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4話

 お見合いの舞台として用意されたのは、俺が住む塔の一階にある、庭園に面したサンルームだった。天井まで届く巨大なガラス窓からは柔らかな陽光が降り注ぎ、色とりどりの花々が咲き誇る庭園を一望できる、絵画のような空間だ。中央には、白いクロスのかかった円卓と、三人分の豪奢な椅子が用意されていた。


「ヤマト、くれぐれも粗相のないようにね。彼女たちは、この国でも指折りのご令嬢なのだから」

 後見人として同席するエリザベスが、俺の服装の襟を直しながら囁く。俺は、まるで操り人形にされているような気分で、こくこくと頷いた。この世界の常識では、男性は神輿の上に鎮座する神様のようなもの。高慢に黙って座り、女性たちが傅くのを受け入れていれば、それで満点なのだという。

 だが、俺の狙いはその真逆だ。ビジネスの話は封印する。だが、俺という人間を、彼女たちの脳裏に強烈に焼き付けてやる。


 やがて、サンルームの扉が静かに開き、二人の女性が姿を現した。

 息を、呑んだ。

 一人は、月読輝夜。漆黒の髪を優雅な夜会巻きに結い上げ、体の線がくっきりと浮かび上がる、深い紫色のドレスを身に纏っていた。写真で見た怜悧な印象はそのままに、実物の彼女はまるで冷たい炎のような、近寄りがたいオーラを放っている。

 もう一人は、ソフィア・ヴァレンシュタイン。銀色のショートカットは少し癖がついて跳ねており、服装は装飾を排した、しかし上質な生地の白いパンツスーツだった。眼鏡の奥の瞳は、好奇心で猫のように大きく見開かれ、俺の頭のてっぺんから爪先までを、値踏みするように観察している。

 対照的な二人の天才。彼女たちは、俺の人生を賭けたビジネスの、最初のパートナー候補だ。


 エリザベスに促され、三人は席に着こうとする。輝夜が自分の椅子に手をかけた、その瞬間だった。

「どうぞ」

 俺は自然な動作で立ち上がると、輝夜の椅子の背もたれに手を添え、すっと後ろに引いた。

 その瞬間、場の空気が凍りついた。

 輝夜は、何をされたのか分からない、という顔で俺と椅子を二度見し、ソフィアは「ほぅ」と感嘆の声を漏らして眼鏡の位置を直した。エリザベスに至っては、口を半開きにしたまま完全に硬直している。


「……何を、しているのかしら?」

 我に返った輝夜が、怪訝そうに尋ねる。

「え? あ、いえ、女性が座る時は、男性が椅子を引くものだと……」

「殿方が、わたくしたちのために、自ら動くというの? はしたない」

 輝夜の言葉は氷のように冷たかったが、その耳が微かに赤くなっているのを俺は見逃さなかった。

「素晴らしいわ、ヤマト。なんて紳士的なのかしら!」

 ソフィアが、目を輝かせて拍手をした。

「異文化コミュニケーションのサンプルとして、非常に興味深い行動様式だわ。記録しておかなくては」


 この世界の男性は、圧倒的に高慢か、あるいは全てを諦めたように無気力なかのどちらからしい。俺が元の世界で当たり前だと思っていたレディファーストは、彼女たちにとっては未知との遭遇レベルの衝撃だったようだ。幸先の良いスタートだ、と俺は内心でガッツポーズをした。


 ちぐはぐな雰囲気のまま、お茶会は始まった。エリザベスが型通りに話を振る。

「ヤマト様は、ご趣味などはあるのかしら?」

「そうですね……本を読んだり、音楽を聴いたりも好きですが、一番は体を動かすことです。昔、バスケットボールをやっていて」

 俺がそう答えた途端、輝夜が眉をひそめた。

「バスケットボール? 汗をかくような野蛮なことを? 万が一、お怪我でもされたらどうするの。あなたの御身は、もはやあなた一人のものではないのよ。国宝に傷がつくなど、あってはならないことだわ」

 彼女の言い分は正論であり、この世界の常識なのだろう。だが、俺は笑顔で切り返した。

「でも、健康な体があってこそ、健康な子供が生まれると思いませんか? もちろん、無茶はしませんよ。ただ、部屋に閉じこもってばかりでは、心も体も不健康になってしまう。俺は、心身ともに最高の状態で、皆さんの期待に応えたいんです」


 俺の言葉に、二人は虚を突かれたようだった。ただ守られるだけの存在ではなく、自らの意志で『責務』を果たそうとするエネルギッシュな姿勢。それは、彼女たちの知る殿方像とは、かけ離れていた。


 少し場の空気が和んだところで、ソフィアが身を乗り出してきた。科学者としての探究心が、令嬢としての建前を上回ったらしい。

「ヤマト、あなたの身体には非常に興味があるの。特に、その『常時活性状態』という特異な生殖機能について。差し支えなければ、一度あなたの精子を詳しく調べさせてはもらえないかしら? 運動率や奇形率、遺伝子情報にエラーがないか、詳細なデータが欲しいのよ!」

「こら、ソフィア! なんて生々しいことを言うの! 殿方の前で、そんな……そんな、せ、精子だなんて……!」

 輝夜が顔を真っ赤にしてソフィアを窘める。この世界では、貞操観念が逆転している。つまり、女性が男性の前で性的な話題を口にするのは、俺の世界で言えば、いいところのお嬢さんが男の前で大声で下ネタを叫ぶようなものなのだ。


 俺は困惑しつつも、ここでユーモアを返すのが最善手だと判断した。

「ははは……まあ、俺の『息子』も、皆さんにお会いできるのを心待ちにしていると思いますよ。ただ、いきなり顕微鏡で覗かれるのは、ちょっと恥ずかしがるかもしれませんが」

 俺の予想外の返しに、鉄仮面だった輝夜が「ぶっ」と吹き出しそうになり、慌ててティーカップで口元を隠した。ソフィアは「なるほど、精神的要因が精子の活性度に与える影響も考慮すべきね!」と目を輝かせ、手元の端末に何かをメモしている。エリザベスは、もうこらえるのをやめたのか、肩を震わせて笑っていた。


 その後、俺は二人の専門分野について、純粋な好奇心から質問を重ねた。

「輝夜さん。月読グループは多角的な経営をされていますが、今後の世界経済の中で、特にどの分野に注力すべきだとお考えですか?」

「ソフィアさん。遺伝子工学の究極的な目標は何だと思いますか? 人類は、自らの手で進化の行き先を決めるべきなのでしょうか?」

 俺は二人を、子を産むための『母体』や、手に入れたい『トロフィー』としてではなく、一人の人間、それぞれの分野を極めたプロフェッショナルとして、心からの敬意を払って対話した。


 この世界の男性は、女性から与えられるのが当たり前。自ら他者に知的な興味を示し、対等に議論しようとする俺の姿勢は、二人にとって全く新しい経験だったようだ。

 輝夜は、最初は訝しげだったが、やがて俺の意見に真剣に耳を傾け、自らの経営哲学を熱く語り始めた。彼女の瞳には、初めて俺を「対等なパートナー」候補として見る光が宿っていた。

 ソフィアは、俺の素人ならではの素朴な疑問に、子供のように目を輝かせながら答えてくれた。彼女は、俺を研究対象としてだけでなく、知的好奇心を分かち合える「人間」として認識し始めていた。


 約束の時間が来た時、サンルームの空気は、始まった時とは全く違う、熱を帯びたものに変わっていた。

「……存外、退屈しない男だったわ」

 去り際に、輝夜が俺にだけ聞こえる声で呟いた。

「実に面白い。あなたの遺伝子情報だけでなく、あなたの思考パターンそのものも、私の研究対象に加えさせていただくわ」

 ソフィアは、悪戯っぽく笑ってそう言った。


 二人を見送った後、俺は大きく息をついた。手応えは、あった。

 俺が投げた小さな石は、間違いなく二人の天才の心に、確かな波紋を広げたはずだ。

 革命の歯車は、今、確かに回り始めた。



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