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20話

 一条院撫子という女性が、あまりにも謎すぎる。

 俺は、彼女が口にした「膣内鍛錬」や「高尚な性の嗜み」という言葉の真意を探るべく、彼女が部長を務めるという『伝統作法研究会』の部室を訪ねることにした。場所は、キャンパスの最も奥まった場所にある、古い木造の和風建築『尚武館』。ここが、風紀委員会の本部も兼ねているらしい。


 俺が恐る恐る道場の扉を開けると、そこは、外の喧騒が嘘のような、静寂に包まれた空間だった。

 凛とした空気の中、畳の上で正座し、精神を集中させている袴姿の女性たちが十数人。そして、その中央には、ひときわ美しい姿勢で背筋を伸ばす、一条院撫子の姿があった。


「あら、ヤマト様。よくいらっしゃいました」

 撫子は、俺に気づくと、優雅な所作で立ち上がり、にっこりと微笑んだ。

「わたくしたちの活動に、ご興味をお持ちいただけましたのね」

「あ、はい。その…皆さんは、一体何を…?」

 俺が尋ねると、撫子は「ふふふ」と意味深に笑った。

「ご覧になりたい? わたくしたちが目指す、『心・技・体』の三位一体。その究極の境地を」


 彼女は、道場の中央に置かれた、巨大な和紙と硯に目をやった。

「この国では古来より、書は人なり、と申します。文字には、その書き手の精神性、そして生命力そのものが宿るのです」

「はあ…」

「わたくしたち伝統作法研究会では、己の精神を極限まで高め、その生命力を筆先に込めることで、最高の書を完成させるという修練を積んでおりますの」

 なんだ、意外と普通の書道会じゃないか。俺は少し拍子抜けした。

 だが、撫子は、とんでもないことを続けた。


「それでは皆様、準備はよろしいですわね? 今から、わたくしたちの奥義、『心眼・早描き』をお見せいたします」

 彼女がそう言った瞬間、部員たちは一斉に、目隠しをしたのだ。

「め、目隠し!?」

「ええ。俗世の情報を遮断し、自らの内なる宇宙と繋がるのです。そして、筆先に全神経を集中させる。筆と一体となり、心で書く。それが『心眼・早描き』」

 撫子も、自ら目隠しをする。そして、側に控えていた部員が、巨大な筆にたっぷりと墨を含ませ、彼女に手渡した。


「ヤマト様、よくご覧になっていてくださいまし。わたくしの、ほとばしる生命パトスを…!」

 目隠しをしたままの撫子は、まるで舞を舞うように、和紙の上を滑るように移動し始めた。その動きは、常人には考えられないほど正確で、滑らかだ。

 そして、巨大な筆が、目にも留まらぬ速さで和紙の上を疾走する。


 数秒後。

 彼女がぴたりと動きを止め、目隠しを外した時、そこには、力強く、そして生命力に満ち溢れた、一つの文字が書かれていた。


 『愛』


「……すごい」

 俺は、素直に感嘆の声を漏らした。目隠しをして、あれだけの速さで、これほど完璧な文字を書くなんて、まさに神業だ。

 撫子は、うっすらと汗を浮かべ、満足げに微笑んだ。


「お分かりいただけましたか、ヤマト様? これが、わたくしたちの言う『高尚な嗜み』の入り口ですの」

「いや、すごいですけど…これが、どうして性の嗜みに…?」

 俺が、根本的な疑問を口にすると、彼女は、悪戯っぽく人差し指を自分の唇に当てた。


「ふふ。それは、あなたがわたくしたちの会に入部なさってからのお楽しみ。この修練を積めば、身体のどの部分も、まるで自分の手足のように、自由自在に動かせるようになる、とだけ、申し上げておきましょう」

 彼女は、俺に顔を寄せると、こう囁いた。

「あなたも、心眼、開いてみたくはありませんこと?」


 俺は、彼女の言う「身体のどの部分も」という言葉の意味を想像し、ごくりと喉を鳴らすしかなかった。

 この大学で最も清楚で、最も格式高いと思われたこの場所は、やはり、とんでもない変態の巣窟だった。



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