13話
「テスター…ですか?」
俺の提案に、三人の妻たちは訝しげな顔をした。
「ええ。クララが考案した新製品群は、あまりに革新的すぎる。市場に出す前に、様々なタイプの女性に試してもらい、詳細なデータを集める必要があるわ」
ソフィアが、俺の意図を補足する。そう、クララの発明品は、もはや素人が思いつきで生み出したレベルではない。人類の新たな扉を開きかねない、禁断の果実だ。その効果と安全性を、慎重に見極める必要があった。
「でも、誰に頼むというの? 弊社の最高機密よ。情報漏洩のリスクは避けたいわ」
輝夜の懸念はもっともだ。そんなデリケートな役割を、誰に任せられるというのか。
俺は、にやりと笑って、一枚のポスターをテーブルの上に広げた。
「だからこそ、彼女たちに頼むんだ」
そこに写っていたのは、今、この国で最も勢いのある七人組のアイドルグループ、『虹色アルカディア』だった。
虹色アルカディア、通称『ニジアル』。赤、青、黄色など、メンバーそれぞれのイメージカラーの衣装に身を包み、「清純派」をコンセプトに、ティーンから熟年層まで、幅広い人気を誇る国民的アイドルグループだ。
「馬鹿なことを言わないで、ヤマト」
輝夜が、即座に俺の案を却下する。
「彼女たちは、清純さが売りのアイドルよ。そんな破廉恥な依頼、受けるわけがないわ」
「いや、受けるさ。必ずね」
俺は、輝夜に一枚の調査報告書を見せた。
「彼女たちの所属事務所、最近、経営がかなり厳しいらしい。そして、メンバーの何人かは、隠れて我が社の製品を使っているという情報もある」
「なんですって!?」
「つまり、こういうことだ。俺たちは、彼女たちに『極秘裏に新製品のテスターになる』という業務提携を持ちかける。見返りは、莫大な契約金と、エデン社による『公式スポンサー』という後ろ盾だ。『貞操教育と女性の健康を支援するエデン社が、清純派アイドルのニジアルを応援します』…どうだ? 最高のイメージアップ戦略じゃないか?」
俺の悪魔的な提案に、輝夜は「あなたは本当に悪い男ね…」と呟きながらも、その口元は愉悦に歪んでいた。
交渉は、驚くほどスムーズに進んだ。
虹色アルカディアのメンバー七人は、秘密保持契約書にサインすると、期待と不安が入り混じった表情で、エデン社の地下ラボへとやってきた。
「こ、こんにちは! 虹色アルカディアです!」
リーダーの赤城レイカが緊張気味に挨拶する。他のメンバーも、伝説の『聖杯様』である俺を前にして、カチコチに緊張している。
そんな彼女たちを、満面の笑みで出迎えたのは、今回のプロジェクトの総責任者、クララだった。
「皆様、ようこそおいでくださいました。わたくし、今回の新製品開発を担当しております、クララと申します」
清楚な聖女のようなクララの姿に、アイドルたちは少しだけ安堵したようだった。だが、彼女たちが本当の恐怖(と快感)を知るのは、これからだ。
「それでは早速ですが、皆様には、わたくしが心血を注いで開発いたしました、『ぷるぷるエンジェルちゃん二世・ウィスパー』を、お試しいただきたく存じます」
クララが、七つの個室ブースへと彼女たちを案内する。
メンバーたちは、おずおずとブースに入り、ヘッドホンと、囁き機能が搭載された最新鋭のローターを手に取った。
「…皆様、準備はよろしいでしょうか? それでは、スイッチを、お入れになって…」
クララが、マイクを通して優しく語りかける。
しばらくの沈黙。
そして、次の瞬間、ラボは七人七色の、甘く、切ない、嬌声のシンフォニーに包まれた。
「ひゃっ!」「あ、あぅ…♡」「なにこれ、すごい…!」「耳が、耳が幸せ…!」
ソフィアは、冷静にモニターに表示される彼女たちの心拍数や脳波のデータを記録している。
「すごいわ…全員の脳内麻薬の分泌量が、通常のオーガズム時の三倍を超えている…!」
輝夜は、そろばんを弾きながら呟いている。
「この付加価値…価格は、現行品の五倍でも売れるわね…」
事件が起きたのは、その直後だった。
「い、いやぁあああああっ! 何か、出るぅううううっ!!」
青色担当のクールビューティー、蒼井ミサトのブースから、悲鳴が上がった。
俺たちがモニターを覗き込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。彼女の身体から、まるで噴水のように、透明な液体が勢いよく噴き出している。
「こ、これは…!?」
「伝説の…『潮吹き』…!」
ソフィアが、興奮に声を震わせる。
「文献でしか読んだことがなかったわ! 特定の条件下でしか起こらない、極めて稀な生理現象…! まさか、この目で見られるなんて…!」
だが、奇跡はそれだけでは終わらなかった。
「も、もうだめぇ…! いっちゃう、いっちゃううううっ!」
黄色担当の妹キャラ、黄瀬ヒナタが、白目を剥いて痙攣している。
「連続絶頂…! しかも、途切れることなく波が来ているわ! これはもう、オーガズムのビッグバンよ!」
もはや、ラボは地獄と天国が混じり合った、カオスな空間と化していた。
全てのテストが終わった後、虹色アルカディアのメンバーたちは、まるで魂が抜けたように、ぐったりと椅子に座っていた。その表情は、疲労困憊でありながらも、どこか悟りを開いた聖女のように、穏やかだった。
「…クララ様」
リーダーのレイカが、震える声で、クララの手を握った。
「わたくしたち…今まで、アイドルとして、ファンの皆様に夢と希望を与えてきたつもりでした。でも、間違っていました。本当の希望は…ここにありました…!」
「そうです! この感動を、世界中の女性に伝えるのが、私たちの新たな使命です!」
他のメンバーも、次々と涙ながらに訴え始めた。
その姿を見て、クララは、慈愛に満ちた、聖母のような笑みを浮かべた。
「ええ、ええ、わかりますわ。皆さんも、こちらの世界へ、ようこそ」
もはや彼女は、ただの令嬢ではない。
性の喜びと解放を説き、女性たちを新たなステージへと導く、エロの伝道師。
聖女クララの爆誕だった。
後日、虹色アルカディアは、エデン社の公式アンバサダーとして、新曲『潮風のメモリー』を発表。その意味深なタイトルと、やけに官能的なダンスが話題を呼び、過去最高のヒットを記録することになる。
俺たちの革命は、ついに芸能界をも巻き込み、もう誰にも止められない領域へと、突き進んでいくのだった。