8 幸せの記憶
「どうしてここへ」
ニーナがアレクセイに問いかけた。
アレクセイは息を切らせている。後ろから、キールも部屋に入ってきた。
「僕は最初から間違っていたんだ。僕が君を幸せにしてみせるってね。でも本当は違う。僕は僕が幸せになるためにここにいる。だって、君がいない人生なんて不幸そのものだからだ。だから、僕のことを不幸にするなんて君はいっさい思わないでほしい。この先、どんな辛いことがあったとしても、そんなこと関係ない。僕は少なくとも今の瞬間に幸せを感じている。そして、こう思うんだ。君がもし僕と一緒にいて幸せになれるんだったら、もうそれでいいじゃないかと」
アレクセイの目は真っ直ぐにニーナの方を向いていた。
「一緒に幸せになろう。大好きですニーナさん。結婚してください」
静まり返る部屋。ニーナは考えていた。信じたい。信じたい。信じたい…… その時、トンと背中を押された。振り返るとクリスティーナがうなずいている。彼女の言いかけた言葉が伝わってくる。もう一歩だけ勇気を持って飛び込んでみてくださいと。
「私なんかでいいのなら…… お願いします」
一瞬の間の後、ニーナはギュッと抱きしめられた。温かくて、懐かしくて、そして幸せな時間が彼女に再び舞い降りてきた。
「殿下、ニーナさん困っているじゃないですか。周りを見てくださいよ」
「えっ」
アレクセイはニーナをそっと腕から解放した。彼女はうつむいたまま真っ赤になっている。そして、周囲を見回すと、なんと、公爵邸のみんなが全員見にきていた。窓から見ている者、扉ごしに部屋の中をのぞき込んでいる者。皆、ニーナのことが心配だったのだ。
「す、すまない。思わず……」
と、アレクセイが言いかけたところ、キールとクリスティーナが寄り添って手を握り合っているのを見つけた。
「お前ら、もしかして」
「お二人のことが心配で、互いに色々やりとりをしていたんですよ。そうしているうちに、自然に、ね」
「俺が一ヶ月も苦しんでいる間に……」
「殿下がぐずぐずしているからですよ。だから、すぐにでもここに行けって言っていたじゃないですか」
周りでみんなが爆笑している。公爵邸に再び笑いが戻ってきた。
「さあ、みんな、いいこと。準備よ準備。盛大な宴会のね」
ベロニカさんはパンパンと手を叩くと、みんなに号令をかけた。皆はすぐに持ち場に戻っていった。いずれも幸せそうな顔をしていた。
アレクセイに肩を抱き寄せられ、ニーナは幸せをかみしめていた。肖像画の父も祝福しているかのように微笑んでいる。
今夜はきっと楽しいパーティになるに違いない。
そして、二人はこれからもずっと、このような幸せな時間を一緒に積み重ねていくだろう。
いつまでも、記憶に残るような。
これで、完結になります。
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