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22/24

22話

 帝都大学での生活にも、少しずつ慣れてきたある日のことだった。

 俺の研究室の机に、一通の書状が置かれていた。最新の電子ペーパーではなく、手漉きの和紙に、流麗な筆文字で書かれた、古風な果たし状のような代物だ。


『拝啓 相馬大和様

 秋冷の候、聖杯様におかれましては、益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。

 さて、来る週末、わたくしと一日、お付き合いいただけないでしょうか。

 二人で心と体を高め合う、有意義な時間に致したく存じます。

                               敬具

                        一条院撫子』


 一条院撫子からの、デートの誘いだった。

 あの変態風紀委員長のことだ。一体どんなデートになるのか、一抹の不安はあったが、断る理由もない。俺は、二つ返事で了承した。

 そして当日。俺は、人生で最も過酷な一日を過ごすことになる。


 待ち合わせ場所の駅前に現れた撫子は、清楚な白いワンピース姿だった。

「ヤマト様、お待ちしておりましたわ」

 彼女は、にっこりと微笑むと、一枚の巻物を俺に差し出した。そこには、達筆な文字でこう書かれていた。


【本日の御品書き:心技体統一・愛の巡礼デートコース】


「お、おしながき…?」

「ええ。本日は、この御品書きに沿って、あなた様を最高の男に磨き上げて差し上げますわ。さあ、まずは前菜、『心の修練』から参りましょう」


 俺が連れてこられたのは、山奥にある、由緒正しき禅寺だった。

「ここでは、座禅を組んで、精神を統一しますの」

「はあ、座禅ですか。なんだか、普通のデートっぽくなってきましたね」

 俺が安堵したのも束の間、俺たちの前に現れた尼僧(推定80歳)が、とんでもないことを言い放った。

「よろしいか! 本日の公案は、『無我の境地にて、最高の受精の瞬間を観想せよ』! 雑念、すなわち子作り以外のことを考えた者には、この警策にて、仏の慈悲をくれてやる!」

 ビシッ! と尼僧が肩に担いだ木の棒を鳴らす。

 なんだこの寺は!? 座禅とは、無を考えるものじゃなかったのか!?

 俺が「今夜の晩御飯、何かな…」と考えた瞬間、背中に雷のような衝撃が走った。

「喝ァーッ! 俗物めが!」

 一方、俺の隣に座る撫子は、完全にゾーンに入っていた。その表情は恍惚とし、口元からは、よだれとも聖水ともつかぬ液体が、一筋垂れていた。


 次は、魚料理、『技の修練』。俺たちは、弓道場にいた。

 袴姿に着替えた撫子は、凛とした美しさだった。彼女は、巨大な和弓を構えながら、俺に解説する。

「ヤマト様。弓と矢の関係は、すなわち、男と女の関係そのもの」

「はあ…」

「しなやかな弓は、悦びを待ち望む女体…。そして、硬く、鋭い矢は、男の情熱パトス…。弓を限界まで引き絞り、溜めて、溜めて…」

 ぎりぎりと、弓がしなる。撫子の額には汗が浮かび、その表情は極めて官能的だった。

「…そして! 一気呵成に、放つ! その一突きが、的という名の子宮の的を、正確に射抜くのです…!」

 ヒュンッ! と放たれた矢は、見事、的のど真ん中に突き刺さった。

「…はぁ、はぁ…いかがでしたか…?」

 肩で息をする撫子の姿は、もはやスポーツの後とは思えなかった。俺は、あまりの気迫に押され、矢を射る前に弓を取り落とした。


 そして、メインディッシュ、『体の修練』。

 俺たちは、山奥の、身を切るように冷たい滝の前に、薄い白装束一枚で立たされていた。

「さあ、ヤマト様! この聖なる滝に打たれ、俗世の垢と、あなた様のその…余分な精子を、洗い流すのです!」

「いや、多めにあった方がいいだろ、普通!」

「なりません! 最高の逸品を醸造するためには、一度、蔵を空にするのが古来からの習わし! さあ!」

 俺は、撫子に突き飛ばされ、滝壺へと足を踏み入れた。

「ぎゃあああああああ! 冷たいいいい! 俺の! 俺の聖杯が、豆粒みたいにいいいい!」

 俺の悲鳴をよそに、撫子は滝に打たれながら、恍惚の表情で般若心経を唱え始めた。その姿は、神々しくもあり、恐ろしくもあった。


 全ての「修練」を終え、俺は心身ともにボロボロになっていた。

 最後のデザートは、高級旅館での懐石料理。もう、何も考えられない…。

「ヤマト様。本日は、お疲れ様でした」

 浴衣姿の撫子が、優雅にお酌をしてくれる。

「いや…本当に、すごいデートでした…」

「ふふ。お気に召したようで、何よりですわ」

 彼女は、にっこりと微笑んだ。

「これで、心と技と体の準備は、万全に整いましたわね」

「え?」

「前菜は、終わりですもの」

「…………へ?」

 俺の、間抜けな声が響く。


 撫子は、俺の杯に、なみなみと日本酒を注ぐと、上目遣いで、こう言った。

「さあ、ヤマト様。いよいよ、メインディッシュの時間ですわよ?」

 その天使のような微笑みは、これから始まる、地獄の(あるいは天国の)夜を、っきりと予告していた。


 俺は、意識が遠のくのを感じながら、思った。

 頼むから、誰か。誰か、この変態を、止めてくれ。



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