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18話

 あれから、五年が過ぎた。

 俺たちの革命は、確かに世界を変えた。街には、かつてないほど多くの子供たちの笑顔が溢れ、女性たちの表情は明るくなった。株式会社エデンは、世界有数の巨大企業となり、俺と三人の妻たちは、この国の経済と文化を動かす、若き実力者としてその名を知られるようになった。

 俺の子供たちも、すくすくと成長している。輝夜とソフィアの娘たちは利発な少女に、そしてクララとの間に生まれた息子は、やんちゃな腕白坊主に育っていた。


 だが、俺たちの革命は、ある一点において、完全な失敗に終わっていた。


「……信じられない結果ね」

 エデン社の役員会議室。輝夜は、政府が発表した最新の国勢調査のデータを、苦々しい表情で眺めていた。

 そこに映し出されていたのは、残酷な現実だった。


【総人口:前調査比 15%増】

【最新男女比:男性 9.9% : 女性 90.1%】


「人口は、歴史的なベビーブームによって爆発的に増加したわ。でも、男女比は、ほとんど変わっていない…」

 ソフィアが、冷静に分析を加える。

「原因は明白よ。私たちのビジネスによって、性の快楽が一般に解放された結果、国民全体の出生率が劇的に上がった。でも、そのほとんどは、従来通り9割が女児だった。ヤマトの50%という奇跡的な男児出生率は、国全体の圧倒的な女児出生の波に飲み込まれ、統計上の誤差になってしまったのよ」


 皮肉な話だった。俺たちは、女性たちに快楽と希望を与えた。その結果、彼女たちはたくさんの子供を産んだ。しかし、その結果生まれたのは、またしても圧倒的多数の女性たち。俺は、この世界の歪みの根幹である、人口比の問題を、何一つ解決できていなかったのだ。


「でも、皆様、とてもお幸せそうですわ。それは、間違いなくわたくしたちの功績です」

 クララが、聖母のように微笑む。彼女の言う通り、人々の幸福度は確実に上がった。だが、俺の心の中には、言いようのない空虚感が広がっていた。俺は、本当にこの世界を救えたのだろうか。


 俺は、700人を超える我が子たちの父親として、そして三人の妻の夫として、満ち足りた生活を送っていた。だが、それで終わりでいいのか?

 俺は、ただの「種」として、役目を終えた存在なのか?

 違う。俺は、まだ何も成し遂げていない。


 会議の席で、俺は、妻たちに、ある決意を告げた。

「俺、大学に行こうと思う」


「「「はあ!?」」」

 三人の妻たちの、見事にハモった驚きの声が、会議室に響き渡った。

「だ、大学ですって!? ヤマト、あなた、今更何を学ぶというの!?」

「ええ。俺は、何も知らないんだ。この世界の、経済の仕組みも、政治の歴史も、社会の構造も。俺は、ただ異物として、外から革命ごっこを仕掛けただけだ。だから、失敗した。この世界を、本当に内側から変えるためには、俺は、この世界のことを、もっと深く学ばなければならない」

 俺は、真っ直ぐに彼女たちの目を見て言った。

「だから、国内最高の頭脳が集まる、帝都大学の経済学部に進学する」


 最初は驚いていた妻たちだったが、やがて、俺の瞳に宿る本気の光を理解してくれた。

「…面白いわ。最高の学歴と人脈を手に入れるというわけね。経営戦略として、満点よ」

 輝夜は、すぐにそのメリットを計算した。

「帝都大学には、私の知らない最先端の社会理論が眠っているかもしれないわね。ぜひ、講義ノートの共有をお願いするわ」

 ソフィアは、学術的な興味を隠さない。

「まあ、素敵ですわ、ヤマト様! これで、わたくしたち、憧れのキャンパスライフを送れますのね! お昼は学食で、放課後はデート…!」

 クララは、一人だけ論点がズレていたが、とにかく、全員の賛同を得ることができた。


 数ヶ月後。

 俺は、帝都大学の、歴史を感じさせる赤門の前に立っていた。

 周囲を行き交うのは、知性と気品に溢れた、エリート女子大生たちばかり。その中に、男は、俺一人。

 株式会社エデンの創業者、『聖杯様』、そして700人以上の子供の父。そんな数々の肩書を脱ぎ捨てて、俺は今日から、ただの「大学一年生、相馬大和」になる。


 好奇、羨望、嫉妬、そして敵意。

 あらゆる視線が、俺の全身に突き刺さる。

 だが、俺の心は、不思議と晴れやかだった。


「さて、第二楽章の始まりだ」


 俺は、小さく呟くと、新たな戦場となるキャンパスへ、大きな一歩を踏み出した。

 ピンク色の革命は、終わった。

 ここからは、この国の未来そのものを設計するための、本当の戦いが始まるのだ。



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