17話
「はあ!? 女子高で、実演授業ですって!?」
俺の提案に、輝夜は淹れたての紅茶を噴き出しそうになった。
「正気なの、ヤマト? 私たちが、うら若き乙女たちが集う神聖な学び舎に、あのような破廉恥な器具を持ち込んで、使い方を教えるなんて…! 風紀委員につまみ出されるのがオチよ!」
ここは、株式会社エデンの役員会議室。議題は、先日の『キュウリ事件』を受けての、若年層向け性教育事業についてだ。俺は、手紙をくれたミカさんのような少女をこれ以上生み出さないため、全国の女子高を巡って正しい性の知識と製品の使い方を教える「特別授業」を行うことを提案したのだ。
「いいえ、輝夜様。わたくしは、ヤマト様のご提案に、大賛成ですわ」
意外にも、俺の案を支持したのは、最も貞操観念に厳しいはずのクララだった。彼女は、聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべて、こう言った。
「悩める子羊たちが、間違った道に進まぬよう、導くのが、わたくしたち大人の務め。そして、エデン社の使命です。これは、破廉恥な行為ではありません。聖なる授業なのです」
「聖なる…授業…」
クララが言うと、どんな変態的な行為も、なぜか崇高な響きを帯びてしまうから不思議だ。
「私も賛成よ」
ソフィアも、冷静に分析結果を述べる。
「若年層への正しい知識の提供は、将来的な顧客育成、いわゆる『青田買い』に繋がり、長期的な利益が見込めるわ。それに、閉鎖的な女子高のコミュニティは、口コミ効果が最も高く現れる市場でもある。ビジネスとして、非常に合理的よ」
こうして、会社の三大巨頭である妻たちの賛同を得て、『プロジェクト・ヴァージンロード ~聖女クララの出張お悩み相談室~』は、正式に始動した。
記念すべき最初の訪問先に選ばれたのは、国内でも有数の、超お嬢様学校として知られる、『私立リリーホワイト女学院』。ここは、ベアトリーチェ会長がいた『純潔を守る乙女の会』の元幹部たちが、数多く卒業生に名を連ねる、いわば敵の本拠地だ。
数日後、俺たちはリリーホワイト女学院の講堂にいた。
講堂を埋め尽くす、千人を超える女子高生たちの視線が、壇上の俺たちに突き刺さる。そのほとんどが、好奇心と、若干の侮蔑が入り混じった、複雑な色をしていた。
マイクの前に立ったのは、もちろん、我らが聖女クララだ。
「皆様、ごきげんよう。わたくし、株式会社エデンで企画開発を担当しております、クララと申します」
彼女が深々とお辞儀をすると、そのあまりの清楚さと気品に、生徒たちの間から「まあ…」とため息が漏れた。
「本日は皆様に、『自分の身体を愛し、大切にする』ということについて、お話しさせていただきたく、参りました」
クララは、まず、なぜ性教育が必要なのか、なぜ自分の身体を知ることが大切なのかを、穏やかに、しかし情熱的に語り始めた。彼女自身の体験談も交えたその真摯な言葉に、生徒たちは次第に引き込まれていった。
そして、授業は本題へと入る。
「…ですが、言葉だけでは、なかなか伝わらないこともございましょう。そこで本日は、皆様に、より具体的に理解を深めていただくための、教材をお持ちいたしました」
クララが合図をすると、ステージの脇から、ソフィアが銀色のワゴンを押してきた。その上に乗せられているのは、エデン社が誇る製品群。ぷるぷるエンジェルちゃん、こんにゃくエンジェルちゃん、そして、虹色アルカディアのメンバーを昇天させた『ウィスパー』。
生徒たちが、ざわめき始める。
「きゃっ、あれって…!」「噂の…」「本物、初めて見た…!」
そのざわめきを、クララは優しい笑顔で制した。
「怖がることはありませんのよ。これらは、皆様の人生を、より豊かにするための、魔法の杖なのですから」
彼女は、一体のリアルな女性の人体模型を使い、製品の正しい使い方を、丁寧に、そして医学的に正確に説明していく。その説明は、一切いやらしさを感じさせず、まるで生物の授業のようだった。
そして、授業の最後に、クララはとんでもない「教材」を取り出した。
それは、台座の上に鎮座する、美しい白大理石で作られた、一本の雄大なオブジェだった。その形状は、あまりにもリアルで、生命力に溢れていた。
そう、それは、何を隠そう、俺の陰茎を、寸分違わぬサイズと形で再現した、芸術作品だったのである。
「…皆様。最後に、男性の身体についても、正しい知識を持っていただきたく存じます。こちらは、わたくしの夫、ヤマト様の聖なるシンボルを、アートとして再現した、『考える人』ならぬ、『勃つアート』でございます」
講堂が、爆笑と悲鳴の渦に叩き込まれた。
「きゃああああ!」「本物!?」「でかくない!?」「芸術点がたかい…!」
生徒たちは、顔を真っ赤にしながらも、その神々しいオブジェに釘付けになっている。
「ご覧ください、この力強いフォルム。生命の神秘を感じさせますわね。皆様も、将来、このような素晴らしいシンボルと巡り会った時に、戸惑うことがないよう、今のうちから、その形状と機能美を、目に焼き付けておいてくださいまし」
クララは、うっとりとした表情で、俺の分身(アート作品)を、シルクの布で優しく磨き始めた。
もはや、授業はカオスだった。
だが、その熱狂の中で、俺は確かに感じていた。彼女たちの、これまで貞操という名の鎧に縛られていた心が、解き放たれていくのを。
授業が終わる頃には、千人の女子高生たちは、全員が、聖女クララの熱狂的な信者と化していた。
この日の『聖なる授業』は、瞬く間に口コミとSNSで拡散され、社会現象となった。
そして、エデン社の元には、全国の女子高から「ぜひ、うちの学校でも授業を!」という依頼が、殺到することになる。
俺の分身(アート作品)を抱えた聖女クララの、全国行脚が、今、始まろうとしていた。