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3話

 翌朝、俺は完成させたばかりの企画書を手に、エリザベスとの面談に臨んだ。彼女は硝子の壁に囲まれた俺の部屋ではなく、重厚なマホガニーの調度品が並ぶ、彼女自身の執務室へと俺を通した。そこは、この国の権力の中枢にいる人間の仕事場に相応しい、威厳と緊張感に満ちた空間だった。


「それで、話というのは何かしら、ヤマト」

 革張りの椅子に深く腰掛けたエリザベスは、俺を値踏みするような目で見た。その視線には、気まぐれな子供の我儘を聞いてやろう、といった類の侮りがかすかに含まれている。俺は構わず、手にしていた企画書の束をデスクの上に置いた。


「俺の、今後の人生についての提案です」

「ほう、提案?」

 彼女は興味深そうに眉を上げた。そして、企画書を手に取り、ゆっくりとページをめくり始めた。最初は余裕の笑みを浮かべていた彼女の表情が、読み進めるうちに驚きに、次いで真剣な思索の色に、そして最後には信じられないものを見るような畏敬の念へと変わっていくのを、俺は黙って見つめていた。


.企画書を最後まで読み終えた彼女は、しばしの沈黙の後、大きなため息をついた。

「……驚いたわ。本当に、驚いた。あなたの頭の中に、これほどの構想が眠っていたなんて。富裕層による精子の独占をなくし、国家管理の元で全ての女性に公平な機会を与える……。これは、革命よ。この国の出生率を劇的に改善し、長年の社会不安であった階級間の断絶を解消しうる、天才的なアイデアだわ」

 エリザベスからの予想以上の賛辞に、俺は内心で安堵の息をついた。だが、彼女は続けた。その声には、冷徹な現実が滲んでいた。

「けれど、ヤマト。これは『絵に描いた餅』よ。あなたには、これを実現する力がない」

「どういう意味です?」

「この国では、法律行為の主体は全て女性なの。法人を設立する権利、財産を所有し、管理する権利、そして、他者と契約を結ぶ権利……その全てを、男性は有していないわ。あなたは、私たちの法の下では『被保護者』。どんなに素晴らしい計画も、あなた一人では企画書の紙切れ一枚で終わってしまう。それが、この世界のルールなのよ」


 それは、俺が心のどこかで予期していた、最も残酷な現実だった。俺は、この世界では社会的な無能力者なのだ。どんなに知恵を絞ろうと、行動を起こすための「手足」を持っていない。

 俺が唇を噛み締め、俯くと、エリザベスは憐れむような、しかしどこか試すような口調で言った。

「残念だけれど、諦めるしかないわね。あなたは、私たちが用意した花嫁候補の中から、心惹かれる相手を選び、子を成すことだけを考えていればいいの。それが、あなたに与えられた、唯一にして最高の役割なのだから」


 諦める? 冗談じゃない。

 俺は顔を上げた。絶望に沈みかけていた思考が、急速に活路を見出していく。そうだ、ルールがそうなら、そのルールの中で戦うまでだ。俺に権利がないのなら、権利を持つ者を俺の陣営に引き入れればいい。


「エリザベスさん。わかりました。あなたの言う通りです」

「……物分かりが早いのね」

「だから、決めました。俺は、妻を迎えます」

 俺の言葉に、エリザベスは虚を突かれたように目を丸くした。

「ですが、ただの花嫁を選ぶつもりはありません。俺が選ぶのは、この計画を共に遂行するための、ビジネスパートナーです。俺の『頭脳』と、彼女たちの『手足』を組み合わせ、この革命を成し遂げるための、共犯者です」


 俺の眼差しに宿る熱が伝わったのだろう。エリザベスは、もはや俺を子供扱いすることをやめた。彼女は、一人の戦略家を見る目で俺を見つめ返し、静かに頷いた。

「……面白いわ。いいでしょう。あなたのその『お眼鏡』に適う女性が、あの中にいるというのなら」

 彼女は壁際の本棚から、先日俺が見せられた花嫁候補のファイルを再び取り出し、デスクの上に置いた。

「選びなさい。あなたの運命を、そしてこの国の未来を託すに値するパートナーを」


 俺は分厚いファイルを開き、以前とは全く違う視点で、女性たちのプロフィールを吟味し始めた。求めているのは、美貌でも、家柄だけでもない。俺の計画に不可欠な、二つの重要な要素を持つ人材だ。

 この世界の美の基準は、豊満さにあるらしい。候補者たちの多くは、胸や尻の大きさを強調したドレスを身に纏い、生命力に溢れた笑みを浮かべていた。だが、正直に言って、俺の心は少しも動かなかった。俺の好みは、昔から変わっていない。華奢で、どこか影のある、知的な女性だ。そんな俺の価値観は、この世界では異端なのだろう。


 そして、俺の目は二人の女性のプロフィールに釘付けになった。

 一人目は、月読つくよみ 輝夜かぐや

 国内最大のコングロマリット『月読グループ』の総帥が唯一認めた娘。写真の中の彼女は、漆黒の長い髪をストレートに下ろし、怜悧な光を宿した瞳でこちらを真っ直ぐに見つめていた。豊満さがもてはやされるこの世界にあって、彼女の体つきは驚くほどにスレンダーだった。だが、その細い身体のどこに、巨大財閥を率いるだけの力が秘められているのか。彼女の持つ圧倒的な「資金力」と「政治的影響力」は、俺の計画のエンジンとして不可欠だ。


 二人目は、ソフィア・ヴァレンシュタイン。

 若くして遺伝子工学の分野で数々の国際的な賞を受賞している、天才科学者。色素の薄い銀髪を無造作なショートカットにし、フレームの大きな眼鏡の奥で、探究心に満ちた瞳を輝かせている。彼女もまた、研究に没頭するあまり食事を忘れるのか、モデルのように細い体つきをしていた。俺の計画の技術的な根幹……安全で効率的な精子バンクシステムの構築や、代理出産における遺伝的リスクの管理は、彼女の「知識」と「技術」なくしては成り立たない。


 二人とも、この世界の基準で見れば「女らしさ」に欠けるのかもしれない。だが、俺の目には、他の誰よりも輝いて見えた。彼女たちなら、俺の理念を理解し、単なる種の保存以上の、社会変革という野望を共有してくれるかもしれない。そして何より、スレンダーで貧乳な彼女たちは、俺の個人的な好みに、完璧に合致していた。


 俺は迷わず、二人のファイルを指差した。

「この二人です。月読輝夜と、ソフィア・ヴァレンシュタイン。この二人を、俺のパートナーとして迎えたい」

 エリザベスは、俺の選択に目を見張った。一人は経済界の、もう一人は科学界の頂点に立つ、あまりに規格外な二人。そして、一度に二人を指名するという前代未聞の申し出。

「……正気なの? 彼女たちは、どちらも一国の姫よ。普通の殿方なら、一人でも持て余すわ。ましてや二人同時に、だと?」

「俺は普通の殿方じゃない。この世界を救う『聖杯』でしょう?」

 俺は、初めてこの世界で、自分の立場を武器として使った。

「彼女たちにとっても、悪くない話のはずだ。俺と組むことで、輝夜は財閥の次期総帥の座を盤石にし、ソフィアは国家規模の研究予算と設備を手に入れることができる。これは、ビジネスです。Win-Winの関係ですよ」


 俺の言葉を聞き終えたエリザベスは、やがて、くつくつと喉を鳴らして笑い始めた。

「……面白い。本当に、あなたという殿方は面白いわ。ただの奇跡の器かと思えば、とんだ革命家を拾ったものね」

 彼女は立ち上がると、俺の肩に力強く手を置いた。

「いいでしょう。あなたが見込んだ『共犯者』たちに、連絡を取ってあげる。ただし、彼女たちがあなたの提案に乗るかどうかは、あなた次第よ。せいぜい、口説き落としてみなさい」


 こうして、俺の、そして俺たちの革命の歯車が、静かに、しかし確実に回り始めたのだった。

 月読輝夜とソフィア・ヴァレンシュタイン。二人の天才との面会の日が、俺の運命の新たな分岐点になろうとしていた。

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