6話
俺、相馬大和の結婚式は、控えめに言っても「異常」だった。
会場はこの国の最も神聖とされる大聖堂。天井にはフレスコ画が描かれ、ステンドグラスから降り注ぐ光は虹色の帯となってバージンロードを照らしている。荘厳なパイプオルガンの音色が響き渡る中、参列しているのは、国の政治、経済、軍事の全てを牛耳る、ドレスアップした女性、女性、女性。その数、実に五百。控えめに言って、圧がすごい。
「ヤマト、顔がこわばっているわよ。もっと堂々となさい」
「聖杯として、民に慈愛の笑みをお見せするのです」
俺の両腕に絡みつく、二人の美しき花嫁。純白のドレスに身を包んだ輝夜と、個性的なデザインのドレスを着こなしたソフィアは、小声で俺に檄を飛ばす。無理を言うな。俺の視線の先、最前列でハンカチを噛みしめて感涙しているエリザベスを除き、他の参列者全員の目が、完全に獲物を狙う肉食獣のそれなのだ。
「美しい……」「あの方が聖杯様……」「神々しいわ……」「一度でいいから、あの方の遺伝子を拝領したい……」
そんな欲望丸出しの心の声が、テレパシーみたいに聞こえてくるから困る。
やがて、白髪の女性司祭の前にたどり着くと、厳かに式が始まった。
「汝、ヤマトは、この妻たち、輝夜とソフィアを生涯の伴侶とし、健やかなる時も、病める時も、その聖なる御身を健やかに保ち、慈しみ、人類の未来のため、その貴き種を捧げることを、神に誓いますか?」
(なんか色々と違う気がするけど!)
俺は内心で盛大にツッコミを入れつつ、「はい、誓います」と神妙に答えた。
指輪の交換も無事に済ませ、いよいよ式はクライマックスへと差し掛かる。
「では、誓いの口づけを」
司祭がそう宣言した途端、会場の空気がピンと張り詰めた。全員が固唾を呑んで、俺たち三人に注目している。この世界の常識では、結婚の誓いのキスは、妻が夫の頬や額に、慈しみと忠誠を示すために、軽く触れるだけ、というのが伝統らしい。輝夜とソフィアも、そのつもりで少し背をかがめ、俺の顔にそれぞれの頬を近づけてきた。
だが、俺の常識は違う。
俺はニヤリと笑うと、まず輝夜の細い腰をぐっと引き寄せた。
「えっ……きゃっ!?」
驚く彼女の唇に、俺は真正面から自分の唇を重ねた。深く、そして長く。脳天を打ち抜かれたように目を見開いて硬直する輝夜。
会場から、「ひっ!」「きゃあああ!」という悲鳴に近いどよめきが上がる。
唇を離すと、輝夜は腰が抜けたように俺の腕の中でぐったりしている。俺は次に、目をぱちくりさせているソフィアの顎に手を添えた。
「ソフィア、君にも誓うよ」
「え、あ、ちょ、データにないわ、このパター……んむっ!?」
ソフィアの唇も同じように塞ぐと、彼女は驚きのあまりかけていた眼鏡を派手にずり落とした。
司祭は「おお……なんということでしょう……」と絶句し、エリザベスは腹を抱えて笑いをこらえている。参列者のご婦人方は「はしたない!」「なんて破廉恥な!」「でも、素敵……!」と、頬を赤らめて大混乱に陥っていた。
俺は、ぐったりする二人を両脇に抱え、涼しい顔で「日本の常識ですけど、何か?」と呟いておいた。
続く披露宴は、もはや戦場だった。
豪華絢爛な大ホールに、山海の珍味が並ぶ。しかし、料理に手を付ける者は少ない。誰もが我先にと、俺たちのいる高砂に挨拶という名の陳情にやってくるからだ。
「聖杯様! 我が社は航空宇宙産業の最大手! ぜひ、我が娘を三人目の妻に!」
「いいえ聖杯様! 我が軍事派閥こそ、あなた様をお守りするに相応しい! ぜひ、我が派閥の精鋭を!」
これは披露宴じゃない。大規模な合同お見合い商談会だ。俺が当たり障りのない笑顔で応対していると、ついにイベントの時間がやってきた。
「それでは皆様、お待ちかね! 本日の主役、ヤマト様による、ブーケトスでございます!」
司会者の高らかな声と共に、俺の手に可愛らしいブーケが渡された。この世界では、花嫁ではなく「花婿」がブーケを投げるのだという。「聖なる種を持つ殿方から、幸福と子宝の運気をおすそ分けしてもらう」という、なんとも生々しい儀式だ。
俺がバルコニーに立つと、眼下のガーデンには、さっきまで格式高く座っていたはずのご婦人方が、目を血走らせて待ち構えていた。ドレスの裾をたくし上げ、ハイヒールを脱ぎ捨て、準備運動までしている。もはや淑女の群れではない。ワールドカップ決勝のフリーキックを待つ、ディフェンダーの壁だ。
「え、これ、誰か死なない?」
俺の呟きは誰にも聞こえない。輝夜とソフィアは、もはや惨状を直視できず、顔を覆っている。
俺は意を決して、ブーケを空高く、真上に放り投げた。
次の瞬間、地獄の釜が開いた。
「うおおおおおおおおっ!!」
「私のよおおおおおっ!!」
「どきなさい! あんたの会社、先月買収したでしょうが!」
「年功序列よ! まずは私から!」
国のトップであるはずの女性たちが、ラグビー選手もかくやというほどの激しいぶつかり合いを始めた。ドレスは破れ、髪は乱れ、宝石が飛び散る。もはや阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
哀れなブーケは、一瞬で空中分解し、無数の花びらとなって四散した。それでも、一枚の花びらを掴んだ者たちが「私が取った!」「いいえ、この花びらこそ本物よ!」と、泥沼の戦いを繰り広げている。
俺はそっとバルコニーから下がり、ドン引きした顔で妻たちの元へ戻った。
「……君たちの国の女性って、生命力に溢れてるね」
「……お見苦しいところを、お見せしたわ」
「……私のデータによれば、女性の集団ヒステリーの一種ね」
二人は顔を真っ赤にして俯いた。
大混乱の披露宴も、ようやく終盤を迎えた。俺は、疲れ果てて隣に座る輝夜とソフィアの手を、そっと握った。
「色々ありすぎたけど、これからよろしく。僕の、最強で、最愛のパートナー」
悪戯っぽく笑う俺に、二人は呆れたように顔を見合わせ、そして、今日一番の幸せそうな笑顔で、同時に頷いた。
この前代未聞の結婚式が、やがて世界を根底から揺るがす、壮大な革命の始まりになることを、この時の俺たちは、まだ知らなかった。




