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5. やるべきこと

 最後の記憶を話してから、リーフは塞ぎ込むようになった。エリサは何度もリーフとの会話を試みたが、リーフは全く受け付けなかった。そうして、2日の時が流れた。

 ハンスが広場で村の様子を見ていると、ヨーゼフがハンスに向かって走って来ていることに気づいた。慌てているようで、息が切れていた。

「ヨーゼフさん、何かあったんですか?」

「すまない、ハンス君。間に合わなかったかもしれん。すぐ避難した方がいい」

「え? まさか……」

 一方、エリサはまた屋根裏を訪れた。リーフは今日も暗がりの中、寝台に座り、剣を握りしめていた。

「出ていけ」

「いやだ。この二日間、君に気を遣って来たつもりだったけど、これ以上は君のためになるとは思えない」

「しつこい」

「私ね、考えたんだけど、君はもう、誰かに縛られる必要はないんじゃないかな」

「俺が、縛られてる……?」

「うん。君は、アッピ村でも、キルシュ団でも、自分の居場所を作りたくて、周りの人たちのために頑張って来たんでしょ? でも、今はもうその必要はない。だから、自分の心に従って、自分の本当にやりたい事、一度考えてみたら? 君のような人は、そうするのが一番な気がする」

「俺の、心……」

 その時突然、外が騒がしくなり始めた。怒鳴り声のようなものも聞こえてきた。

「何……? ごめん、ちょっと外の様子見てくるから待ってて!」

 エリサ屋根裏を急いで出ていった。リーフは壁に耳を近づけ、外の様子を伺った。

「ハンス! 一体何があったの!」

 エリサは家を飛び出すと、近くにいたハンスに尋ねた。

「大変なことになった。山賊の奴ら、この村が殺人の犯人を匿っているとか言い出したんだ。これからここへ攻めてくるつもりだ」

「え!? リーフのことがバレたの?」

「いや、そうじゃない。あいつらはこの村を乗っ取る口実が欲しくて、適当ぬかしてるだけだ」

 山賊の3人組が広場の真ん中で叫んでいた。

「おい人殺し! 聞こえるか! 今まで上手く隠れてきたつもりだろうが、それもこれまでだ。これからこの村の中を俺たちが隅から隅まで調べ尽くす。火を放ってでも必ずお前を炙り出す! この広場で殺された仲間の恨み、必ず晴らさせてもらう!」

「まずい……! キルシュ団はまだ来ないの?」

「知らせは届いているはずなんだけど、まだ来る気配がないらしい」

「とにかく、リーフと村の人たちを避難させないと……」

 村の中には、まだ状況が飲み込めず、逃げ出せずにいる人が大勢いた。

 その時、エリサの家の扉が、ゆっくりと軋むような音を立てて開いた。エリサはその音に気づいて振り返った。そのエリサの様子を見た周りの村人はエリサの目の向く先を見た。そうしてその行為が瞬く間に村人たちに伝染して、ついには全員の視線が彼に向けられた。そこにはリーフが立っていた。腰には剣を携え、首には赤いケープを巻き、返り血が染み込んだキルシュ団の装備を着ていた。

「グユン君……? いや、まさかそんな!」

 エリサの母親は、あまりの驚きで腰が抜け、近くの柱に寄りかかった。山賊の3人組も、彼に気づいた。

「あいつ、本当に村に隠れていやがったのか!」

「あの服、俺知ってるぜ。キルシュ団の、それもアベントロートじゃねえか! ど、どうする? あいつに喧嘩売っていいのか?」

「いや、あの汚れた格好と、こんなところに一人でいることから考えて、先の戦いで逃げ出したんだろう。どうやら、あの噂は本当だったらしい。……だが、俺たちだけでは危険だ。一度川の向こうに陣取っているお頭にこのことを知らせるぞ」

 村人たちの半数は建物の中に逃げ込んだが、まだ残りの半数は動けずにいた。リーフはあたりを軽く見回し、逃げようとしている山賊たちを捉えた。

「あいつらか」

 そう言うと、リーフは彼ら目掛けて真っ直ぐに駆け出した。

「ダメ! リーフ止まって!」

 エリサは両腕を広げて、リーフの行く手を阻んだ。それを見たリーフは、エリサの前で止まった。

「何をする、エリサ」

 エリサを見た村人たちは、エリサが危ないと感じて、農具や包丁を持ってエリサの周りに集まって来た。

「何だお前ら……何だその目は」

 リーフは村人たちを睨みつけた。

 村人たちは、なぜリーフがエリサの家から出て来た、とか、なぜ彼の名前を知っているのか、とか、早く逃げろ、とか色々彼女に言って来た。

「いいから黙って! 私と彼から離れて!」

 エリサのものすごい剣幕で、村人たちは怯んだ。そして彼女はハンスに目を向けた。

「ハンス、お願い」

「でも、エリサ……」

「私に任せて。私にやらせて」

「うぅ……分かった」

 ハンスは、「やめろ」と言いたい気持ちを押し殺して、彼女の言葉を受け入れた。そして、村人たちを抑えながらこう叫んだ。

「皆さん、彼は敵ではありません! だから、どうか、どうか今だけはエリサと彼から離れてください!」

「ハンス、ありがとう。……ごめんね」

 エリサが小声でそういうと、今度はリーフの方を向いた。

「リーフ、あの人たちは斬っちゃダメ」

「なぜだ?」

「それは君のやることじゃないから」

「あいつらは、俺がここで斬ったやつの仲間だろう? なら、こうなったのは俺のせいだ。俺は、あいつらを斬らなきゃいけない」

「これは君のせいじゃないし、君が斬る必要はない」

「どうして君がそこまで彼らを庇う? まさか君も……」

「違う! 私は、あの人たちにも、君にも傷ついてほしくないだけ。……実は、キルシュ団に助けを呼んであるの。あなたが動かなくても、何とかなるはず」

「そうやって、穏便に済ませるつもりか? 甘いな。人の恨みは消えることがない。一時凌ぎが出来ても、根本から断たなければ、災いが繰り返されるだけだ」

「どうして斬ることばかりにこだわるの? 君はもう、キルシュ団じゃないのに!」

「確かに、俺はキルシュ団を追い出された。だが、彼らの元で学んだことが、間違っていたとは思えない。『敵は悉く斬る』これこそが、俺の心、俺の望みだ!」

「本当に、本当に君はそう思ってる? 相手は君と同じ、人間なんだよ?」

「まさか君は、人の形をしたものはみんな尊いと思っているんじゃないだろうな? それは大きな間違いだ。人は、鬼にも、悪魔にも、獣にもなれる。俺はそうした人の皮を被った化け物たちを、この目で散々見て来た!」

「人は誰しも、自分の間違いを認めて、成長する力を持ってるものよ!」

「だから見逃せって? 他人の痛みすら理解できない連中だぞ? そんな馬鹿どもをいちいち世話していられるか!」

「みんな、最初から悪魔だったわけじゃない。他人の痛みを知る心も、持っていたはず。きっとその人たちは、厳しい世界のせいで、変わってしまったんだ。生きるために、心を捨てなきゃいけなかったんだよ。君は、そんな人たちの間違いを責めるべきだと思う? 君も、彼らと同じなんだよ?」

「何だと?」

「リーフ、話してくれたよね? 動物を狩るのも、任務で人を斬るのも、最初は躊躇したって。辛かったって。それはきっと、あなたに痛みを知る心があったから。でもあなたはその心捨てた。傭兵の世界で生きて、仲間を守るために」

「俺は、俺はあんな奴らとは違う!」

「そうだね。君に救われた人はたくさんいると思う。レヒルさんとミラーさんも、あなたのことを褒めてたし、とても感謝してた。でも、もう一度言うけど、君はもうキルシュ団じゃない。もう傭兵の世界で、生きる必要はない。だから、あなたが一度捨てた心を思い出して。傭兵の君は、正しい生き方をしていた? 自分の生き方に、誇りを持てた? 胸を張れた? アッピ村の人たち、ソーナ、君のお父さんとお母さんが今の君を見たら、なんて言うと思う?」

「うるさい! お前が偉そうな口を利くな!」

 リーフは剣を抜き、エリサへ向けて構えた。村人たちの緊張が一気に高まった。

「リーフ、私の話を聴いて。私には、やっぱり、君が正しいとは思えないよ」

「……そこをどけ」

 リーフはゆっくりとエリサに近づいた。

「私の話を聴いてくれないのなら、私は、私は……もうこうするしかない!」

 エリサは近くにいた村人の包丁を奪い取り、リーフに向けた。

「エリサ! 馬鹿なことはやめろ!」

 ハンスが叫んだ。

「……それで俺を止められるとでも?」

「無理、だろうね。でも、私は、誰かを守るために、自分の命を賭ける人たちがいることを、知ってしまった。だから、私は、逃げたくない!」

 エリサの息は荒く、手は震えていた。それでも彼女はこう続けた。

「……それに、私は、誰かが斬られるのも、君の心が傷つくのも、もう見たくないの。だから、お願い、リーフ。私にこんなことさせないで……」

 エリサは目に涙を浮かべながらいった。しかし、リーフは、「敵は斬るべし」と繰り返し呟くばかりだった。ハンスも、村人たちも、エリサへ飛びかかる寸前だったが、エリサはその前に、包丁を前へ向けて走り出した。

「エリサ!」

 ハンスは叫んだが、もう止められなかった。リーフは剣を振り上げた。

 その瞬間、広場から音が消えた。村人の誰もが、目の前で起きたことに、息を呑んだ。エリサの包丁はリーフの脇を抜け、リーフの剣は、振り上げた位置から、動くことがなかった。包丁と剣は、二人の手からこぼれ落ち、広場に、二つの金属の音が反響した。

「……刺して、ないのか?」

 リーフが言った。

「……斬らなかったんだ」

 エリサは体をぶつけた姿勢のまま言った。そして、体を離し、リーフの顔を見た。エリサを見たリーフは、口を開けて、何かを言おうとしていたようだったが、唇が震えるばかりで、なかなか言葉が出てこないようだった。その様子を見たエリサはこう言った。

「リーフ、大丈夫だよ。だから、話して」

 それを聞くと、リーフはゆっくりと話し始めた。

「……エリサ、森で俺の話聞いた後、泣いてただろ?」

「見てたの?」

「様子が変だったから……それを見て、最初、君は、なんて臆病な奴だろうって思った。それなのに次の日、俺を自宅に匿ってまで話を聴きたいと言って来た君のことが理解できなかった。でも、君の様子を見ていくうちに、だんだん分かってきた。君は、臆病なんじゃなくて、ただ呆れるほど優しい人なんだって。……そして今、君に刃を向けられて、やっと、自分の間違いに気付いた。敵をつくっていたのは、俺自身だったんだ。剣を振るえば、それを恐れた者が武器を構える。そして、人を斬れば、君みたいに、優しい人を、鬼に変えてしまう。俺がやって来たことは、全部、何の意味も無かった。俺はただ周りに不幸をばら撒いていただけだ。こんな俺に、生きる価値なんてない。だから、君に刺されて殺されるのが、一番いいと思って……」

「刺すわけ、ないじゃん」

 エリサはリーフを抱きしめた。

「価値なんて関係ない。前にも言ったでしょ? 私は、君に生きてほしい。だから、生きて、リーフ。一緒に生き方、考えよう?」

 その時、リーフの頭の中に、いつか見た、木漏れ日が差し込む森の景色が蘇った。それから、なぜか心のたがが緩んで耐えきれなくなり、やがてリーフは、声を出して泣き出した。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 そう言いながら泣くリーフの頭を、エリサは優しく撫でてあげた。事情を知らぬものがこの光景を見たら、泣く子とそれを慰める母親に見えたことだろう。

「……エリサ、悪いけど、そろそろまずい。川の向こうに集結した山賊が、いつ来てもおかしくない。すぐ避難しないと」

 ハンスはエリサにそっと声をかけた。

「うん……分かった」

 その時、リーフの頭の中に、ある声が響いてきた。

〈何泣いてんだ。チビ助〉

「……フリッツ?」

 リーフは周りを見回したが、彼の姿は無かった。

(じゃあこの声は……まさか!)

「リーフ?」

 急に泣き止んだリーフに、エリサが声をかけた。リーフはエリサから離れると、涙を拭ってこう言った。

「エリサ、ありがとう。でも、あいつらは俺に任せて。大丈夫。俺はもう間違わない。君が悲しむようなことはしない」

 リーフは村人たちのもとへ行って、周りを見回した。

「すまない、ちょっとそれを俺にくれないか」

 リーフは半ば強引に農具を取ると、その首の部分を折った。リーフの手元には、長い木の棒が残った。

「後で必ず修理する」

 そう言い残してエリサの方へ戻ると、地面に落ちた剣を拾って鞘に戻し、そして鞘ごと腰から外してエリサへ差し出した。

「預かっていてくれないか」

「リーフ、まさかその棒で戦う気か?」

 ハンスが心配そうに言った。

「大丈夫。俺を信じて。村人たちの避難、任せたよ」

「うん、分かった。でも、無理しないでね」

 エリサは剣を受け取った。そして、彼女は村人たちを引き連れ、北の森の丘の上まで、避難した。そこから川の方へ目をやると、リーフの赤い衣と、山賊たちの集団が確認できた。

 リーフは川を挟んで山賊たちと向かい合った。そして、リーフは彼ら全員に聞こえるように、大声でこう叫んだ。

「諸君! お初にお目に掛かる。俺はリーフ。諸君らの同胞を手にかけた者だ。その件に関しては深くお詫び申し上げる。だが、俺は諸君らにこの命を捧げるわけにはいかない。身勝手に聞こえると思うが、それでも俺は生きたい。生きて、諸君らに償いをしたい。それが、双方にとって最善の道であると、俺は信じているからだ。……それでももし、同胞の無念を晴らしたいというのなら、全力でかかって来い! 俺が、諸君らの恨みを、全て受け止めてやる!」

 リーフは棒を構えた。山賊の頭目は、リーフの言葉に全く興味がないようだった。

「お頭、どうしますか?」

「射殺せ」

 山賊たちは全員、弓を引き絞り、号令と共に一斉に矢を放った。矢は川を越えて、リーフへと飛んできた。

(癪だけど、レヒルの言っていたことは正しかったな。矢は意外と遅い)

 リーフは右へ左へと移動しながら矢を躱し、避けきれないものは全て棒で叩き落とした。その姿を丘の上から見ていたエリサたちは、その驚きの光景から目を離せなかった。

「これが、リーフの力……!」

 やがて、リーフへ矢は飛んで来なくなった。

「何をしている?」

「お、お頭、矢が尽きました」

 結局リーフに矢は掠りもしなかった。リーフは山賊たちの次の動きを伺っていた。そして、山賊たちには動揺が見え隠れし始めていた。

「狼狽えるな。全員、弓を捨てて剣を持て。川を一斉に渡って、囲んで殺せ!」

 山賊たちは剣を持ち、一斉に川を渡った。リーフは彼らが川を渡るのを待ち構え、川から上がり切ったものから迎え撃った。リーフは目にも止まらぬ速さで山賊の頭部を打ち抜くと、山賊は一撃で失神して地に伏した。それから何人かが立ち向かったが、ほとんどのものが剣を構える前に頭部を打ち抜かれた。山賊たちは、リーフが鋼の剣をただの木の棒で受けきり、しかもそれが折れる気配がないことが不気味で仕方なかった。

 しかし、流石のリーフも複数人を同時に相手するのは分が悪く、常に移動しながら相手の包囲を避け、浮いた駒を叩く動きに徹していた。それに気づいた山賊は集団で行動し、リーフを包囲しようとしたが、リーフの足の速さは並外れていて、リーフを見失った者から不意を突かれ、一人ずつ倒れていった。

 村の人たちは、一人が大人数の相手を圧倒しているその光景に大興奮だった。リーフを応援するものまで見られた。

「お前がこいつらの頭目だな。もうお前しかいないが、どうする?」

「な……お前ら、棒で殴られた程度で何寝てやがる! 立て! 戦え!」

 しかし、戦えるものは他に誰一人いなくなっていた。起きている者もいたが、彼らは皆意識がはっきりしておらず、足元もおぼつかなかった。頭目はやけになってリーフへ斬りかかったが、リーフは彼の手の甲をすかさず打ち抜いた。

「う! くぅ……」

 頭目は痛みで武器を落とし、手を押さえて膝をついた。リーフは彼へ棒を向けた。

「約束通り、俺はお前らの気分が晴れるまで戦いに付き合うつもりだ。でも、痛いのが嫌なら、もうやめた方がいい」

「……降参する」

 エリサたちは丘を駆け降り、リーフの元へ向かった。

「リーフ!」

 エリサとハンスはリーフの元へ辿り着いた。しかし、リーフの様子がおかしかった。リーフは喜ぶどころか、表情を曇らせていた。

「エリサ、ごめん。やっぱり剣返して」

「どうして?」

「あの人たちには、本気でいかないと勝てない」

 エリサとハンスは、リーフの向いていた方向に振り向くと、剣を携えた10人ほどの集団が、すぐそこまで来ていた。その中のほとんどが、赤いケープを身に纏っていた。

(キルシュ団!? リーフを見られた!?)

「アベントロートが、あんなに大勢……」

 意識のあった山賊たちは全員腰を抜かした。

 キルシュ団の集団の中には、レヒル、ミラー、そして団長のヴァールの姿があった。

「リーフ……! 予感はしてたが、本当にいやがった」

「レヒル。まずは密告内容の確認だ。リーフは俺が見ておく」

「は、はい」

 キルシュ団は村人たちの前に整列すると、レヒルが一歩前へ出て話し始めた。

「先日、キルシュ団の脱走兵をこの村で捕らえたとの密告があった。その者の名はヨーゼフ。彼はどこにいる?」

「ヨーゼフ……?」

 エリサはその名前が出てきたことに首を傾げた。しかし、ハンスは全てを察した。

(ヨーゼフさん、キルシュ団と親しい知り合いがいるとかいう話は全て嘘だったのか!?)

 すると、群衆の中からヨーゼフが飛び出し、団長の前で膝をついた。エリサは彼が思い出の中のあの人であることに気づいた。

「嘘でしょ……ヨーゼフおじさん!」

「ヴァール、頼む! あの子は、リーフは見逃してやってくれ!」

「ヨーゼフ。お前何様のつもりだ? 今更友達面するんじゃねえよ。……捕えろ」

「ヴァール! ……すまないエリサ」

 ヨーゼフはたちまちキルシュ団員に手足を縛られた。

「お前らはリーフに手を出すな。俺がこの手で蹴りをつける」

 リーフはエリサから剣を受け取ると、人を巻き込まないために、場所を移した。河原の真ん中で、リーフと団長は向かい合った。

「最後に一つ聞く。なぜフリッツを殺した?」

「彼は俺の命を狙って来ました。だから斬った。ただそれだけです。その後のことは、弁明のしようがありません」

「くだらねえな。まあ、こうなったことを俺は少しも驚いちゃいねえ。お前は遅かれ早かれこうなると思っていた。場数を踏んだらいつかよくなるかとも思ったが、結局お前は、最後まで、つまらねえ弱虫だったな」

「……団長。そんな俺をキルシュ団に入れてくれたこと、感謝しています。お世話に、なりました」

 二人はお互いに剣を抜き、相手へ向けて構えた。周りの者たちは、ただ事の成り行きを見守ることしかできなくなっていた。

 最初に動いたのはリーフだった。鋭い一撃だったがこれは当然のように防がれた。その後、リーフは軽い身のこなしで相手を翻弄しようとしたが、団長は背中にも目があるかのような守りでこれを全て受け切った。そして団長は、リーフの体勢がわずかに崩れた瞬間に、渾身の一撃を放った。リーフの体は、甲高い金属音と共に、彼方へと飛ばされた。

「リーフ!」

 それを見たエリサは胸が潰れる思いがした。村人たちもどよめき始めた。

「リーフさん!」

 ミラーが飛び出そうとしたところを、レヒルが抑えた。

「やめろ、ミラー。命令に背く気か?」

「でも、でも、こんなのどうか考えたって間違っています! あの人はこんなことで死んでいいような人じゃない!」

「そんなこと、ここにいる奴ら全員分かってんだよ! 団長もな! だが、リーフ自身が逃げ出した以上、もうどうすることもできない……!」

「え……?」

 レヒルは拳を握り締めて振るわせていた。

「こんな、フリッツの死体が見つかった場所と程近い所から、妙な密告が来た時点で、みんなこうなることを予感していた。お前もそうだっただろう? だから、団長も、俺たちも、こうなったらせめてリーフの最期に立ち会おうと、わざわざこんなところまで来たんだよ。だからお前も、ここまで来たらもう、野暮な真似はするな」

 レヒルのかつてないほど真剣な目を見たミラーは、もう動くことができなかった。

 リーフは数メートル転がった後、霞む意識の中ですかさず剣を突き出したが、団長に剣を弾かれ、飛ばされてしまった。

「弱くなったなリーフ。今のお前の剣には全く覇気を感じなかった」

 団長はリーフに剣を向けて言った。

「それは、お互い様じゃないですか?」

「俺はお前に楽に死んでほしくないだけだ。存分に痛ぶってから殺してやる」

「……俺は死なないよ」

「ん?」

「俺は死なない。だって、思い出したんだ。俺の進むべき道を、俺の生きる理由を!!」

 すると突然、空から轟音と共に雷が降り注ぎ、リーフに直撃した。その衝撃で団長はたまらず後ろへ退いた。土煙の中からリーフが姿を見せると、彼の体はほのかに光り輝き、全てを見透かしたような目が団長を見つめた。それを見たものは、この世ならざる光景にただただ困惑するばかりだった。

 リーフは電光石火の速さで団長に飛びかかった。団長はそれを斬ろうとしたが、なんとリーフはそれを拳で受け止めた。しかも拳には傷一つつかなかった。

 そしてリーフは最初の勢いのまま懐に入り込み、団長の胴を肘で打って怯ませると、相手の両足を軽々と持ち上げ、振り回して真上に投げ飛ばした。最後に、逆さになって落ちてくる団長の元へ飛び上がり、頭部を蹴って地面に叩き落とした。地を揺らすほどの力が辺りに響き、団長は倒れた。

「団長!」

 レヒルは慌てて剣に手を置いたが、団長から剣を奪ったリーフは瞬時にレヒルに近接し、彼の首元に刃を添えてこう言った。

「勝負はついた。もうここから立ち去れ。あと、そのヨーゼフとか言うやつは置いて行け」

「……分かった。全員、団長を連れて退却だ」

「団長!」

 ミラーたちが倒れた団長の元に駆け寄った。

「団長! 嘘だろ……まだ息がある!」

 キルシュ団は団長を抱えて本拠地へと去って行った。

 リーフは彼らが見えなくなるまで、それを見届け、それから天を仰いだ。

「終わっ、た……」

 そう言ってリーフは背中から倒れた。

「リーフ!」

 エリサとハンスたちは、リーフの元へ駆け寄った。

「リーフ、リーフ! しっかりして!」

 エリサはリーフの体をゆすった。村人たちも心配して様子を伺った。すると、リーフはゆっくりと目を開けて、弱々しくこう言った。

「リーフ……? 君は、誰……?」

「え……?」

 エリサは驚きのあまり声を出せなくなった。

「まさか、あの変な雷に打たれたせいか……?」

 ハンスがそう言うと、リーフは続けてこう言った。

「君は……俺を知っているのか?」

 これを聞いてエリサはハッとした。リーフと初めて会った夜と、全く同じであった。それに気づいたエリサは、ただ微笑んで、リーフにこう答えた。

「ええ、よく知っているわ」

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