11話
俺と妻たちの懐妊、そして前代未聞の600名追加ご懐妊キャンペーンの発表から、数ヶ月。世界は、株式会社エデンの動向に釘付けになっていた。そして俺たちは、次なる一手、いや、二の矢、三の矢を同時に放った。
満を持して発売されたのは、『ヴァージン・キーパー オナニーペン』と、改良を重ねて安全性を極限まで高めたハンディマッサージャー、『雷神』だ。
特にオナニーペンの反響は、凄まじかった。
『処女膜を守りながらイケる』という、あまりにも都合の良すぎるキャッチコピーは、この国の女性たちの心の奥底に突き刺さった。これまで貞操観念に縛られて快楽を罪悪視してきた、最も保守的な層の女性たちまでもが、こっそりとエデンのサイトにアクセスし、震える指で注文ボタンをクリックしたのだ。
『すごい…本当に…挿れてないのに…私、お嫁に行けます…!』
『母と妹と、三人で回し使いしています。一家団欒の新しい形です』
『純潔を守る乙女の会、解散します。今までごめんなさい』
.ネットには感謝と懺悔の声が溢れかえり、『純潔を守る乙女の会』のベアトリーチェ会長は、テレビ討論での敗北と会員の大量離脱のショックで寝込んでしまったと聞いた。哀れなものだ。
そんな熱狂の最中、ソフィアの研究室で、世界を再び震撼させる発見がなされた。
ソフィアは、俺の遺伝子データを解析し、来るべき出産に備えてシミュレーションを繰り返していた。その日、彼女は血相を変えて、俺と輝夜がいる役員室に飛び込んできた。
「大変よ! 大変なことがわかったわ!」
「どうしたのソフィア、落ち着いて。まさか、子供たちに何か…」
輝夜が心配そうに立ち上がる。俺も、心臓が嫌な音を立てるのを感じた。
だが、ソフィアが告げたのは、俺たちの想像を遥かに超える、とてつもないニュースだった。
「ヤマトの遺伝子から生まれる子供…その男女比をシミュレーションした結果が出たの。見て、これ!」
彼女がモニターに映し出したグラフを見て、俺たちは絶句した。
【予測男女比:男性 50% : 女性 50%】
「……ごじゅっ、ぱーせんと?」
輝夜の声が、震えている。
「嘘だろ…? この世界では、男が生まれる確率は、10%にも満たないはずじゃ…」
「ええ。それがこれまでの常識だったわ。二百年もの間、人類はY染色体の脆弱化という呪いに苦しめられてきた。でも、ヤマトのY染色体は…違う。傷一つない、完璧な状態なのよ。彼の遺伝子は、この世界の法則の外にある!」
ソフィアは、科学者としての興奮を隠しきれない様子で続けた。
「つまり、どういうことか分かる? 私たちの子供、そしてキャンペーンで生まれてくる700人の子供たちのうち、およそ半分…350人が、男の子になるということよ!」
もはや、革命ではない。天地創造のレベルだ。
この国は、数世代後には男女比が1:1に戻る可能性があるのだ。社会構造、文化、経済、その全てが、根底からひっくり返る。
俺たちは、再び緊急役員会議を開いた。
「この事実は、まだ公表すべきではないわ」
輝夜が、経営者として冷静に判断を下す。
「世界がパニックに陥る。でも、この『黄金の種』は、私たちの最大の武器になる。これを利用して、ビジネスを次のステージへ進めるのよ」
彼女の提案は、大胆不敵だった。
「まず、抽選による精子提供サービスを、一般向けの恒常的なサービスとして開始します。価格は、多くの人が頑張れば手が届くラインで。これは、エデン社の『慈悲』と『社会貢献』の象徴よ」
「そして、同時に始めるの。『プレミアム・プラン』をね」
輝夜の目が、妖しく光る。
「価格は、一人一千万円。そして、このプランの購入者にだけ、私たちは『男児が生まれる可能性が極めて高い』という、極秘情報を提供する。跡継ぎの男児を喉から手が出るほど欲しがっている、世界中の権力者や富裕層が、この情報にいくら払うと思う?」
一千万円。途方もない金額だ。だが、この世界における「男児」の価値を考えれば、破格の安さですらあった。
「素晴らしいわ、輝夜!」
「ああ、完璧なビジネスモデルだ!」
俺とソフィアは、妻の悪魔的な商才に、もはや感嘆のため息しか出なかった。
その頃、俺たちが最初に発売した『ぷるぷるエンジェルちゃん』は、国境を越え、社会現象となっていた。
最初は「東洋の神秘」としてキワモノ扱いされていた小さなローターは、その圧倒的な性能と安さで、口コミで世界中に広がっていった。保守的な宗教国家では、政府が「悪魔の玩具」として輸入を禁止したが、その結果、闇市では一個10万円という高値で取引され、マフィアの新たな資金源になるという、皮肉な事態まで引き起こしていた。
「輝夜、ついに我が社の製品が、国際的な犯罪組織の資金源にまでなったぞ!」
「素晴らしいわ、ヤマト! それだけ、私たちの製品に世界的な需要があるということの証明よ! 正規の販路を開拓すれば、彼らを駆逐できるわ!」
俺たちの倫理観は、ビジネスの成功と共に、少しずつ麻痺し始めているのかもしれない。
俺は、大きくなってきた輝夜とソフィアのお腹に、そっと手を当てた。
この子たちが、そしてこれから生まれてくる700人の子供たちが、この狂った世界を、本当に変えるのかもしれない。
俺が始めた、ほんの小さな悪戯。
それは、もはや俺の手を離れ、世界そのものを書き換える、巨大なうねりとなっていた。