24話
「――というわけで、我々は、自らの手で、この国を滅ぼしかねない厄災を解き放ってしまったのだ!」
株式会社エデンの、ガラス張りの豪華な役員会議室。俺は、ホワイトボードの中央にデカデカと書いた**『打倒!大快楽パンデミック!』**というスローガンを、拳でバン!と叩いた。
テーブルには、俺の呼びかけに応じ、我が社が誇る最強の頭脳(と変態性)を持つ、五人の女性が揃っていた。
経営の女帝、輝夜。科学の申し子、ソフィア。快楽の聖女、クララ。混沌の錬金術師、リリス。そして、規律の求道者、撫子。
俺は、この頼もしい(?)仲間たちを見渡し、熱弁を振るった。
「生産性は低下し、電力網は悲鳴を上げ、国民は賢者タイム症候群に陥っている! このままでは、日本は快楽に沈む! そこでだ! 俺は、このパンデミックを終結させるための、二つの計画を提案する!」
俺は、ホワイトボードに二つの案を書き出した。
① 『エデン・クリニック』の設立による、性依存症外来の開設
② 女性の過剰な性欲を、一時的に、安全に抑制する薬の開発
「どうだ! 我々が病を生み出したのなら、薬も我々が生み出すべきだ! これぞ、マッチポンプ…いや、企業の社会的責任というやつだ!」
俺がドヤ顔で言い切ると、室内は、しばし奇妙な沈黙に包まれた。
最初に口を開いたのは、輝夜だった。彼女は、手元の財務諸表から顔を上げると、冷徹な経営者の目で言った。
「…素晴らしいわ、ヤマト」
「だろ!?」
「ええ。顧客を我々の製品に依存させ、その治療によって、さらなる利益を吸い上げる。サブスクリプション型のカウンセリングも導入すれば、安定した収益が見込めるわ。完璧なビジネスモデルよ。えげつないほどにね」
なんか、俺の意図と微妙に違う気がする。
「依存症の定義も必要ね」
ソフィアが、冷静に分析する。
「『ソフィア=クララ式オーガズム尺度(SCOS)』におけるレベル4以上の快感を、週に5回以上経験している者を『要観察』、レベル5を3回以上経験している者を『重篤患者』と定義するのはどうかしら」
いつの間にそんな物騒な指標ができていたんだ。
だが、俺の提案に、真っ向から異を唱えた者たちがいた。
「お待ちになって!」
バン!とテーブルを叩いて立ち上がったのは、聖女クララだった。
「薬で、快感を、消すですって!? ヤマト様! それは、悪魔の所業ですわ! 花に『咲くな』、鳥に『歌うな』と言うのと同じこと! それは救済ではなく、魂の去勢です!」
クララの瞳には、涙さえ浮かんでいる。
「その通りですわ!」
撫子も、凛とした声で同意する。
「安易に薬物などに頼るとは、嘆かわしい! 心と体の堕落です! 必要なのは、薬ではなく、『克己』! 己に打ち克つ、鋼の精神です!」
「フン、精神論ですって? 馬鹿馬鹿しい」
腕を組み、ふんぞり返っていたリリスが、初めて口を開いた。
「そもそも、性欲は、生命の根源たるエネルギー。それを消すなど、愚の骨頂。ですが…」
リリスは、眼鏡の奥の目を、怪しく光らせた。
「…そのエネルギーの**『変換』は、化学的に可能ですわよ?」
「へんかん…?」
「ええ。例えば、性欲を、勉学意欲に変換する薬はどうです? それを飲めば、異性の裸体を見ても何も感じなくなり、代わりに、無性に微分積分**が解きたくなるのです!」
「誰が飲むんだ、そんな薬!」
「あるいは、性欲を、運動エネルギーに変換する薬も開発可能ですわね。ムラムラしたら、時速50キロで10分間、強制的に走り続けることになるけれど。副作用は、ごく稀に、体から発火するくらいですわ」
「副作用が重すぎるだろ!」
会議は、完全にカオスと化した。
俺の、至極まっとうな(はずの)提案は、三つの派閥による、壮絶なイデオロギー闘争へと発展してしまったのだ。
【クララ派(快楽・肯定派)】
「問題は、快感そのものではなく、その後の虚無感です! そこでわたくしは、オーガズム後の精神的充足度を高める『賢者タイム専用アロマ』と、『死ぬまでにしたい100の快感リスト』を作成し、人生の目標を与えるべきだと提案します!」
【リリス派(科学・暴走派)】
「ならば、わたくしは、オーガズムに達した瞬間、脳内に自動的に『ありがとう』という感謝の念を生成するナノマシンを開発しますわ! これで、虚無感は感謝に変わり、生産性も向上します!」
【撫子派(精神・筋肉派)】
「堕落しきっていますわね! まずは全員、滝に打たれて頭を冷やしなさい! そして、般若心経を千回写経するのです! もちろん、筆は、己の肛門括約筋で挟んで、ですわよ!」
「みんな、落ち着け!」
俺の叫びも、もはや誰の耳にも届かない。
輝夜は、三つの派閥の案を全て事業化した場合の利益率を、猛烈な勢いで計算している。
「クリニック事業に、アロマの物販、ナノマシンと精神修養のセミナー…。いけるわ…! この国から、全ての悩みと、全ての金銭を吸い尽くせる…!」
ソフィアは、リリスと「ナノマシンの倫理的課題と血中濃度」について、高度すぎる議論を始めてしまった。
俺は、ただ一人、呆然と、その光景を眺めていた。
(俺は、ただ、社会問題を解決するための、真面目な会議がしたかっただけなのに…)
どうして、こうなった。
俺が率いる株式会社エデンの役員たちは、天才と、変態と、狂人しかいないのだろうか。
俺は、頭を抱え、自分の会社のホワイトボードに書かれた「厄災を撲滅せよ!」という文字を、虚ろな目で見つめるしかなかった。
本当の厄災は、ここにいる。




