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4. 仲間

 次の日、ハンスは親の仕事の手伝いを一通り終えて、村の様子を眺めていた。昨日の大捜索が空振りに終わったせいか、山賊たちの苛立ちが高まっているように感じた。物にあたる者さえ見られた程だった。

(リーフの記憶はまだ戻っていないみたいだけど、そろそろ何か具体策を考えないとまずいかもな……)

 そう考えながら村の中を歩き回ると、ある男に目が留まった。村人でないことは一目でわかった。しかし、物陰に隠れて、しきりに周りを見渡していて、山賊にしては妙な行動をしていた。その男の顔をよく見つめた後、ハンスはハッとした。彼はその人物を知っていたのだ。

「ヨーゼフさん!?」

 ヨーゼフは、昔エリサと仲良くなり、最終的に自殺してしまったと思われていた人物その人だった。ハンスは彼の元へ駆け寄った。

「おや、君は?」

「あ、初めまして。俺はハンスといいます。エリサの友達の」

「エリサの……?」

 ヨーゼフは再び周りを見渡した。

「……少し場所を移さないか?」

 ヨーゼフがそういうと、二人は人気のない場所へ移動した。

「ここならいいだろう。ハンス君だったね。思い出したよ。エリサがよく君のことを言ってたなぁ。『私のしもべだ』とか言って。あの時はどこでそんな言葉知ったのか不思議に思ったものだった」

「……あなたは自殺したと聞いてました」

「ああ、私は自分の思う以上に体が丈夫だったようでね。それに、急所まで刃を通す度胸も無かった。痛みと出血で気を失ったが、このゾンヌ村の人たちに救われたんだ。……あの時は馬鹿なことをしたと思っているよ」

「じゃあ何で、俺とエリサはこのことを知らなかったんですか?」

「村の代表者たちに、私は死んだことにして欲しいと頼んだんだ。私は、エリサの優しさが、辛くなってしまっていた。私のような人物に近づくべきではないと思っていた」

「そのせいでエリサがどれだけ悲しんだと思ってるんです!? エリサは今でも、あの時のことを悔いています」

「分かっている。結局私は、自分のことしか考えられなかったんだ」

「それが分かっているなら、今すぐエリサに会ってください」

「……君に見つかったのも、神様の思し召しなのかもしれないな。分かった。エリサに会いに行く。それは約束する。ただ、今すぐにはいけない。もう少し、心の準備をする時間が欲しい」

「……分かりました。俺も、あなたに謝らなければいけないことがありますし」

「おや、一体何のことだね?」

「あなたが森にいること、村のみんなにばらしたの、俺なんです」

「そうだったのか。しかし、それは村にとって正しい行動だったと思うが?」

「違うんです。俺は、あなたが妬ましくてそうしたんです」

「私が妬ましかった? 一体なぜ?」

「あの頃、エリサとはよく遊んでいたんです。でも、ある時からエリサはほとんど俺に構ってくれなくなりました。それで俺は気になって、森に入っていくエリサの後をこっそり着いていきました。そして、あなたとエリサが一緒にいるところを目撃しました。……後でエリサに、そのことを問い詰めたら、エリサは『絶対に秘密だ』と言ってからあなたのことを教えてくれました。でも俺は、エリサをあなたに取られたような気がして、あなたを許せなかった。だから俺は、あなたを村から追い出そうと思って、村のみんなに知らせたんです。本当に、醜い行いでした。申し訳ありませんでした!」

「なるほどな。まあ何にせよ、君がまだ幼かったからこそ起きた、気の迷いだったのだろう? 私はそんなものを今更気にはしない。むしろ、君には助けられたと思っている。結果的に君のおかげで、倒れた私の発見が早まったのだろうからね。……それにしても過去の過ちを、こうも素直に謝れるとは、君は美しい心の持ち主のようだ」

「……」

「エリサには、そのことは言ったのかい?」

「いえ……」

「私たちは、ある意味で似たもの同士なのかもしれないね」

 ヨーゼフは笑いながらそう言った。

「ところで、あの騒ぎが起きてから、今までどこにいたんですか?」

「私は、君たちが言うところの『山賊』たちのところで世話になっていた」

「山賊の……?」

「君のような若者はまだ知らないだろうが、山賊のほとんどは元ゾンヌ村の人間だ。村から追い出されたり、村にいられなくなった人間が、山賊となった。だが山賊たちは村を追い出されてもなお、村の守り手として彼らに協力してきた。この関係は、古くから続いていたようだ」

「村を追い出されたってことは、村に恨みを持つ人間ばかりいるということでは? どうしてそんな人たちが協力を?」

「うむ、村を追い出されたと言っても、彼らの事情は色々だからな。村に多少恨みを持っていても、故郷への想いを捨てきれない者たちが多いようだ。それで村を離れられず、村の周りに住み着いたものが、山賊となったのだろう。それから、山賊は私のような訳ありの人間に対する受け皿のような役目も果たすようになった。とまあこのように、山賊は村にとって何かと都合のいい存在であったから、村の方も彼らの要求は出来るだけ呑むようにしてきたんだ」

「あの……あの時からずっと山賊として暮らしてきたってことは、ヨーゼフさんは山賊の内部事情に詳しいんじゃないですか?」

「ああ、これだけ長いこと関わっていれば、それなりに詳しくなっているだろうな」

「今の山賊の状況を教えていただけませんか?」

「むぅ、しかしそれは……」

「ヨーゼフさんならご存知ですよね? 山賊の頭目の弟が殺された事件を」

「ああ、知っている。一瞬で斬り殺されたそうだな」

「エリサは……この事件を独自の方法で収めようと動いています」

「エリサが? それに、独自の方法というのは……?」

「エリサは、この事件で、これ以上誰も死んでほしくないそうです。だから、山賊たちにいいなりの村人たちに任せられないと言って、自分の手で解決しようとしています。俺は彼女に協力することにしました」

「そうか。あの時から変わっていないようだな、あの子は。」

「むしろ、あの時以上かもしれません」

「どういう意味だ?」

「さっきも言いましたが、彼女は、あなたがいなくなった時のことを、今でも悔やんでいます。だから、こんなことをやり出したのかもしれません。今の彼女は、あまりにも必死で、俺は少し怖いんです。本人は大丈夫だって言ってますけど、俺はあいつがそのうち、自分を犠牲にしてでもみんなを助けようとするんじゃないかって……俺はあいつにそんなことさせないように、事件解決の手がかりを少しでも多く集めたいんです。どうか、協力していただけませんか?」

「そういうことなら、分かった。私の知っていることは全て話そう」

「ありがとうございます」

「そうだな……確かに、今の山賊たちの混乱の発端は、あの殺人事件だが、私が思うに、山賊たちの様子はその前からおかしくなり始めていた。ゾンヌ村に対して、礼を欠く、傲慢な態度が増えていたんだ」

「その原因に心当たりは?」

「やはり、あの噂だろうな」

「あの噂?」

「キルシュ団が壊滅したという噂だ」

「え!?」

「つい最近、キルシュ団の本拠地が大軍勢に攻められたんだ。だが、その噂が届いた時点では、世界最強の傭兵団がそう簡単にやられるわけないとほとんどの者が思っていた」

「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてそこでキルシュ団の名前が出てくるんですか?」

「この村はキルシュ団の影響を受けているんだ。この村はキルシュ団の本拠地の目と鼻の先に位置している。別にこの村はキルシュ団が統治しているわけではないが、彼らの側で騒ぎを起こせば、彼らが黙っていない。この村が長いこと争いと無縁だったのは、ここがある種の緩衝地帯となっていったからだ。そしてそれは、村人と山賊の間でも同じことが言えた。村人と山賊の不思議な協力関係には、キルシュ団の存在が少なからず関与していた。……私は、あの噂が山賊たちの心に妙な野心を植え付けてしまったのではないかと考えている。そして、その後に入ってきた情報が彼らをますます増長させた」

「その情報というのは?」

「今から6日ほど前、キルシュ団の本拠地のはずれで、赤いケープを身につけた、二人の兵士の死体が目撃されたそうだ」

「アベントロート!?」

 今から6日前というと、リーフが山賊を斬り倒した日の3日前にあたる。

「ほう、知っていたか。なら、これがどれだけ衝撃的なことかわかるだろう。世界最強の傭兵が、一度の戦いで、少なくとも二人、命を落とした。しかもこの情報は複数の者から得られたもので、信憑性があった。これのせいで、最初の噂を信じるものが現れ始めたんだ」

「キルシュ団は、本当に壊滅したのでしょうか?」

「私は、そんなことは決してないと思っている。彼らの世界最強の名は紛れもなく本物だ。多少の被害を出したとしても、たった一度の戦いで瓦解するような彼らではない」

「随分彼らの力を信用しているんですね」

「まあな。山賊とキルシュ団は消極的ながらも昔から交流があった。彼らの力も少しは分かっているつもりだ……ただ厄介なことに、こちらの頭目は例の噂を信じきっているようだ。最近の彼の言動にはもう目も当てられない。このままでは彼は近いうちにこの村の乗っ取りを図る。私はそう確信している」

「そこまで状況は悪いのですか?」

「ああ、私は面倒を避けてこれまで傍観していたが、流石に何か手を打たねばと思い、意を決して久々にこの村を訪れた。しかし何の策も浮かばずに彷徨っていたところを、君に見つかってしまったというわけさ」

「そうだったんですね……」

 予想以上に事態が切迫していることを知り、ハンスはめまいを覚えるほどであったが、ここまでヨーゼフの話を聞いて、一つの光明を見出したような気がした。

「ヨーゼフさん、こうするのはどうでしょうか?」

「何だね?」

「キルシュ団に助けを求めるんです。あなたの見立てでは、キルシュ団は崩壊していないんですよね? 彼らを呼んで、その威光を示してやれば、山賊たちはおとなしくなるはずです」

「確かに、悪くない考えだが、どうやってキルシュ団を呼び込むつもりだ? 彼らは本拠地を襲われたばかりだ。きっと今は復興作業で手がいっぱいのはずだ。村の協力を得られたとしても、それは難しいと思うが」

「……ここから話すことは、俺とエリサしか知らない内容です。山賊たちにも、村の人たちにも、他言無用でお願いします。破ったら、エリサにあなたの事を言いつけます」

「想像もしたくない事態だな。了解した。話してくれ」

「俺たちは頭目の弟を殺した犯人の正体を知っています。そして今、彼をとある場所で匿っています」

「何だって!?」

「俺たちは北の森で、たまたま死にかけている彼を発見しました。それを見たエリサは、彼を助ける事を決めました」

「何と言うことを……」

「始めは俺もどうかと思いましたが、今は彼女に賛成しています。彼は事件の時、とても混乱していて、それがあの事件を起こした原因の一つだったようですが、彼はまだ狂い切ってはいません。今は状態が安定しているように見えます。……そしてここからが一番重要なのですが、彼は、キルシュ団の傭兵、それもアベントロートです」

 ヨーゼフは目を見開いた。ハンスは話を続けた。

「彼はキルシュ団にとって貴重な戦力です。彼の事をキルシュ団に伝えれば、彼らは必ずやってきます。信じてもらえないのなら、証拠として彼の持ち物を見せてやればいい。俺とエリサは村から離れられませんが、ヨーゼフさんならそれができるはずです。どうか、お願いできませんか?」

「……彼の名前は?」

「リーフです。俺とエリサより少し年上……だったはず」

「それほどの若さでアベントロートになるとはな。余程の修羅場を耐えてきたのだろう。だが、彼を助けたいのであれば、それはやめたほうがいい」

「え……なぜです?」

「キルシュ団には2つの掟がある。そのうちの一つに『常にその身を投げ打つべし』という物がある。これは訓練にも任務にも全力で当たれという意味があるのだが、もう一つ、敵前逃亡は許さないと言う意味があるんだ。戦場からの逃亡は、全ての軍団で重罪に定められている。無論キルシュ団も例外ではない。彼らは、敵前逃亡を、戦場で戦う全ての仲間に対する裏切り行為としている。……状況から察するに、そのリーフ君は先の戦いから逃げ出してきたのだろう。もし彼をキルシュ団に引き渡せば、彼はまず間違いなく処刑される。それは、君も、エリサも、望まない事なのではないか?」

「そんな……。考えが浅かったです」

「いや、そんなことはない。今のこの事態を収められるのはキルシュ団しかいないと私も思う」

「でも、リーフのことを明かさずに彼らを呼ぶにはどうしたら……」

「……山賊の中に、キルシュ団と親しい者がいる。彼ならば、キルシュ団を呼ぶことができるかもしれない」

「そんな人がいるんですか?」

「ああ、キルシュ団は彼にかりがあるようでね。私は彼と仲がいいから、私が頼めば協力してくれるはずだ。もしそれが上手くいかなくても、すでにいくつか他の案が私の中で浮かんできている。だから、安心してくれ。 私が必ず、キルシュ団を呼び寄せて見せよう」

「あ、ありがとうございます! どうかお願いします!」


 ハンスがヨーゼフと話し合っていた頃、村の広場では人だかりが出来つつあった。その様子に気づいたエリサは母親にそのことを尋ねた。

「母さん、あれ何?」

「さっきね、宿屋に旅芸人の二人組が宣伝に来たのよ。これから広場で何か見せてくれるみたい」

「へぇ、こんな時に。……ちょっと見に行っていい?」

「あ、ちょっと待って。私も見たいと思ってたから」

 二人が広場へ行くと、もう出し物が始まっているようだった。旅芸人の男が、椅子の上で逆立ちになって、足で弓矢を引いていた。弓矢の先には若い男が立っており、頭の上にリンゴを乗せていた。男が矢を放つと、それは鋭く飛んでいき、見事頭の上のリンゴを貫いた。若い男がそれを観客へ放り投げると、歓声が沸き起こった。その後も、男は若い男に巻き付くように右へ左へとくるくる回ったり、片手で頭の上に逆立ちしたりと、驚くような手際を見せ、出し物は大盛況の様子だった。エリサの母親もそれに見入っていた。

「すごいわね。もしかしたら、有名な人たちなのかしら。ミラーさんとレヒルさんって名乗ってたけど」

「レヒル……!?」

 それはリーフの話で出てきた名前だった。一方その頃、リーフも外の騒ぎに釣られて物陰から旅芸人たちの様子を見ていた。

「あいつらは……!」

 旅芸人の二人を見たリーフは、そのまま彼らの様子を探ることにした。旅芸人たちはしばらく観客たちと握手をしたり、会話を交わしたりした後、広場の隅へ移動し、二人きりで会話を始めた。リーフは耳を澄ませた。

「聞いたか、ミラー。この村で殺人があったそうだ」

「はい、目にも留まらぬ一撃だったとか。きっとリーフさんです! やっぱりあの人は生きてたんだ!」

「俺もそう思う。だが、もうだいぶ前に森へ逃げたそうだ。森のあいつは素早いからなぁ。これからどうしたもんか……」

「あの〜」

 その時、リーフの耳に、聞き馴染み深い女性の声が聞こえてきた。エリサだった。レヒルとミラーは一瞬警戒の表情を浮かばせた。

(エリサ? 一体何を……)

「あなたたち、キルシュ団の方ですよね?」

「え……何で」

 レヒルはミラーを押し除けてエリサに挨拶した。

「こんにちは、お嬢さん。俺たちの出し物を見てくれたのかな?」

「うん、すごかったです。母さんも、大喜びでした」

「それはよかった。でも、キルシュ団ってあの傭兵のことだろ? どうしてそんな勘違いをしたか知らないが、俺たちは見ての通りしがない旅芸人さ」

「でも、剣を持ってますよね?」

 エリサは二人の腰に携えてあった剣を指差した。

「ああ、これね。これは護身用だよ。二人だけで旅してると、道中何かと物騒なこともあるんでね。出し物にも使えるから、重宝している」

「あと、あなた、レヒルさんって言うんですよね」

「ああ、そうだけど?」

「私……あなたに憧れていたんです!」

 エリサは早口で話し始めた。

「行商人さんからあなたの噂を聞きました。過酷な戦場に身を置きながら、常に周りの人への気配りを忘れない優しい人で、それでいてとっても強くて、かっこいい人だって! あなたの容姿と、あの素晴らしい技を見た時から、もしやと思ってました。そうですよね! あなたがあのレヒルさんですよね!」

 その言葉に対し、レヒルは前髪をかきあげてこう言った

「うーん、バレてしまったようだね……」

「ちょっとレヒルさん!?」

「悪い、ミラー。こんな嬢ちゃんにここまで言われたら、もう嘘はつけねえや。……君の言う通りだ。俺はキルシュ団のレヒル。よろしく」

「私、感激です。握手してください!」

 エリサは握手をすると、黄色い声を上げながら飛び跳ねた。

(エリサ……なかなかやるな)

 リーフは彼女の演技に感心していた。

「しっかし、俺の名がここまで広まっているのは想定外だった。それで、俺たちに何の用かな? まさか握手したかっただけってことはないんだろ?」

「どうして身分を隠してこんなところに来たんですか? 私それが気になって……あ、もちろんご迷惑をかけるつもりはありません。私だけの秘密にしますので……」

「流石にそれは……」

 ミラーが渋い顔を見せたが、レヒルはそれを遮ってこう言った。

「分かった。話してやるよ」

「いいんですか?」

「これまでの事を少し整理したいと思ってたからな。ちょうどいい機会じゃないか? それに賢そうなお嬢さんだ。妙なことは起こさないだろうさ。……それで君、名前は?」

「エリサです」

「エリサちゃん、少し長い話になると思うけどいいかい?」

「はい」

 これはきっと、リーフの今につながる記憶の手掛かりになる。そう思ったエリサとリーフは、レヒルたちの話に集中した。

「先日、俺たちの本拠地が大軍勢に襲われた。激しい雷雨の日だった。何でそんなことになったのかはいまだによく分かっていない。キルシュ団の弱体化を狙う連中の仕業という予想はできたが、それにしても規模が大きすぎた。……今思えば、あの戦は色々とおかしかった。未知の兵器を見たという情報も入ってきていた。……まあ、いくら大軍勢とはいえ、俺たちの敵ではなかったがね。本拠地は天然の要害で、敵の動きは事前に察知できていた。それに、ギンのおかげで、敵の裏をかくこともできた」

「ギン?」

エリサが尋ねた。

「ああ、うちのリーフってやつが飼っていた犬のことで、そいつは敵の鎧の違いを嗅ぎ分けることができたんだ。それに、森の中にはそいつしか知らない通り道があった。それで俺たちは、ギンを使って、敵の総大将に奇襲をかける作戦を立てた。結果的に作戦は成功したよ。敵は混乱して、簡単に崩すことができた。内部の施設をだいぶ荒らされてしまったが、主だった被害はその程度だった」

「でも……」

 今度はミラーが話し始めた。

「そのリーフさんと、フリッツさんが帰ってこなかったんです。あとで彼らの部隊員に話を聞きましたが、リーフさんとフリッツさんの部隊は、もう大勢が決していたにもかかわらず、執拗な追撃を受けたそうです。それで、散り散りになってしまったと。その二人はアベントロートといってキルシュ団の中でも指折りの傭兵だったので、これにはみんなかなりの衝撃を受けました。事態が少し落ち着いたら、自分たちは彼らがいたと思われる地点を捜索しました。そして、崖下の河原で、フリッツさんと、ギンの死体が発見されたんです」

「え!?」

 エリサは、慌てて自分の口を手で塞いだ。レヒルが続きを話し始めた。

「上層部は、リーフとフリッツが争ったのだと考えている。実際、死体が発見された崖上の森は、凄まじいほどに荒らされていたそうだ」

「でも、でもそんなのあり得ません! あの人たちほど団に尽くしていた方を自分が知りません」

 ミラーが言った。

「俺もまだ信じられねぇよ。リーフとフリッツは入団したばかりの頃から仲が良かった」

「……まあ、そんなわけで、まだキルシュ団は本拠地の復興に忙しかったのですが、自分はこっそりそこを抜け出して、まだ見つかってないリーフさんを探しに行こうとしたんです。でも、なぜかレヒルさんにそれを勘づかれまして……」

「お前は隠し事がすぐに顔に出るんだよ。だが、俺もリーフのことが気になってしょうがなかったからな。一緒に行くことにしたんだ」

「そのリーフ、さんは、どんな方だったんですか?」

 エリサが尋ねた。

「リーフさんは、自分が入団した時にはすでにアベントロートでした。そして、自分はよくリーフさんの訓練を受けたんです。リーフさんの訓練はかなり厳しくて、自分は何度も死ぬような思いをしました。いや、自分が忘れているだけで、自分は何度か死んでいたかもしれません。でも、戦場でのリーフさんは、自分たちを守るために、常に部隊の先頭で戦ってました。ある時、自分は横から来る敵に気づかなくて、やられそうになったんです。それを見たリーフさんは、自分に迫る敵を斬り倒してくれました。

 ……でもその時、無理に周りの敵を押し除けたせいで、リーフさんは背中に傷を負ってしまいました。本人は平気そうに振る舞っていましたが、戦いが終わった後に見ると、かなり血を流してしまっていたようでした。本拠地に帰還してから、自分がそのことを謝ると、『謝るより励め。そして死ぬな』と言っていただきました。その言葉のおかげで、自分は、どんな時も諦めず、生きてこれた気がします」

「あいつはいつも無茶してたな」

 レヒルが語り始めた。

「俺とあいつの初めての出会いは、あいつの入団試験だったな。あの時はなんか犬連れたちびっ子ってくらいの印象だったが、あいつが入団した後は驚かされたよ。よく狩りをしていたと言っていたが、あいつの身体能力は新人の中ではずば抜けていた。俺は、思わぬ宝物を見つけたような気分になって、興奮したもんだ。よく訓練もしてやったし、あいつの初陣の時も着いて行ってやった」

「訓練ってもしかして『矢を避ける訓練』ですか? レヒルさんが弓矢で新人たちをいじめる」

「いやいや、あれもちゃんとした訓練だって。矢って意外と遅いんだぞ? 決して無茶な内容じゃない。……ああ、でも懐かしいな。あの訓練の後、リーフが腕に噛み付いてきたっけ。俺はあいつのああいうやんちゃなところも好きだった。でも団長は、あいつを傭兵にするの、始めは反対したんだよな」

「え、それ初耳です。どうして団長が?」

 ミラーが尋ねた。

「以前、団長と親しい人が、キルシュ団から逃げ出したことがあったんだ。団長はリーフに、その人の面影を見出したらしい。でも、リーフはその後、期待以上の働きを見せてくれたから、団長は彼を受け入れたみたいだ。……でももしかしたらあの時団長は、こうなることを予見していたのかもしれない」

「それは、どういう意味ですか?」

「この村に来て大体見えてきた。リーフは、あの戦いの後、逃げ出して、そしてこの村で勝手に人を斬りやがった。どんな事情があったにしろ、あいつはもうキルシュ団に戻れない。戻ったとしても、処刑されるだけだ」

「そんな……何とかならないんですか? あの人は今までずっと、キルシュ団のために戦ってきたのに!」

「俺たちにできることは、もう捜索を諦めることぐらいだ。あいつが見つからなければ、少なくとも処刑は免れられる。……もうこの村にいる必要はなさそうだな。今すぐ本拠地に戻るぞ、ミラー」

「……はい」

「というわけだ、エリサちゃん。気が滅入るような話で悪いねぇ」

「いえ、話してくれて、ありがとうございます。よかったら、また村に来てください。私、皆さんの話、もっと聞きたいです」

「そうか。ありがとう。それじゃあな」

 レヒルとミラーは、村を去っていった。

 エリサが自宅へ戻る道中で、ハンスがやって来た。ハンスはエリサに、ヨーゼフと話し合ったことを伝えた——ヨーゼフの名前は伏せて伝えた。

「その人、信用できるの?」

「うん、本気でこの村のことを憂えているようだった。信用していいと思う」

「だとしたら……でかした!」

 エリサがハンスの肩を叩くと、彼は照れるように頭を掻いた。

「あ、でもキルシュ団の人呼んで大丈夫かな?」

「あの人はリーフのことは隠すって言ってくれたけど?」

「実はさっき、キルシュ団の人たちがこの村に来てて……」

「え!?」

 エリサは、レヒルとミラーから聴いたことを話した。

「リーフが、フリッツと争った?」

「うん、それで、真相を知りたいし、リーフにこの事を伝えようと思ったんだけど……なんだか嫌な予感がして。私、どうすればいいと思う?」

「俺も怖いけど、でも、真相を知ることで何か変わるかもしれない。だから、伝えるべきだと思う。俺も付き合うよ」

「うん、そうだね。ありがとう」

 エリサは自宅の屋根裏に向かった。ハンスも抜け穴を通って屋根裏までやってきた。二人は屋根裏への蓋を開けると、リーフはすでに戻って来ていた。しかし様子がおかしく、両手で剣を握りしめていた。

「エリサ、ハンス……」

 いつもより声に力がこもっていなかった。

「思い出したよ、全部」

「……え」

「あの戦いでの俺たちの役目は、別働隊として敵の総大将に奇襲をかけることだった。その作戦を提案したのは俺だ。俺は今まで戦いに赴く時はギンを本拠地に置いていたが、この戦いではそうするわけにはいかなかった。だから俺は、いっそのことギンの力を借りようと思って、この作戦を考えた。

 ……作戦は上手く行った。俺たちは敵の総大将を討ち取り、本隊まで退却しようとした。だけど、敵の追撃が予想以上に激しくて、気づけば周りにはフリッツと、ギンしかいなかった」



「何とか敵は撒いたみたいだな。でもフリッツ、この辺りは足場が悪いから、滑り落ちないように気をつけて」

 リーフとギンが先頭を走って、フリッツを導いていた。すると突然、ギンが後ろを振り返って吠えた。それと同時にリーフも振り返ると、なんとフリッツが斬りかかって来ていた。リーフはすんでのところで刃を躱し、剣を構えた。

「フリッツ? 何のつもり?」

 リーフにはまるで状況が飲み込めなかった。

「チッ、犬が。余計な事を」

 フリッツはそう言うと、今度足も動かさず、高速で地面を滑るようにリーフに迫ってきた。不意をつかれたリーフは、剣でフリッツの一撃を受けたがその衝撃で体が一馬身ほど退いた。こんな力は、彼との訓練中の手合わせで感じたことが無かった。

「剣が丈夫で助かったな」

 リーフはフリッツから嫌な気配を感じた。

「ギン、先に行け、早く!」

 ギンはその言葉に少し躊躇したが、リーフが怒鳴りつけると走り去っていった。

「……気が触れたか、フリッツ?」

 フリッツはリーフの呼びかけに答えず、また襲いかかってきた。リーフは逃げに徹してフリッツの攻撃を凌ぎ、本隊からの助けが来るまで耐えることにした。しかし、フリッツの攻めはこの世のものとは思えない凄まじさだった。彼が剣を横にふれば大木が倒れ、振り下ろせば地面が割れた。

「フリッツ、君に一体、何があったんだ……?」

「ふん、理由がなければ戦えない、か。このままちょこまかと逃げ回られるのも面倒だ。要望どうり、『お前が俺と戦う理由』を教えてやるよ。……この本拠地に軍勢を呼び込んだのは俺だ」

「は? そんなことできるはずが……」

「俺にはできるんだよ。 お前の部隊に、敵が執拗に攻撃してくるの、変だと思わなかったのか? 俺がそう仕組んだんだよ」

「そんな説明で、納得できると思うか?」

「それなら、これはどうだ……お前の両親、茶髪の女と銀髪の男だろ?」

「な、なぜそれを?」

「あいつらは俺が殺した。事故に見せかけるために、こうやって大木を斬って、家ごと潰してなあ!」

 フリッツはリーフの目の前で大木を斬ってみせた。大木はリーフの脇に、勢いよく倒れた。その時リーフは、両親と過ごした日々の光景を思い出した。そして、家が潰れ、両親が下敷きになった時の光景も思い出すと、リーフの胸の奥から、怒りの念が、沸々と湧き上がってきた。そして、眼前に立つ全ての元凶を睨みつけた。

「フリッツ……お前を斬る!」

「フッ、やっとやる気になったか」

 リーフが飛びかかり、二人はぶつかり合った。しかし、元々凌ぐので精一杯だったリーフがフリッツに敵うはずがなかった。リーフは次第に追い詰められ、ついにフリッツの重い一振りで体勢を崩された。

 そして無防備な体に剣を突き立てられそうになったその時、白い影が唸り声と共にフリッツの首へ飛びついた。ギンだった。ギンが人に襲いかかるのを見るのは、リーフにとっても、これが初めてだった。

 思わぬ伏兵にフリッツは驚いた様子だったが、彼はすぐにギンを体から引き剥がし、剣で突き刺した。白い毛皮がみるみる赤色に染まっていき、ギンは倒れた。

「フリッツ、貴様!」



「……俺はそれから狂ったように戦って、最後にはフリッツの胸を突き刺した。そしてその勢いのまま、崖を転がり落ちていった。これが俺の知る全てだ」

「フリッツは一体何者だったの……?」

「あいつの素性なんてどうでもいい。あいつはもうこの世にいない。ただ確かなのは、俺がずっと守り続けてきた、仲間も、信頼も、所詮ただの幻想だったってことだよ。もうキルシュ団にも戻れない」

「リーフ、まさかレヒルの話を……? でも、何とか許してもらえないのかな? あれは全部フリッツのせいなんでしょ?」

「フリッツから手を出したなんて証拠がどこにある? 挙げ句の果てに、俺は頭がイカれてあの場を逃げ出した。もうめちゃくちゃだ。こんな意味わからないことで、全部ぶち壊された」

「あの、それで、リーフはこれからどうしたい……?」

「……もうここから出てってくれないか」

「で、でも、もしよかったら……」

「出てってくれ」

 リーフは剣を握ってエリサとハンスを睨みつけた。二人はもう、何も言い返すことができず、そのまま、屋根裏を後にした。

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