あなたはただの天才だ
短編です
「多分、僕は転生者なんだよ」
ある夜、私の前で勇者がそう呟いて寂しそうに笑った。
二人の間にある焚火がパチリとはぜた。
彼のその独特な寂しそうな笑顔は、幼馴染である私には見慣れたものだ。
ゴブリンに襲われている旅人を救った時。
街を魔物の軍勢から守った時。
彼に感謝する人々―
そんな時の彼は、何故かいつも寂しそうに笑う。
「転生、者?」
「そう、きっと異世界転生なんだよ」
「‥‥‥‥?」
魔王討伐の旅路の途中。
キャンプを張り、他の仲間が眠る中。
彼がふともらした言葉は私の知らないものだった。
「僕は物心ついた頃には、誰も知らない事でもわかった。
この世界では人々は足し算引き算はできても、掛け算、割り算は誰もできない。宮廷の学者さんたちだけだ。でも僕は当たり前のように出来てしまう」
確かに私には、彼の言うカケザン、というのが何なのかすらわからない。
事実、彼は能力も頭の回転も普通ではない。
子供の時には村を襲った狼の群れを、たった一人で木剣一本で退治し、追い払った。
あるいは村の田畑へと川の水を引き込む水路を作ったり、簡単に種もみを脱穀する道具を作ったりした。
やがて、村の近くにあらわれたオークの群れも撃退した。
それは誰も思いつかないような方法で、村人たちのできる事だけで村を要塞化し、武器を作り、自分は先頭に立って大人を指揮しての事だった。
いつも誰にも出来ない事を、誰にも思いつかない方法でてきぱきと考えをまとめやってみせる。
やがて彼の評判は都にも知れ、実績を積み、勇者として王さまの命令で魔王討伐へと向かう事になるほどだった。
「それはここが僕のために用意された世界だからだ。
僕がチート無双できるために、誰もがわざわざ僕以下に設定されてる世界なんだよ」
「チート無双?」
「この世界の神様が与えた特別な能力だよ。僕はチートと呼んでる」
「‥‥やっぱり、私にはわからないよ」
「ごめん、変な事言った。
でも誰もわからないように、それでもこんな僕が嫌われないようになってるんだよ、この世界は」
そう言って彼は笑った。
―いつものあの寂しい笑顔で。
でも私は、それだけはわかる。
どうしてそんな寂しそうに笑うのか。
それが、私の旅の理由だから。
ただの村人だった、普通の少女だった私が彼の旅を支えられたら。
彼を守れたら。
そうしたら彼は、転生者ではなくただの天才だと証明できるはずだ。
彼はこの世界で生まれた、この世界のただの少年だと証明できるはずだ。
彼に、もうあんな孤独な笑顔をさせたくない。
彼に、あなたは一人きりじゃないと知ってほしい。
それが、私の旅の理由だ。