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プロローグ. 血の匂い

 この物語は、前編「リーフライツ——君が『生きて』と言ったから」と、後編「ザ・シークレット——最後まで『幸せ』を諦めなかった少年剣士の物語」の二部構成となっています。

 後編から読んでも楽しめるように書いたつもりですが、前編から読んでいただくとより物語を理解しやすくなると思います。

 ……わからない。なぜ俺は歩き続けているのか。ここがどこで、どこに向かっているのか。足が重くて、苦しい。でも、止まるのが怖かった。恐怖だけが、自分を動かしていた。……わからない。なぜ俺は、生きているのだろうか。



 ここは人々が野を開き、時に剣を持って戦いに明け暮れる世界。石造りの街並みから離れた野山の中にぽつんと佇むゾンヌ村。時は夕暮れで、辺りが夜の闇に包まれ始めた頃。村の広場の隅で一人の少女——と言ってもほとんど大人なのだが——が三日月を眺めていた。少女の名はエリサ。彼女の自宅の前、広場の中央では今、村の人々が火を囲み、食事を楽しんでいた。

「あれ?奥さん、今日はエリサちゃんいないのかい?」

「ええ、何だか今日は不機嫌で。昔からああなると手をつけられなくなるんですよ」

「まぁ、そうなるのも無理ないかもな」

「おい! 酒だ! 酒酒酒!」

 広場では大男が叫んだ。

「はぁ……今日も今日とてバカ騒ぎね。嫌になっちゃう」

 エリサは今日村を訪れていた客人たちにどうしても耐えられず、こうして避難していた。

 広場を背にした彼女は深呼吸で鼻から空気を入れた。季節は冬が終わり、春を迎えようとしていたが、夜の空気はまだまだ冷たかった。この澄んだ空気を吸い込み、絞り出すように体の中の空気を全て吐き出したら、また息を吸う。そうして腹立たしい気持ちを全て洗い流せば、彼女の心の平穏は保たれるはずだった。

(……!?)

 その時、突然の異臭がエリサの鼻を突き、彼女ははたまらず咳き込んだ。呼吸が乱れたせいで、それが何の匂いか認識できるようになるまで時間がかかってしまった。

(これは……鉄? いや、血!?)

 エリサが寒気を感じたと同時に、こちらへ向かってくる人影を彼女の目が捉えた。薄暗くてよく見えなかったが、村の南の川の方角から来たようだった。そして、どうやら血のような臭いはその人物から放たれているようであった。エリサは今すぐ逃げ出したくなるほど気味が悪く感じたが、その前にその人物と目が合ってしまった。

(…子供?)

 物々しい気配に反するその見た目に、エリサは戸惑いを感じてしまった。その人物はボロボロの赤のケープを羽織っていて、腰には剣を帯びていた。背はエリサより小さく、年下の少年に見えた。だが、何より目を引いたのは少年の服に広がる血の赤色だった。少年の息は荒く、ひどく衰弱しているように感じた。

「大変! 待ってて、すぐに手当するから!」

「……手当?いや、待ってくれ」

 自宅へ向かおうとしたエリサの腕を少年が掴んだ。

「へ?何?」

「それより……」

 掠れ声で話す少年にエリサは耳を近づけた。

「それより、どうか食べ物を」

「いや、でも……」

「あと、君は……俺を知っているのか?」

「は?」

 こんな時になぜそんなことを尋ねるのか、エリサには理解できなかった。

「と、とにかく! すぐに誰か呼んでくるから……」

「なんだこりゃあ!」

 広場からの突然の叫び声にエリサと少年の気がとられた。

「こんな腐った魚を食わせやがって。これが村の守り手に対するもてなしか!?」

「す、すみません。すぐに代わりのものを用意しますので……」

「謝れば済むと思ってんじゃねえだろうな……」

 大男は剣を抜いて、謝罪をした女性にそれを向けた。広場の緊張は極度に高まっていた。それをみたエリサは頭を抱えた。

「母さん!なんてこと……」

「『一つ……』」

「え?」

 その声を聞いたエリサは少年に目を向けた。少年の目は真っ直ぐに大男を見据えていた。

「『一つ……敵は悉く、斬るべし』」

「ちょっと何を……」

 その瞬間、少年が風と共に消えた。そして、広場の中心で、何かが弾けた。気配を感じたエリサが広場に目を向けると、広場の中心に立つ少年を見つけた。その手には青白く輝く剣が握られ、その剣からはわずかに血が滴っていた。ここでエリサは、ようやく何が起きたのかを悟った。大男は叫び声も挙げずにぐにゃりと倒れ、そこから血溜まりが広がった。

「あ、兄貴……? うあああ!」

 大男の取り巻きと思しき男の叫びと共に、悲鳴が村中に伝播した。村人たちが正気を失うには十分すぎる出来事だった。あるいは食事を投げ出し、あるいは二足歩行をも忘れてそれぞれの自宅へ避難した。

「エリサ! エリサ!」

 エリサの母親がエリサを見つけて駆け寄って来た。放心していたエリサは母親の姿を見てようやく我に帰った。

「急いで、早く!」

「う……うん」

 自宅まで走ると、父親とも合流することができた。3人は中に入り 急いで閂をかけた。

「エリサは下がってなさい」

 エリサは言われた通りに扉から離れた。母親は隙間から外の様子を伺い、父親は農具を引っ張り出して最悪の事態に備えた。大騒ぎから一転して、村には静寂が訪れていたが、エリサの心臓は高鳴り始めていた。

「ねえ、まだいる? あいつ……」

 エリサが尋ねたその時、割れんばかりの叫びが扉の向こうから響いてきた。

「何?」

「だめ! 下がってなさい」

 エリサが扉に近づくと、すぐに両親に押し戻された。

(あいつが叫んでいるの?)

 今度は激しく小刻みな足音が聞こえてきた。しかも、その音は次第に大きくなってきていた。少年がこちらに向かってきていることがエリサにも分かった。

「エリサ、部屋に隠れなさい! 早く!」

 エリサ言われるがままに自室に避難した。しかし当然、少しも安心できなかった。

(ここに隠れてどうするの? 父さんたちであいつをなんとかできるの? そもそもあいつは一体何をしたいの?)

 足音はどんどん大きくなっていく。もうエリサにはその場で縮こまることしかできなかった。

(ああ、神様!)


 しばらく経った後、エリサは足音が殆ど聞こえなくなっていることに気づいた。しかし、彼女は動くことができなかった。体の動かし方を忘れてしまったかのようであった。そうしていると向こうから扉が開いた。

「ああ、エリサ! もう大丈夫よ!」

 エリサの母親が膝をついて彼女を抱きしめた。

「本当?」

「ああ、ひとまずはな」

 父親も横からエリサを抱きしめた。両親の服に顔を擦り付けた時初めて、エリサは、自分が泣いていたことに気づいた。


 次の日の朝、エリサは彼女の部屋で目覚めた。それと同時に、冷たく、埃っぽい空気を感じた。今日は村のみんなで昨日のあの死体と赤いケープの少年への対応について話し合われるだろう。エリサの両親は、「村の集会所へ行く、お前は外に出るな」と言い残し、出かけていった。家の扉、窓は全て外から物理的に塞がれた。

(ちょっとやりすぎじゃない?)

 エリサはそう思ったものの、昨日の出来事を考えると受け入れざるを得なかった。

 始め、エリサは部屋の掃除をして時間を潰そうと考えていたがどうにも気力が湧かなかった。寝ようとも考えたが眠れなかった。何をしようと思っても昨日の光景が頭をよぎった。血の臭いのする少年、目にも止まらぬ早業、飛び散る血飛沫、人々の悲鳴、そして少年の叫び……全てが強烈すぎた。

「外……出たい」

 まだ両親が家を出てから1時間も経っていなかったが、こんな状態で閉じこもるのは彼女の性に合わなかった。これを見越してエリサの両親は家を厳重に閉じたのかもしれない。

(そうだ!)

 しかし、彼女の跳ねっ返り具合は両親の策を上回っていた。エリサは自分の部屋の隅の床板を外した。すると、その下には空洞が広がっており、その先は家の外に繋がっていた。

(これで出られるじゃん。でも……)

 問題は外に出て何をするかだった。村の中にいたら両親にバレてしまうかもしれない。考えを巡らせていると、再びあの少年のことが頭に思い浮かんだ。

(そういえばあいつ、食べ物が欲しいとか言ってたよな。怪我もしてそうだったし。だったらもう長くないんじゃ……このこと知ってるのって、もしかしたら私だけなのかな。いや、でも、その割にはあっという間に人斬ってたし……)

 しばらく悩んだ末、エリサは支度を済ませ、抜け穴に頭から下へ突っ込んだ。腹ばいになって中を進む。久々に通ったので、肘や頭を何度も擦ったが、無事に外に出ることができた。エリサは解放感が湧き、大きく腕を伸ばした。

 今、彼女の正面には小高い丘の上に繁茂する森が見えた。村の北に当たる場所だ。背後の村の方へ目をやると、いつもよりずっと人気がなく、不気味なくらい静かだった。きっと皆集会場へ行っているか、家の中で閉じこもっているのだろう。

 まず、エリサは村の中のとある家に向かった。そして、その裏手の窓へ声をかけた。

「ハ〜ンスくん、あ〜そ〜ぼ!」

 すると、少年がのそのそと窓から顔を出した。

「やめてよ、その呼び方。子供じゃないんだし」

「へぇ〜。じゃあ大人なハンスさんは私のお願いも快く聞いてくれるよね?」

「まあ、一応聞くけど、そのお願いって?」

「ピクニックしよ」

 エリサは篭をハンスに見せて言った。

「はあ? こんな時に?」

「こんな時だからこそよ」

「意味わからん……っていうか今危険だから外に出るなって親に言われてるんだけど。エリサもそうじゃないの?」

「こんな時に閉じこもってたら私の心が危険になるよ」

「いやいや、今日だけは家にいた方がいいって」

「あ〜あ。昔は『エリサちゃんあそぼうよ』って泣きながら……」

「やめろよ! わかったよ! 今行くよ!」

(ちょろいね)

顔を真っ赤にさせたハンスが外に出て来た。

「で、どこいくの?」

「北の森」

「大丈夫なの? 殺人者にばったり出会すのは嫌だよ?」

「大丈夫。実はさ、昨日あいつが私の家のそばを通ったみたいでさ、足音で大体どっちに向かったか分かったんだよね。その方向に行かなかったら多分大丈夫」

「よく平気な顔してそんなこと語れるね。俺なんて思い出すのも嫌なのに」

「まあ、過ぎたことだし?」

「あとそれ、結構大事な情報じゃない? 村のみんなに教えたの?」

「父さんたちが知らせてるでしょ。さ、行こ」

 エリサは森の中へ大股で歩き出した。

 森の木々はまだ冬芽しかつけていなかったが、足元からは緑が湧き出し、青や黄の小さな花々が顔を出し始めていた。歩くたびに音を鳴らす落枝、風でこすれる草花、鳥のさえずり。この森はどんな時も心地よい営みをエリサに聴かせてくれた。この先、森の中の少し開けたところに、エリサのお気に入りの池がある。彼女は鏡のようなその水面を眺めるのが好きだった。

 ハンスが不満顔のままあくびをした。

「眠れてないの?」

 エリサが尋ねた。

「まあね。エリサは?」

「なんか、興奮しすぎた反動で逆に眠れちゃった」

「流石だね」

「でも、父さんが寝ずに見張ってくれてたみたい。今日も朝から忙しそうにしてたし、なんだか可哀想だなあ」

「そう思うなら少しは親の言いつけ守ったら?」

「うるさい」

「まあ、それもこれもあの殺人者のせいってことになるのかな」

「そういえばあいつについて気になってたことがあるんだけど、あいつ昨日叫んでなかった?」

「叫んでたね。頭抱えて」

「頭抱えて?」

「見てないの?」

「うん」

「俺あの時は最初から家にいてさ、広場から悲鳴が聞こえてから外見てたんだ。そしたらあいつ、人がいなくなった後もずっと周りをキョロキョロしてて……気味が悪くて仕方なかったよ。その上突然狂ったように叫び出すんだから」

「叫んだ後は?」

 ハンスは目を逸らして何も応えなかった。

(さては気絶したな)

「……ん?」

 池までもう少しという所で、ハンスはある違和感に気づいた。森の中でも異様な存在感を放つ、赤い影。あの少年だった。座って剣をじっと見つめていた。

「エリサ!」

 ハンスは小声でエリサを呼び止め、藪の裏へと引っ張った。

「君も見たよね、あいつだ!」

「い、いたねぇ〜」

「?」

 ハンスはエリサの反応に違和感を感じた。彼女の顔はみるみる青ざめていっていた。

「大丈夫? とにかく、見つかる前に村に戻ってこのことを知らせよう」

「ま、待って!」

「待って、て、待つことなんてある?」

「いや、だって、こんなに早く見つけられるとは思ってなかったし……」

「は? まさか、あいつが去って行った方に向かってたの!?」

「いや〜なんでこんなことしようとしたのか自分でもわからないっていうかむしろちょっと後悔し始めたっていうか……」

「ちょっと、しっかりしてよ!」

 そう言われて、エリサは数回深呼吸し、説明を始めた。

「私さ、考えちゃったんだよね。あいつがあんなことをしたのは、私たちを助けるためだったんじゃないかって」

「どうしたらそんな考えになるのさ。どう見ても狂ってたでしょ」

「……実は私、騒ぎが起きる前にあいつに助けを求められててさ……」

 ハンスは目を丸くしたが、エリサは話を続けた。

「怪我をしてるみたいだったし、とても辛そうだった。このまま何もせずにいたら、私、この時のことを後悔するような気がして……」

「うん……まあ、言いたいことは分かったよ。でも、これは俺たちだけでなんとかできる問題じゃない。今は村に戻って、みんなと相談するべきだと思う」

「そ、そうだよね。ごめん私……」

「おい」

 そのか細い一言で二人の全身が固まった。あの少年が二人の前にゆらりと現れた。エリサもハンスも、彼が近づいて来ていたことに全く気が付かなかった。右手には血に塗れた剣を持ち、その虚な表情は返り血で覆われていた。エリサとハンスは悲鳴すら出せなかった。そもそも、息ができなかった。少年は左手をエリサへゆっくりと伸ばした。

「エリサ!」

 ハンスが咄嗟にエリサの腕を引いて、少年から引き離した。すると、意外にも少年はあっけなくその場に倒れた。今度は困惑でエリサは動けなくなった。数秒の間様子を窺っていると、少年から声が聞こえてきた。

「死にたく、ない……」

 エリサはここでようやく状況を飲み込めた。

「ハンス!」

 エリサが振り返るとハンスは既に5メートル向こうまで逃げていた。

「ハンス! 待て! 逃げるな!」

 エリサはハンスを追いかけ、後ろ襟を掴んで引っ張った。

「ぐっ、エリサ、何で?」

「彼を助ける」

「正気?」

「やっぱり、目の前で死にかけてる人を放っては置けない。手伝って!」

 エリサは有無を言わさず少年の元までハンスを引っ張った。

「まずは怪我の具合をみて、早く!」

 ハンスはエリサの気迫に圧されて渋々従った。その間エリサは持ってきたカゴからパンを取り出し、水に浸して柔らかくした後、少年の体を起こしてパンを口元へ差し出した。

「食べられる?」

 少年は唇でパンを啄むようにして食べ始めた。

「ハンス、怪我の方はどう?」

「こいつどこも怪我してないよ、傷跡はあるけど」

 ハンスは服の下を覗き込みながら言った。

「え? 最初に見た時から服に血がついてたのに……」

 そこまで口にした後、エリサとハンスは少年の顔に付いた血を見つめた。二人ともそれ以上言及するのはやめることにした。

「……じゃあハンスは体に付いた血を拭いてあげて」

 その後、少年は渡されたパンを手で受け取り、自分で口に運ぶようになった。用意したパンを全て食べ尽くすと、少年は動かなくなった。

「どうしたんだ?」

「寝ちゃったみたい」

 エリサは少年をその場に寝かせた。少年の手から剣を離させようとしたが、なぜかどうしても離れず、仕方ないのでそのままにしておいた。

「なあ、俺たち、今とんでもないことしてるんじゃないかな」

 ハンスが言った。

「かもね」

「エリサは今の状況わかってる?」

「状況?」

「……その反応からして分かってないみたいだね。じゃあ、昨日こいつが斬り倒したのは誰だか知ってる?」

「誰って、村の守り手だとか言って威張ってる川向こうの山賊でしょ?」

「これは父さんから聞いたんだけど、殺されたのはその山賊の頭目の弟だったらしい。だから彼らは復讐を果たすまで犯人を追い続けるだろうね。村のみんなもそれを手伝わされるかも」

「え、何でそうなるの!」

「そりゃ、捜索には人手が必要だし、村のみんなは基本的に山賊の言いなりだしね。そんな状態でこいつと衝突することになったら、村にも犠牲者が出るかも。そうなったらエリサは責任取れる?」

「そんなこと言われても……」

「だから、俺たちだけで何とかできる問題じゃないって言ったでしょ。こうなったらこいつの手足を縛って村のみんなに引き渡すのが一番安全だと思うけど……」

 エリサは少年の顔に目を向けた。少年はすぅすぅと心地良さそうに眠っていた。そしてハンスへ向かってこう言った。

「やだ」

「え?」

「私、彼は引き渡さない」

「自分が何を言ってるか分かってる?」

「うん、私、自分が何をしたいかやっと分かった。私は、これ以上誰にも死んでほしくないんだよ。もし私が彼を引き渡したら、きっと山賊たちに殺されちゃうでしょ? 私は、彼にも死んでほしくない」

「でもこのままだとこいつが人を殺すかもしれないんだよ?」

「『かもしれない』でそんなことできないよ。みんなはいつもそう。何も知らないのに決めつけて、それが最善だって思い込む。もっと他にできることがたくさんあるはずなのに。それに私、思ったんだ。今まで大人たちの言うこと聞いて、彼らに任せて、いい結果になった試しがないって! だから私は誰にも任せたりしない。もう二度と後悔しないように、私自身で決着をつけたいの」

 捲し立てるエリサにハンスは圧倒されるばかりだった。

「エリサ、イカれてるよ、君」

「……反抗期ってやつ?」

 エリサは自慢げに笑った。それを見ると、ハンスも不思議と笑えてきた。

「……案外、その方が君のためになるかもしれないね。……分かった。俺にも手伝わせてよ、その君のやりたいこと」

「へぇ? あのハンスがそんなこと言うなんてね。逃げるなよ?」

「逃げないよ。……俺も、後悔したくないんだ」

「ふぅん?」

「あ、でも今日みたいな隠し事するのはナシだよ。本当に心臓に悪いから」

「でも、『君のためなら死ねる』って……」

「わー! やめろ! 何年前の話だ!」

(言ったことは覚えてるのね)

「……で、これからどうするの?」

「そうねぇ……」

 と、その時、少年がうめき声と共に目を開いた。

「お前たちは……」

 少年が起き上がった。エリサとハンスはお互い目を合わせて頷くと、エリサは少年の前でしゃがんで声をかけた。

「初めまして。私はエリサ。こっちは友達のハンス。あなたの名前は?」

「……リーフ」

 まだ意識がはっきりしていないようだ。

「リーフね。起きたばかりで申し訳ないけど、君にお願いがあるの」

「……お願い?」

「私たちは君のことを知りたいの。君の話を聞かせてくれない?」

 不意に池の水が波立ち、風が吹き荒れ、木々が騒ぎ出した。この時、この場所から、彼らの奇妙な日々が、忘れられぬ日々が、始まろうとしていた。

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