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5話

 あのお見合いから季節が一つ巡り、俺と輝夜、そしてソフィアの関係は、ゆっくりと、しかし確実に変化していた。俺たちは、お見合いという名目を使い、十度の会合を重ねた。最初はエリザベスが同席していたが、三度目からは三人きりで会うのが常となっていた。俺たちは互いの専門分野について議論を交わし、時には他愛もない話で笑い合った。氷のようだった輝夜の表情は和らぎ、研究対象としてしか俺を見ていなかったソフィアの瞳には、人間的な温かみが宿り始めていた。


 そして、十回目の会合の夜。俺は二人を、自室に招き入れた。硝子の壁の向こうには、宝石を散りばめたような壮麗な夜景が広がっている。今日こそ、全てを打ち明ける時だ。


「今日は、僕がなぜお二人を選んだのか、その本当の理由をお話しします」


 俺がそう切り出すと、二人は緊張した面持ちで姿勢を正した。俺は、この三ヶ月間、彼女たちの知性、決断力、そして心の奥底にある情熱を確かめてきた。もう、迷いはない。


「この世界の『生殖』は、あまりに窮屈だと思いませんか?」

 俺は静かに語り始めた。

「それは国家に管理される義務であり、家系を存続させるための責務。でも、本来そこには、もっと個人的な、喜びや楽しみがあってもいいはずだ。僕は、この世界の歪んだ性のあり方そのものを、根底から覆したいんです」


 俺は、用意していた端末の画面を二人に見せた。そこに映し出されているのは、俺が描いたビジネスプランの数々だった。

「まずは、これ。『性玩具』です。女性が、誰のためでもなく、自分自身の快楽を追求するための道具。生殖から切り離された、純粋な喜びを知るための第一歩です」

「なっ……!」

 輝夜が絶句し、頬を染める。その概念自体が、この世界では存在すらしていないのだ。


「次に、『コンドーム』と『避妊用具』。望まない妊娠を避ける自由。そして、子供を望むタイミングを、国家や家系ではなく、自分たち自身で決める自由です」

「避妊……? 子を成すことが至上の名誉であるこの世界で、それを避けるですって?」

 輝夜の言う通り、それはこの世界の倫理観への冒涜に他ならない。


「そして、『男性機能向上薬』。希少な殿方は、常に万全でなければならないという、途方もないプレッシャーに晒されている。それを医学の力でサポートし、男女双方の精神的負担を軽減する」

 ソフィアの目が、ここで初めて強く輝いた。

「……面白い。薬理学的なアプローチによる、精神的ストレスの緩和。研究テーマとして、非常に興味深いわ」


 俺は確かな手応えを感じながら、最後の、そして最大の切り札を見せた。

「そして、これらが全て布石です。僕の本当の目的は、この『精子提供ビジネス』。僕の『常時活性』という特異性を最大限に活用する。ソフィアさんの技術で、僕の遺伝子情報を安全に複製・管理し、あらゆるリスクを排除した上で、輝夜さんの経営手腕で、富裕層だけでなく、この国の全ての女性に、安価で公平に、子供を持つチャンスを提供するんです!」


 俺が全てを語り終えた時、部屋は静寂に包まれた。

 最初に口を開いたのは、輝夜だった。彼女は、先ほどまでの羞恥や嫌悪を消し去り、冷徹な経営者の顔に戻っていた。

「……はしたない。非倫理的。冒涜的だわ。……けれど」

 彼女は立ち上がると、夜景を背にして腕を組んだ。

「……市場規模は、計り知れない。今まで誰も手を付けなかった、巨大なブルーオーシャン。そして何より、『全ての女性を救う』という大義名分。これほどのビジネス、聞いたことがないわ……」

 彼女の瞳は、巨大な金脈を発見した探鉱者のように、ギラついていた。


 続いてソフィアが、興奮で声を弾ませた。

「素晴らしい! まさに天啓よ、ヤマト! 性快感のメカニズム解明、新たな避妊技術の開発、そして何より、あなたの特異な遺伝子を、私の手で最適化し、安全に分配するシステムを構築する……! 科学者として、これほど挑戦しがいのあるプロジェクトはないわ!」


 二人は、ようやく顔を見合わせた。そして、全てを理解したのだ。なぜ、この俺が、数多の候補者の中から、自分たち二人を選んだのか。輝夜の『経営能力』と、ソフィアの『科学技術』。この二つが揃って初めて、俺の革命は現実のものとなる。俺たちは、この計画を成し遂げるために出会うべくして出会った、運命のビジネスパートナーだった。


「……話は、よくわかったわ」

 輝夜が、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。その動きは、獲物に近づく黒豹のように、しなやかで危険な色香を放っている。

「あなたは、最高のビジネスパートナーよ。その計画、乗りましょう」

 彼女は、俺の目の前で立ち止まると、挑発的に微笑んだ。

「でも、私たちはあなたの妻にもなるの。ビジネスの才覚だけでは不十分。夫としてのあなたも、試させてもらうわ」

「合理的ね」

 ソフィアも同意し、輝夜の隣に並び立つ。

「パートナーシップ契約の最終確認項目として、身体的適合性のチェックは必須よ。私たちの生物的本能が、あなたを『雄』として受け入れるかどうか」


 輝夜は、俺のネクタイをくい、と引き寄せ、顔を近づけた。

「キスが、私たちの期待に応えられるレベルなら、この契約にサインしてあげる。……いいこと? この世界の殿方は、キスも知らない赤子同然。あなたも同じなら、この話は白紙よ」

 それは、二人の天才からの、最後の試練だった。


 俺は、その挑戦的な視線を受け止め、不敵に笑った。

「望むところです」


 俺はまず、輝夜に向き合った。彼女の冷たい顎にそっと手を添え、驚きに見開かれた黒曜石のような瞳を、真っ直ぐに見つめる。そして、有無を言わさず、その薄い唇に、自分の唇を重ねた。

「ん……!」

 最初は抵抗しようと強張った彼女の身体から、やがて力が抜けていく。俺は、ただ触れるだけのキスではなく、彼女の全てを味わうように、優しく、しかし深く、貪るように口づけた。彼女が知るはずもない、男のリード。驚きと戸惑い、そして抗いがたい快感が、彼女の身体を支配していくのが分かった。


 長い、長いキスの後、ゆっくりと唇を離す。輝夜は、腰が砕けそうになるのを、かろうじて俺の腕にすがって支えていた。頬は上気し、瞳は潤み、その表情は呆然としている。

 次に、俺はソフィアに向き直った。彼女は、興味深そうに観察していたが、その瞳の奥には隠しきれない緊張が浮かんでいる。俺は彼女の白いスーツの襟元に手をかけ、そっと眼鏡を外した。

「研究は、これくらい近づかないと、よく見えないでしょう?」

 そう囁くと、科学者としての冷静さをかなぐり捨て、ただの少女のように狼狽する彼女の唇を奪った。輝夜へのキスとは対照的に、最初はじゃれるように軽く、そして徐々に情熱を込めていく。探究心旺盛な彼女を、未知の快感へと導くように。


 唇が離れた時、ソフィアは真っ赤な顔で、はふはふと息をしていた。その姿は、天才科学者ではなく、初めての恋に落ちた少女そのものだった。

 二人の天才は、完全に沈黙していた。彼女たちが知るどんな殿方とも違う、圧倒的な『雄』としての存在感。それは、どんなビジネスプランよりも雄弁に、俺という人間の価値を物語っていた。


 俺は、呆然とする二人に、悪戯っぽく微笑んでみせた。

「さて、契約は成立、でいいですよね? 僕の、愛しいパートナーたち」

 二人は、何も言えず、ただ夢見るような表情で、こくこくと頷くことしかできなかった。

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