6 断罪
王宮に招かれたアンジェリカは有頂天になっていた。
「まさか、あの王子様が娘を見染めてくれるなんて」
連れてきたオリガ、レイラは今まで以上に念入りに着飾っている。どちらが選ばれても悪くない。彼女らにはたっぷりとお金をかけている。何とか元が取れそうだ。
アンジェリカはあまりに領民から過酷に取り立てるので、領地経営がうまくいかなくなっていた。しかし、これで安泰だ。アンジェリカはほくそ笑んでいた。
「それにしても、あらかじめどちらを選んだか言ってくれればいいのに」
レイラが少し不満げだ。
「私に決まっているじゃない。あんたは私の引き立て役よ」
オリガはレイラを見下した様子で言った。
「後で慰めてあげないわよ。八つ当たりされたらたまったものじゃないわ」
「何を!」
「これこれ、やめなさい」
アンジェリカの唯一の気掛かりといえば、クリスティーナが指名されないかどうかだけだった。
ニーナの代わりとして、急遽、クリスティーナに病弱な格好をさせ、顔色を青白くメイクし、咳込むマネまでさせていた。
妃は何より健康であることが優先される。これだけアピールすれば大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせていた。
もちろんクリスティーナは今日連れて来ていない。
「もうそろそろ、謁見の時間よ。二人ともみっともないから喧嘩しないでちょうだいね。どちらが選ばれても恨みっこなしよ」
不服そうに二人はうなずいた。
◇
ニーナは朝から部屋に閉じこもっていた。ノックの音が聞こえクリスティーナが入ってきた。
「まだ閉じこもっていたの。きっとキールさんが助けてくれる。約束したもの」
クリスティーナは優しく声をかけた。
「私が幸せになろうとすると、皆不幸になってしまう。父も母も私のせいで亡くなってしまった。今度はキールさんにまで迷惑を…… 私はもう絶対に幸せになんかなりたくない。誰も傷つけたくない。クリスももう私に関わらないで」
「そんなことない。そんなことないから」
そこに、訪問客が現れたと知らせがやってきた。
「誰から?」
「第三王子 アレクセイ様の使者でございます」
「通してください」
そこに現れたのはなんと従者の格好したキール(本物の方)だった。
◇
王の前に通された3人。謁見の間では王マクシムが威厳を持った姿でこちらを見ていた。3人は王の前に進むと礼をした。
「うむ。王子からよく聞いているぞ。この度は大変なもてなしを受けたようだな。アレクセイに代わって礼を言うぞ」
「過分なお言葉、誠にありがとうございます」
「この一年、領内をまとめ上げるのは大変じゃったろう。わしもあいさつにいけばよかったが、何しろ忙しゅうてな」
「王子様が来ていただけただけでも、大変光栄に思っています」
「それにしてもなかなか綺麗な娘じゃのう」
王はジロリと二人を見た。
「オリガでございます」「レイラでございます」
二人が一歩前に出て挨拶をした。王は満足げに頷いている。
「それにしてもなんじゃ、娘は3人いたと聞いているが、もう一人はどうなったのじゃ」
「末の娘は病弱ゆえ、王宮にも来られない状態でした。あのような様ではとてもとても妃になるような資格はありません。この場に連れてきたとしても哀れなだけでございます」
「そうか、じゃが、報告とはちょっと違うようじゃなあ」
「どう言うことですか」
「末の娘はとても働き者で、たいそう気立てがいい子だそうじゃないか。病弱な人間にそんな仕事が務まるとは思えないのじゃが」
「ど、ど、どう言うことでしょうか」
「おお、やっときてくれた。噂に違わぬ美しい娘じゃなあ」
その時背後からニーナが現れた。純白のドレスに身を包み、髪は結い上げている。おどおどしてアンジェリカの方に近寄ってきた。
「あなた一体どうしてここへ」
「私もわからないんです。お継母様。わからないまま、連れてこられてしまって……」
「役者は揃ったようじゃな。そろそろ出てこんか、アレクセイ」
そこに現れたのは、何と赤い礼服で身を固め、サラサラとした金髪をした青い目の青年だった。見覚えのある顔を前にして、四人全員が絶句している。
「お久しぶりです、皆様。僕が第三王子 アレクセイです」
彼は爽やかな笑顔を浮かべてはいたが、目は全く笑っていなかった。
◇
「どうも、この間は大変お世話になりました。アンジェリカさん」
「あう、あう、あう」
口をぱくぱくさせて、声になっていない。
「アンジェリカさんは、僕に特別な場所を提供してくださったんですよ。父上」
「ほう、どんな場所じゃ」
「物置小屋になっているボロボロの納屋でしたね。泊まる準備をするのに一苦労でした。天井には穴が盛大に空いていて、星空がとても綺麗でしたよ。雨が降ったら大変なことになっていたでしょうがね。それと、そうだ。晩餐会で出た残飯整理もさせられましたよ。大変美味しくておかわりしたかったんですが、余っているのがそれだけだったのがとっても残念でした」
アンジェリカは冷や汗をダラダラと垂らしている。
「そうだ、レイラさんはなかなかユニークな方ですよね」
レイラがビクッと身をすくめた。
「僕のことを下賎なやつと言ってののしってくれたんですよ。あんなことを言われるなんて初めての経験でした。そうだ、のぞきや告げ口も趣味みたいで」
「そうか、なかなか悪趣味な人間じゃな」
レイラはうなだれた。
「何と言ってもオリガさんが最高でした」
オリガは唇を噛んで震えていた。
「何度も僕にむちを打ってくれたんですよ。この下男めとか何とか言って、おかげさまで、まだ腫れが引いていません」
アレクセイが右腕を捲ると、そこには痛々しい傷跡がまだ残っていた。
「それで、どうしたいのじゃ、お前は」
「そうですね。全員処刑するのは当然として、まあ、領民全員からのむち打ちなんてどうでしょうか。最後までもつかなあこの人たち」
その言葉を聞いた途端、レイラとオリガが一緒に泣き崩れた。アンジェリカは王に嘆願した。
「どうかお慈悲を、何でもします。反省も致しますから。何とぞ寛大なる処置を」
王は難しい顔をしたまま、豊かな白い髭をしごいていた。
アンジェリカに促され、オリガもレイラも皆土下座をし、王や王子に慈悲を乞うた。しかし、アレクセイの表情は全く変わらず、虫ケラでも見るような冷たい眼差しをしていた。
哀れな継母や姉の姿を見て、ニーナは心を揺さぶられた。こんな姿を見たのは初めてだった。何とかしてあげなくてはと言う気持ちが彼女に湧いてきた。血はつながっていなかったが、なんと言っても彼女に残された唯一の家族だったからだ。
「私からもお願いします。継母や姉たちをどうか許してあげてください」
アレクセイは少し驚いた表情をして彼女を見た。