8話
俺たちの革命は、驚くほど静かに、そして爆発的な速度で始まった。
結婚から一ヶ月後、俺たちは新会社『株式会社エデン』を設立した。代表取締役はもちろん輝夜。ソフィアは最高技術責任者(CTO)、そして俺はというと、法的に何の役職にも就けないため、『最高顧問』という名の、まあ言ってみれば陰の首領だ。
.俺たちの記念すべき最初のプロダクトは、二つ。
一つは、ソフィアの天才的な技術により、安全かつ高い性能を誇りながらも、徹底したコストカットを実現した入門用ローター、『ぷるぷるエンジェルちゃん』。価格は、女子高生がお小遣いで買えるようにと、輝夜の鶴の一声で500円に設定された。
そしてもう一つが、俺が前世の記憶とこの世界の文献を元に監修し、ソフィアが医学的な知見を加えて完成させた小冊子、『はじめての性のバイブル』。価格は1000円。生殖のためではない、自分の体を愛し、快感を知るための啓蒙書だ。
発売日、俺たちは固唾を呑んでパソコンのモニターを見守っていた。
「本当に売れるのかしら…こんな、はしたない物が……」
輝夜が不安そうに呟く。
「データ上は、潜在的需要は計測不能なレベルよ。爆発的に売れるか、社会的に抹殺されるか、どちらかね」
ソフィアは冷静に分析する。
そして、販売開始時刻の午前10時。
最初は、静かだった。ウェブサイトの販売カウンターは、ゆっくりと数字を伸ばしていく。
「……まあ、こんなものか」
俺が肩をすくめた、その時だった。
突如、カウンターの数字が、ありえない速度で回転を始めたのだ。
100、1,000、10,000……!
まるで壊れたスロットマシンのように数字が跳ね上がり、サーバーのアクセスランプが悲鳴のような点滅を繰り返す。
「なっ、何が起こっているの!?」
「SNSよ! 最初に買った誰かが、『ぷるぷるエンジェルちゃん、マジ神』って呟いたのがきっかけだわ! そこから爆発的に拡散している!」
ソフィアが高速でキーボードを叩きながら叫ぶ。
ネットの世界は、お祭り騒ぎになっていた。
『何これ…私、30年間損してた…』
『バイブル読んだ。目から処女膜が落ちた』
『500円で天国に行けるってマジ? ポチった』
『母にもプレゼントしました』
匿名性の高いネット空間で、これまで抑圧されてきた女性たちの本音が、マグマのように噴出したのだ。
そして、販売開始からわずか一時間後。
用意していた初回ロット、ローター十万個とバイブル五万冊は、あっけなく『SOLD OUT』の赤い文字に変わった。
「……売れた」
「……売れてしまったわ」
「……データ以上の結果ね」
俺たち三人は、顔を見合わせた。そして、誰からともなく、歓声の代わりに大爆笑が響いた。
「やった! やったぞおおお!」
「信じられない! これがビジネスなのね!」
「私のエンジェルちゃんが、世界に羽ばたいたわ!」
俺たちは子供のように手を取り合って、革命の第一歩が成功したことを喜び合った。
しかし、光が強ければ、影もまた濃くなる。
翌日、エデン社のオフィスには、山のような手紙が届き始めた。それは、ファンレターではない。真っ赤な文字で「恥を知れ」「悪魔の所業」「この国から出ていけ」と書かれた、脅迫状に近い抗議文だった。
送り主は、『純潔を守る乙女の会』『国家の品格を憂う婦人連合』といった、保守的で、禁欲主義を掲げる団体からだった。
「ヤマト、どうするの。彼女たちは、政界にも強い影響力を持つわ。下手をすれば、社会的な圧力をかけられて、会社ごと潰されるかもしれない」
輝夜が、深刻な顔で抗議文の束を俺に見せた。
そこには、俺たちのビジネスを「風紀を乱し、国家の根幹である貞操観念を破壊する、悪魔の所業だ」と、激しい言葉で非難する文面が並んでいた。
俺は、その手紙の一通を手に取ると、ふっと笑った。
「輝夜、ソフィア。これは、チャンスだ」
「チャンスですって?」
「ああ。彼女たちが騒げば騒ぐほど、僕たちのビジネスは注目される。最高の宣伝じゃないか」
俺は立ち上がると、窓の外に広がる街を見下ろした。
「それに、彼女たちの主張にも一理ある。僕たちは、ただ快楽を売るだけじゃダメなんだ。このビジネスが、いかにこの国の未来にとって有益で、倫理的で、そして『貞操を守る』ことに繋がるのかを、世間に知らしめる必要がある」
俺は、不敵な笑みを浮かべて、二人の妻に向き直った。
「さあ、第二ラウンドを始めようか。次は、テレビの生放送で、あの石頭のご婦人方と、直接対決してやろうじゃないか」
ピンク色の小さな衝撃は、やがて国全体を巻き込む、巨大な嵐へと変わろうとしていた。俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。




