち主でもないごく一般的な少年。
ただし、問題児やアレな貴族子女たちが放り込まれることで有名な修道院に付属するように建てられた孤児院の出身のため、高度な教育を受けていて貴族的な思考もできる。そのため純朴そうに見えて実は計算高い一面を持つ。
魔王を討伐してから一年ほどで聖剣と共に人の世から姿をくらます。過酷な旅の途中でその存在を知ることになった、聖剣の精霊と添い遂げるために。
やがて世界樹の麓へと運ばれた聖剣は再び眠りにつく。少年は精霊へとその身を変化させて聖剣に宿ると、夫婦の精霊として末永くイチャつくことになるのだった。
〇聖剣の精霊ちゃん
聖剣に宿っている精霊。男のメチャクチャな扱いに何度も本気で死を覚悟していた。少年が聖剣を抜いたことを最も喜んでいたのは彼女だったのかもしれない。
魔王軍との戦いの中で少年の能力が上がり聖剣との同調が増したことで姿を見せることができるようになる。その際彼に一目惚れされてしまい、「一緒に生きていけるようになれたら結婚でもなんでもしてやるだわさ!」とツンデレな答えを返してしまったのが運の尽き。
魔王討伐後に無事精霊に変化して聖剣の中にまで押しかけられてきたことで、晴れて夫婦となりイチャイチャな毎日を送っているとかなんとか。
〇聖剣を引き抜く条件
聖剣を納めるための鞘を持っていること。「抜身のままの剣を持ってうろつくだなんてヤバイやつだわさ」というのがその理由。
〇怪力無双の男
勇者伝説の最初から最後まで登場する、ある意味最重要人物。
魔王討伐後は勇者君の策略にはまりリィーソ王国の貴族となる。更に彼が「お世話になったお姉ちゃんたち」こと元悪役令嬢や元ヒロインたちを妻に迎えることに。
そんな妻たちの献身的な協力もあって、大変な苦労をしながらも領地を治め発展させることに成功し、多くの子孫たちに見守られながら九十八歳で大往生する。
「俺の人生はあいつにしてやられたみたいなもんだぜ」が後年の口癖。
〇男の得物
聖剣の台座だったものに鎖を付けて振り回せるようにしたチェーンハンマー?フレイル?みたいなもの。圧倒的な質量と重量によって立ち塞がる敵を粉砕する凶器。ちなみに、聖剣から長年かけて漏れ出したホゥリィパワァを吸収しており、悪魔や魔族特効が付いていたりもする。
勇者と共に聖剣が行方不明となってしまったため、代わりにリィーソ王国の宝物倉へと収められることになった。