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15話

 株式会社エデンは、もはや単なるベンチャー企業ではなかった。

『黄金の種』を独占する俺たちは、一千万円のプレミアムプランによって莫大な富を築き、その富を元手に政界や経済界に静かに、しかし確実に影響力を広げていた。男児の誕生を確約された権力者たちは、皆一様にエデン社に「忠誠」を誓い、俺たちの事業に有利な法案が次々と可決されていく。俺たちは、ピンク色の革命によって、この国の影の支配者となりつつあった。


 そんなある日、輝夜が深刻な顔で俺に一枚の釣書プロフィールを見せてきた。

「ヤマト、あなたに三人目の妻を迎えてもらわなければならないわ」

「え、また!?」

「今度はビジネスのためよ。見て、この家紋を」

 そこに記されていたのは、この国で最も古く、最も保守的とされる名門公爵家、『ホーエンハイム家』の名前だった。

「ホーエンハイム家は、ベアトリーチェ会長がいた『純潔を守る乙女の会』の最大の後援者。今もなお、私たちのビジネスを『悪魔の所業』と公言して憚らない、最後の抵抗勢力よ。彼らを取り込めば、私たちの帝国は完成する」

「なるほど…政略結婚ってわけか」

 俺は、写真に写る女性に目を落とした。プラチナブロンドの美しい巻き毛に、湖のように澄んだ青い瞳。儚げな微笑みは、まるで絵画の中の聖女のようだ。

 名前は、クララ・フォン・ホーエンハイム。御年18歳。


「…見るからに、僕たちのビジネスとは相性が悪そうだな。ガチガチの保守派令嬢じゃないか」

「ええ。だからこそ、あなたが篭絡するのよ」

 輝夜の瞳は、完全に獲物を狙う経営者のそれだった。


 お見合いの席は、ホーエンハイム家の息がかかった、格式だけが取り柄のクラシックなホテルで設けられた。

 現れたクララ嬢は、写真以上に清楚で、儚げだった。純白のワンピースに身を包み、会話の最中も恥ずかしそうに俯いてばかりいる。

「…あの、ヤマト様。わたくし、不束者ですが…」

「あ、いえ、そんなに畏まらないでください」

「はい…。でも、ヤマト様は聖杯様でいらっしゃいますから…」

 …ダメだ、会話が続かない。彼女は、俺がこれまで出会ったどんな女性とも違う。純粋培養された、箱入りのお嬢様。俺たちのピンク色の革命のことなど、何も知らない純真無垢な少女だ。


(これは、さすがに気が引けるな…)

 俺がそう思い始めた、その時だった。

 クララが、お茶を飲もうとティーカップに手を伸ばした拍子に、テーブルの上の小さなハンドバッグに肘を当ててしまったのだ。

 コロコロコロ……。

 ハンドバッグから、何かピンク色の小さな物体が転がり落ち、俺の足元で止まった。


 それは、見間違えようもなかった。

 我が社の記念すべき処女作にして、累計販売数一千万個を突破した大ヒット商品。

 **『ぷるぷるエンジェルちゃん』**だった。


 場の空気が、絶対零度まで凍りついた。

 クララは、顔から血の気が引いて、青ざめている。いや、もはや真っ白だ。彼女は、わなわなと震えながら、ゆっくりと床に落ちたエンジェルちゃんに視線を落とし、そして、俺の顔を見上げた。その美しい青い瞳には、絶望の色が浮かんでいた。


「あ…」

「あ…」


 気まずい沈黙。穴があったら入りたい、とはまさにこのことだろう。

 俺は、どうにかこの場を収めようと、必死に頭を回転させた。

(そうだ! これは肩こり用のマッサージャーなんだ! そういうことにしよう!)


「いやー、クララさんも肩、凝るんですね! 僕も最近、肩こりがひどくて。これ、いいですよね! 『ぷるぷるエンジェルちゃん』! 我が社の製品をご愛用いただき、ありがとうございます!」

 俺が満面の営業スマイルでそう言うと、クララは、か細い声で、しかしはっきりと呟いた。


「……肩には、使いません」

「え?」

「わたくしは……毎日、寝る前に…これを、あそこに当てないと…眠れない身体に、なってしまいました…っ!」

 彼女は、ついに観念したのか、涙目で衝撃の告白をした。

 清楚令嬢、まさかのガチ勢だった。


 俺は、腹を抱えて笑い出したくなった衝動を必死にこらえ、しゃがみ込むと、そっとエンジェルちゃんを拾い上げた。そして、彼女の手に優しく握らせてやる。

「大丈夫。誰にも言いませんよ」

 俺がそう囁くと、クララは堰を切ったようにぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…! ホーエンハイム家の人間として、あるまじきことですのに…! でも、でも…! ヤマト様がお作りになったバイブルを読んで、わたくし、知ってしまったのです…! 自分の身体を愛することの、素晴らしさを…!」

 彼女は、俺たちの最も熱心な、隠れ信者だったのだ。


 俺は、そんな彼女が、たまらなく愛おしく思えた。

「クララさん。顔を上げてください。あなたは、何も間違っていない。むしろ、僕の理想のお客様だ」

「え…?」

「僕の妻になって、一緒に、もっとたくさんの女性を幸せにするビジネスを、手伝ってくれませんか?」

 俺がそう言って手を差し出すと、彼女は、涙に濡れた顔で、人生で一番美しい笑顔を見せて、こくこくと頷いた。


 後日、俺が輝夜とソフィアに「ホーエンハイム家のクララ嬢、むっつりスケベだった」と報告すると、二人は腹を抱えて笑い転げていた。

「最高じゃないの、その子!」「私のデータ収集欲が疼くわ!」と、三人目の妻を大歓迎するムードだ。


 こうして、我が社に、そして我が家に、最も清楚で、最も破廉恥な、最強の広報塔が加わることになった。

 ホーエンハイム家を取り込んだ俺たちの帝国は、もはや敵なし。

 だが、俺はまだ知らなかった。この清楚令嬢の、底知れない性への探究心が、やがて俺たちのビジネスを、さらにとんでもない方向へと導いていくことになるということを…。

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