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1. 掟

「俺の話を聞きたい?」

 リーフはその言葉を訝しんでいるようだった。

「……まずその前に一つ聞きたい。なぜ俺を助けた?」

 リーフの右手にはいまだに剣が握られていた。エリサは彼が大男を切り倒した時の事を思い出した。

(彼がその気になれば、きっと私たちは一瞬で殺される)

 ハンスはエリサの横に立ち、様子を窺っていた。エリサはなるべくリーフを警戒させないために、自然に話すように努めた。

「なぜって……君が助けを求めてたからよ」

「君は俺のことを知っているのか?」

 この時エリサはリーフが昨日と同じ質問をしていることに気づいた。

「いいえ、ほぼ初対面」

「なら、俺の話なんか聞いてどうする?」

「私、行商人さんとか、村の外から来た人の話聴くのが好きなの」

「……物好きだな」

 そう言うとリーフの表情がわずかに和らいだ気がして、エリサとハンスは思わずホッとした。

「それが助けてくれた礼になるなら、考えてやらんでも無い。……どんな話を聞きたい?」

 リーフがそう言うと、エリサは少し悩んだ後に質問した。

「昨日の夜の君は何があったの? 叫んでたりしてたみたいだけど」

「ああ、あの時か……妙に聞こえるかもしれないが、俺はあの時記憶を失っていたんだ」

「記憶を?」

「自分が誰なのかすら分からなくなっていた。だが、人が剣を持った男に襲われそうになっているのを見た時、言葉が聞こえてきたんだ。『敵は悉く斬るべし』って」

(聞こえてきたっていうか、自分で呟いてたよね?)

「それは……君にとって特別な格言か何か?」

 ハンスが尋ねた。

「俺が所属している組織の掟だ。『敵は悉く斬るべし』もし一人でも逃せば、それは必ず後の脅威となる。情けは無用」

 エリサはそれを聴いて唾を飲み込んだ。

「君は一体何者?」

 ハンスが再び尋ねた。

「俺は……」

 リーフは一瞬ためらうように顔を顰めたが、すぐに答えた。

「俺はキルシュ団の傭兵だ」

「傭兵? キルシュ団?」

 エリサはハンスに説明を求めるように目を向けた。

「『傭兵』はお金をもらう目的で雇い主のために戦う人たちのことだったと思う。キルシュ団は……よく分からないけど」

「キルシュ団は傭兵の一団だ。戦争に参加するだけでなく、契約した都市の治安維持に当たることもあった」

 軽くそう説明して、リーフは話を戻した。

「で、奴を斬ったら、いろんな光景が流れてきて、頭が痛くなった。……気づいたらここにいて、俺は自分のことを思い出せるようになっていた」

「そんなことが……」

 これで昨日のリーフの行動が、エリサにはだいたいわかったような気がした。

「……なぁ」

 今度はリーフが切り出した。

「俺はお前らの聴きたい事を話せるとは思えないのだが」

「そんな事ないよ。気にせずどんどん話して」

 今はとにかく話を聴くことが重要だとエリサは考えていた。

「ふむ、なら次は何を話そうか」

「じゃあ……君はどうして傭兵になったの?」

 エリサが尋ねた。

「うーん……すまない。実はまだ記憶が混濁しているところがあるんだ。少し整理させてくれ。どこから話すべきか……」

 リーフはそう言うと、しばらく唸りながら片手で頭をさすった。エリサたちは静かにリーフの言葉を待った。

「そうだな……俺はこことは別の場所で生まれた。かなり遠く離れたところだと思う。だが、俺の人生は控えめに言っても災難ばかりだった。事故や災害で、俺は大切な故郷を二度失った。最初の事故で俺の両親は死んだ」

 リーフがそう言うと、エリサは思わず両手で口を押さえた。

「ごめん、私、そんなこと思い出させるつもりじゃ……」

「もう大昔のことだ、俺は一向に構わん。……続きを聞きたいか?」

 エリサは戸惑いつつゆっくり頷いた。

「そうして放浪の末、俺はワーゼル市に辿り着いた。お前らもこの街の名前は聞いたことあるんじゃないか?」

「ああ、行商人さんから聞いたことあるかも」

「そこでもまあ色々あったんだが……結局、そこでの暮らしはうまくいきそうになかったんだ。そんな時、俺はキルシュ団の団員募集の噂を聞いた」



 6年前、ワーゼル市近郊。家屋から離れたこの野原に、100人ほどの群衆が集まっていた。その中にはリーフも混じっていた。大勢の人間に囲まれて、落ち着かない様子だった。

「おい、そこの坊主」

 突然の声に驚きつつ、リーフは振り返った。そこには金髪の青年がいた。

「こんなところで何してる? 迷子か? お家ならあっちだぞ」

 青年は街の方を指差して言った。

「迷子なんかじゃないよ」

 リーフは首を横に振った。

「じゃあ物乞いか? だったら場所が悪いと思うぞ」

 青年は両手を広げて言った。周りの人間は、やせ細り、見窄らしい身なりをしたものばかりだった。

「ちがうってば」

 リーフはさらに首を振ってこう続けた。

「俺も“しけん”を受けに来たんだよ」

 青年の顔が一瞬曇った。

「……お前いくつだ?」

 リーフは指折り数えてからこう答えた。

「14歳」

 これを聞くと青年は前のめりでリーフの顔や背格好をジロジロ観察した。それから、額に手を置いて、空を仰ぎながらこう言い始めた。

「傭兵団の入団試験に、年齢を偽って挑戦するとは、泣ける話だねぇ」

「だ〜か〜ら! 俺は14歳! もう大人と変わらない!」

 リーフは顔を赤くさせてながら言った。

「嘘つけ。お前みたいなチビが14歳な訳……ん?」

 青年が捲し立てていると、リーフの背後から白い塊が現れ、二人の間に割り込んだ。大型の犬だった。犬は、その場に座り込むと、青年をただじっと見つめ始めた。黒い瞳がクリクリしていた。

「何だこの犬?」

 青年は犬の行動に困惑している様子だった。

「俺の犬だよ。ギンって言うんだ。これはね、『ケンカはやめて』って言ってるんだ。口喧嘩になるといつもこうするんだよ」

「あ、そう……お前、こんなところにいるくらいだし、食べるのも苦労してるんだろ? こんな犬を連れて、よく今まで生きてこれたな」

「いや、むしろ……こいつがいてくれたから今まで生き残れたんだと思う」

 リーフはギンの首を撫でながら答えた。青年は興がそがれたのか、それ以上リーフを弄って来なかった。

「あ、ちなみに俺の名前はリーフ。お前は?」

 リーフが青年に尋ねた。

「ガキに名乗る名はないね」

「ぐ〜、ガキだのチビだの……」

 文句を言おうとしたその時、リーフは周囲の音が止んでいることに気づいた。群衆が動きを止めて、皆ある一定の方向を向いていた。リーフは彼らにつられて向こうへ目を向けた。そこには、剣を持った男たちが10人ほど並んでいた。その中の一人だけ赤いケープを纏っていた。周囲が静まり返ると、その赤いケープの男が群衆へ向けて声を上げた。

「純然たる野郎ども諸君! 我がキルシュ団のためにこの場に集ってくれた事、とても嬉しく思う。俺はレヒル。今回の入団試験を取り仕切る者だ。我が団にその身を捧げることを選んでくれた諸君の真心に対し、このような試練を課すことは、俺個人としては大変心苦しい。しかし! 戦場は過酷だ。非力なものがその場に立てば、その弱さにつけこまれ、部隊の全員が危険に晒される。これはそんな悲劇を避けるための試験だ。どうか理解していただきたい」

 リーフは、彼の堂々たる振る舞いと、燃えるように赤いケープに心を奪われていた。

「こっちは色々大変だってのに、楽しそうに演説しやがって……気に入らねえ」

 金髪の青年はそう言って唾を吐いた。レヒルは話を続けた。

「挨拶はこれくらいにして、そろそろ試験の内容を説明しよう。やることは至って簡単だ。これから諸君にはここから2つ山を越えた所にある我々の野営地に徒歩で向かってもらう。その地点に到達できたら合格だ。ただし……」

 レヒルは近くに止めてあった幌馬車を指差した。その中には袋がぎっしり詰まっていた。

「……この試験ではあの砂袋を持って行ってもらうぞ! なかなか重いと思うが、途中で捨てたら即刻失格だ。それから、目標地点までは我々の先導に従ってもらう。近道をしようとしたり、我々に着いて行けないと判断されたりした者も失格とさせてもらう。くれぐれも気をつけるように」

 レヒルはそう言って周囲を睨みつけた。失格という言葉にリーフは緊張を感じた。

「説明は以上だ。すぐに試験を始めるからさっさと砂袋を持って準備しろ!」

 レヒルがそう言うと、受験者たちはキルシュ団員の監視の中、袋を受け取り始めた。リーフもそれに続こうとした。

「おい、少年」

 不意に声をかけられ、リーフは危うく躓きかけた。声の主はあのレヒルだった。

「わ! え? 何?」

 リーフは慌てて振り返った。

「その犬は……君が飼っているのかい?」

 レヒルはギンを指差した。

「う、うん。置いておくところがないから、一緒に来たんだけど……あ、もちろん試験は俺一人の力で頑張るよ! こいつは砂袋なんて運べないし……」

 ギンはレヒルをじっと見つめた。

「可愛いやつだな。それによく躾けられているみたいだ。こんな犬なら、俺は歓迎するぞ。試験、頑張れよ!」

「あ、うん! ありがとう!」

 レヒルは手を振って去っていった。

(応援してくれた……!)

 リーフは嬉しさで興奮気味に砂袋の受け取り場所へ駆けて行った。

(単純だねぇ)

 様子を見ていた金髪の青年はため息をついた。

 リーフが砂袋を受け取ると、それはとても重く感じた。歩くたびにズシリとした感覚が足首に伝わり、まるで体が石になってしまったようだった。周りを見ると、今にもその砂袋の重みで崩れ伏しそうになっている受験者がちらほら見られた。まだ試験も始まっていないのに、細い体をプルプル震わせいて、何だか見るに堪えなかった。

 全員が砂袋を受け取ると、宣言通り試験が開始された。キルシュ団の先導で、山道を登っていった。リーフは呼吸を整えながらそれに続いた。

 始まってから数分も経たないうちに、受験者集団に変化が見られた。約半数がみるみるうちに先頭から離され、リーフの横へ、そして後ろへと下がっていった。

「あ……」

 リーフが後ろへ目をやると、息を切らせながら砂袋を地面につけている者、気を失ったように倒れているものが見られた。キルシュ団員が彼らの方へ向かう姿も見えた。彼らは不合格となるだろう。たとえ目の前の人間がどれだけ助けを求めていても、自分が無力であるが故にどうすることもできない。ワーゼル市に来てから、リーフはそんな経験を何度もしてきた。そして、そんな光景を目にする度に、彼は胸が締め付けられるような気持ちになるのだった。

「ごめん……」

 こうしているうちにも、集団はどんどん前へ進んでいった。リーフはまた前を向いて歩き始めた。

 リーフたちが進むごとに、次々と険しい道が現れた。上り坂では重い体を押し上げて、下り坂では体が転げ落ちないように支えなけらばならなかった。そして、整備されていない道は凹凸が激しく、思うように足に力が入らなかった。

「あぁ……」

 また一人、集団から離されていった。脱落者は後を絶たなかった。それでもリーフは歯を食いしばって前に進み続けた。

(俺が……俺が必ず……)

「おい坊主」

 前から聞き覚えのある声が聞こえて来た。あの金髪の青年だった。

「さっきからあーあーうーうーうるせえぞ」

「あ……ごめん」

「……お前は真っ先に脱落するものと思っていたんだがな」

 青年はまだ余裕がある様子だった。

「俺は狩りで何日も獲物を追いかけたこともあるからね。お前もだよな、ギン?」

 リーフは得意げに言った。ギンは尻尾を振って答えた。

「狩り?お前猟師だったのか?」

「りょーし? よくわかんないけど、村の人はみんなやってたよ」

「ほう?」

 青年もよくわかっていないようだったが、その時、後ろからか細い声が聞こえてきた。

「や、やめろ……俺はまだ……」

 リーフが後ろを見ると、なんとキルシュ団員が脱落者と思しき男を縛っていた。

「え……何あれ?」

 リーフは青年に話しかけた。

「後で回収するためだろうな」

「回収? どういうこと?」

「お前知らないのか?」

「“知らない”って?何のこと?」

 青年のこの反応で、リーフは何だか恐ろしくなった。

「面倒くせぇ。お前に教えてやる義理はねえよ」

「教えてよ、キンパツ!」

 リーフは青年に詰め寄った。

「勝手に名付けるな。……ったくしょうがねぇ。特別に教えてやるからそれ以上騒ぐな」

 そう言うと、青年は小声で話し始めた。

「この試験は何のために行われていると思う?」

「それは……仲間を集めるためでしょ?」

「仲間、ね……」

 その答えに青年は鼻で笑った。

「いいか、キルシュ団は“仲間”に困ってなんかいない。むしろ有り余っているくらいだろうさ」

「余るって……そんなことあるの?」

「キルシュ団ってのはな、世界最強で名高い歴史ある傭兵団なんだ」

「うん。それは俺も知ってる」

「例えばだ、『俺はあのキルシュ団の一員として戦ったことがある』って言う奴が現れたらお前はどう思う?」

「強そう……」

「まあ、そういうことだ。そんな自慢をしたいがために、キルシュ団に入りたがっている人間がこの世には大勢いる。実際、名家のお坊ちゃんが戦場の経験を積むためとかいう理由で直属の兵隊を連れて入団するなんてこともしばしばあるらしい。試験なんかしなくても、あいつらには自然と優秀な人材が集まってくるんだよ」

「じゃあ、この試験は一体……」

「犯罪の予防、だとさ」

「何それ?」

「キルシュ団は元々ワーゼル市の自警団として発足した組織だ。だから、ワーゼル市が物資を提供する代わりに、キルシュ団が街の安全を守るという関係が今も続いている。そこで今回も、あいつらは街のお掃除をすることにしたのさ」

「お掃除?」

「そう、街の浮浪者どもを全員追い出すっていうお掃除をな」

「どうしてそんなことを! その人たちは悪いことしたわけじゃ……」

「本当にそう言えるか? 俺がいうのも何だが、あいつらのやってることは理にかなっていると思うぜ。追い詰められた人間がやることなんて一つだろ」

 その言葉に、リーフは反論できなかった。彼にも思い当たることがあったからだ。

「ここまで言えばもうわかったか? この試験はエサなんだよ。浮浪者を集めて、まとめて追い出すためのな」

「え……」

 リーフは手の力が抜け、危うく砂袋を落としかけた。

「ああ、合格すれば入団できるって話は嘘じゃないと思うぞ。使えない人間は追い出して、使えるやつは団でこき使う、そういう仕組みだ……こんな試験が行われるのはこれが初めてのことじゃない。だからこのことはある程度知れ渡っているはずなんだが、それでもお前のような試験を受ける阿呆が後を絶たない。食事と寝床が提供されるって話に載せられるのか、それともキルシュ団の武勇伝に惹かれてのことなのか……」

「じゃあキンパツはなんで試験を受けたの?」

「ああ……下手打ってキルシュ団に捕まってな……何の腹いせか知らんが……無理矢理参加させられた」

 青年はばつが悪そうに話した。

「そう、だったのか……ありがとう、教えてくれて」

「……」

「不合格になって、追い出された人たちは、どうなっちゃうのかな……」

「そんなの考えるだけ無駄だ」

 青年はそっぽ向いて進み出した。リーフはそれ以上、何も言えなかった。この試験に落ちるのは、ろくに食べ物も食べられないような人たちだろう。そんな彼らが、体力も尽きた状態で街から追い出されれば……決して良い結末は迎えないだろう。

 リーフたちは、とうとう二つ目の山を抜けようとしていた。目的地まであと少しだった。集団の人数は20人程に減っていたが、リーフも、金髪の青年も、しっかり残っていた。

「……ん?」

 リーフは周りをキョロキョロしながらソワソワし始めた。

「おい、目障りだ。真っ直ぐ歩け」

 青年が窘めた。

「ねえ、なんか変だよ」

「変? 何がだ?」

「えっと……ギンも変だって思うよな!」

 ギンも耳を立ててキョロキョロしていた。

「ふむ……」

 青年は周囲を見回した。見えるのは森と草藪ばかりだった。

「いったい何が……」

「しっ!」

 青年は顔の前で人差し指を立てた。そして、小声でリーフに囁いた。

「ここから離れるぞ」

「え! でも試験は……」

「いいから着いて来い」

 二人は、道を外れ、森の茂みの中へ入っていった。

「ん? お前たちどこへ……」

 キルシュ団員が二人に気付くと同時に、突然森が騒ぎ始めた。全方位からの人の雄叫びで、森の木々が震えた。

「……! 全員構えろ!」

 レヒルの号令で、キルシュ団員が全員剣を抜くと、藪の中から剣を持った男たちが飛び出して来た。

「諸君、安心しろ! この真紅の衣にかけて俺が、って、うおー!?」

 団員の人数に比べて、相手が多すぎた。キルシュ団はあっという間に囲まれて、襲撃者たちは受験者たちも襲い始めた。皆殺しにするつもりのようだった。

「何なんだよこれ……」

「おいチビ! 振り返らずに走れ! あとその砂袋はさっさと捨てろ!」

 その時、傍から男が飛び出し、リーフへ向けて剣を振り下ろした。

「わーっ!」

 リーフは咄嗟に砂袋で剣を受け止め、勢いのままに男を押しのけた。しかしバランスを崩し、そのまま斜面を転がり落ちてしまった。

「いてて……」

 気が付くとリーフは穴の中にいた。穴の深さはリーフの身長5人分はあって、上の他に出口はなかった。リーフは自分の手足を動かしてみた。幸い、どこにも異常はなさそうだった。ギンも離れずに着いて来ていたようで、ちゃんと隣にいた。

「おい」

 あの青年の声だった。リーフが上を見上げると、彼が慎重に穴を降りて来た。

「こんなところまで転がっていたとはな。まあ、ここなら見つからずに済むだろう」

「俺を襲ったあいつは?」

「大丈夫だ。殴り飛ばしてきた」

「強いんだね」

 それに対して青年は何も返さなかった。

「これからどうする? このままだとみんな……」

 リーフが尋ねた。

「あいつらの事なんか知るかよ。今はこの辺りから人がいなくなるのを待つだけだ」

「そっか…」

 上からは金属のぶつかり合う音や、誰かの悲鳴が響いてきた。リーフは耳の周りを手で覆った。

「あいつら……一体何者なんだろう」

「さあな。キルシュ団に恨みのある連中なんだろうが、そんなやつはいくらでもいる。」

「そうなの?」

「前の試験で街を追い出されたやつら、とかな。人気者は大体そんなもんだ」

「ふうん……」

 リーフはギンを撫でた。

「ありがとう、助けてくれて」

 リーフのその言葉に、青年は大きなため息をついた。

「ああ、どういたしまして」

 青年は床に寝転がった。まだ騒ぎが収まる気配はなかった。

「なあ、お前はどうして試験を受けようと思ったんだ?」

「え?」

 リーフは、この青年がこんな質問をするのが意外に思えた。暇を持て余していたのだろうか。

「……俺にはお前が自慢話を作るためにキルシュ団に入ろうとしたとは思えない。かといって飯にありつくために仕方なく入ろうとしたにしては、何というか、妙にやる気があるように見えてな」

「俺が試験を受けた理由は……強くなりたいから」

 リーフは俯きながら答えた。

「はあ?」

 リーフは隣で寝転ぶギンに手を置くと、さらに話し始めた。

「この前、変な人たちが俺の住処に現れてさ、居場所も持ち物も、全部奪われそうになったんだ。そこにあったのはどれも、ものすごく頑張って手に入れてきたものばかりだったんだけどね。しかも、俺、そういうの初めてじゃなかった。大切な人や、大事な場所が、目の前で奪われていく。その度に、俺がちっぽけに感じて、ちっぽけな俺が憎かった。……でも、その時はキルシュ団が騒ぎを聞きつけて来てくれたんだ。俺が手も足も出なかった相手を簡単に取り押さえちゃってさ。かっこよかった。……それで、俺、思ったんだ。もう二度と大切なものを奪われたくないって。強くなって、みんな守れるようになりたいって」

「……お前傭兵向いてねえよ」

 話を聞き終わると、青年は呆れ顔で呟いた。

「かもね。俺弱いし」

 リーフは照れながら答えた。青年はため息をついてリーフに背中を向けた。

 そのまましばらく時が経つと、争いの音が徐々に弱まり、やがて聞こえなくなった。人の気配もほとんどしなくなった。

「終わったか?」

 そう言うと青年は斜面を登り、外の様子を見ようとした。

「うっ」

「おっ」

 青年と、別の男の声がリーフへ届いた。聞き覚えのある声だった。そして、上の穴から赤い光が差し込んだ。

「君たち! 無事だったのか!」

 レヒルがにこやかな笑みを見せて言った。

「レヒル!?」

 リーフとギンは青年に続いて穴を出た。

「俺、てっきりあいつらにやられたんじゃないかって……」

「俺はキルシュ団。それもアベントロートだからな」

 レヒルは赤いケープをヒラヒラさせて言った。

「他の団員も全員無事だ。だが……」

 リーフたちは元歩いていた道へ戻り、その光景を目にした。道が、真っ赤に染まっていた。

「受験者たちは守りきれなかった。人数を確認したが、おそらく、生き残りは君たちだけだろう」

 レヒルは淡々と話した。

 襲撃者たちと共に、見覚えのある姿のものたちが血を流しながら倒れ伏していた。

皆、苦悶の表情を湛えながら、息絶えていた。

「あともう少しで合格できたのに……許せない」

 その時、リーフの心の奥で、何かが燻り出していた。

「こんな状況で生き残れるとは驚いたよ。二人は合格だ」

 レヒルがリーフと青年に告げた。

「え、いいの?」

 リーフは驚きで怒りを忘れて目をぱちくりさせた。

「ああ、傭兵にとって『生き残る力』は極めて重要な資質だ。不測の事態ではあったが、君たちはそれを十分に示してくれた。犬を連れた少年、よければ名前を教えてくれないか?」

「う、うん。俺の名前は、リーフ」

「リーフか。キルシュ団へようこそ、リーフ。歓迎するぞ」

 この言葉を聞くとリーフは疲労や、安心や、喜びが一斉に沸き起こってきて、少し涙さえ出て来た。

「やれやれ。あくまで俺をこき使おうって言うんだな?」

 青年が頭を掻いて言った。

「君は合格するんじゃないかと思ってたよ、フリッツ。俺の目に狂いはなかったな」

 レヒルは金髪の青年を見て言った。

「え? 知り合い?」

 リーフが尋ねた。

「俺がこいつを捕まえて、この試験を受けさせたんだ」

 レヒルは笑顔で答えた。青年はひどく不機嫌そうだった。

「やっと名前がわかった。フリッツっていうんだね。よろしく、フリッツ」

 リーフは手を伸ばした。フリッツはその手に軽蔑の眼差しを向けたが、やがて、顔を背けて、ゆっくり手を伸ばし返した。

「ああ、よろしくな、リーフ」

 二人の手が結ばれた。



「一ついい? 犬、飼ってたの?」

 エリサが質問した。

「ギンのことか? ああ、あいつとは、俺の第二の故郷、アッピ村で出会った。仲間との狩りの最中に野犬に襲われて、みんなで返り討ちにしたんだが、その犬は子連れだったんだ。それで、俺が育てることにした。人を噛むどころか、吠えることすらしない、おとなしい奴だった。」

(その子はどうして今、リーフのそばにいないんだろう。もしかして……)

 エリサに不吉な考えがよぎったが、リーフはそれ以上何も話さなかった。しばらく沈黙の時間が流れた。

「エリサ、そろそろ戻らないとまずい」

 ハンスが上を見て言った。太陽が空に上がり切ろうとしていた。

「そっか、話してくれてありがとう、リーフ。それで君は……これからどうするの?」

 エリサは恐る恐る尋ねた。

「俺は……もう少しここにいようと思う。ここは不思議と居心地がいいからな」

「え、大丈夫? 毛布とかいらない?」

「問題ない」

「ならいいけど……またお話聞かせてね。食べ物持ってくるから」

「……ああ」

 リーフはゆっくり頷いた。


「意外と話がわかる人でよかった。拍子抜けしたくらい」

 帰りの道中でエリサが言った。

「ああ、素直すぎて逆に怖いくらいだった」

「実は良い人だったりしない?」

「でも6年も傭兵をやってたってのがな……」

「あれ、14歳から6年ってことは……もしかして私たちより年上!? うっそ、ずっと年下だと思ってた! でも言われてみれば言葉遣いとか……」

「いや、俺が言いたいのは、6年も戦って今まで生き残ってきたってことは、あいつは相当な剣の使い手だよ。しかも、あいつは昨日人を斬ったことに対して何とも思っていないみたいだった。『敵は悉く斬るべし』って言葉も気になる。あいつはそのうち、山賊たちを皆殺しにしようとするかも……」

「え、でも一人だけでそんなこと……いや、確かに彼ならやるかも」

「幸い、あいつは昨日斬った相手に仲間がいるって気づいていないみたいだけどね……で、またあいつの話聞くって言ってたけど、あいつの話聞いてこれからどうするつもり?」

「何とかして彼の信頼を得たい。そのあとどうすれば良いかは分からないけど、今日の話聞いて、彼を刺激するのは危険ってわかったでしょ? だから、これが最善なはず」

「何をするにしても、時間は限られてるよ。山賊たちが黙ってるはずないし」

「う〜」

 エリサは頭を抱えた。

「エリサ、俺はもう君のやることに反対しようとは思わない。でも一つ言っておきたい。俺たちのできることには限界があるし、これから思い通りにならないことがあるかもしれない。もしそうなったら……自分のことを優先してね?」

「うん……分かってる」

 二人は無事に村へ辿り着き、それぞれの自宅へと戻った。


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