君のストップウォッチ
「今日、タイム測ってくれる?」
そう声をかけた瞬間、律がちょっとだけ目をそらしたのがわかった。
──やっぱり、気づかれてるかな。私の気持ち。
水泳部のエース、なんて言われてるけど、好きな人の前じゃ、ただの女子高生だ。
スタート台に立って、律のほうを見たら、ちゃんとこっちを見てた。真剣な目で、ストップウォッチを持つ手が、ちょっとだけ揺れてる。
「よーい……ピッ」
ホイッスルの音とともに、私は水の中へ飛び込む。
律に見られてると思うと、体が自然に前に進んだ。水の冷たさも、壁を蹴るときの痛みも、感じなかった。
ただ、まっすぐ。君に届くように泳いだ。
タッチの瞬間、水面から顔を上げると、律がこっちに向かって歩いてきた。
「タイム、どうだった?」
「…前より、0.3秒縮まってる」
「やったー!」
本当は、タイムなんてどうでもよかった。ただ、君に測ってほしかっただけ。君のストップウォッチが、私の頑張りを覚えていてくれるような気がして。
「ねえ、日曜、試合なんだけど……」
言いながら、ちょっとだけ勇気を出す。心臓がうるさいほど鳴ってる。
「応援、来てくれる?」
沈黙。……あれ、困らせたかな?
でも、
「……もちろん」
その一言に、心の奥がふわっとなった。
「じゃあね、ありがと!」
背を向けながら、小さく笑う。
バレてないと思ってたこの気持ち、たぶんもう、隠しきれてないよね。
だけど、いいんだ。今はまだ、これで。
私の恋は、君のストップウォッチと一緒に、少しずつ進んでる。