99話 告白、ヤマトとサクラ
成人の儀、当日。俺は朝早くに、叢雲流道場へ向かった。当主へ挨拶をするためである。ムラクモさんと会うのは、三日ぶりくらい。その日は約束通り人型飛空船を見せた。竜人船に乗った状態で秘刀術を披露したら、非常に感激していたな。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ参列への同意、感謝する」
忙しそうにしていたので、少し言葉を交わしただけで退出した。後日しっかりと、お礼を言おう。次に向かったのは、住居の方だ。居間に行ったら、知らない人の姿が見える。おそらく親戚の方だろう。
数人が輪になって話していた。こちらに気付いたようで、手招きしている。近付いて自己紹介をしたら、向こうは俺のことを知っていた。事前に連絡があったみたいだな。
「ご迷惑をお掛けしないように注意しますので、本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「迷惑だなんてとんでもない。できればヤマト殿の武勇伝を、お聞かせ願いたいですな」
代表して声を掛けてくれたのは、白髪が目立つ高齢のお爺さんだ。話を続けようとしたら、途中でサツキさんに呼ばれた。着付けを開始するから、奥の部屋に来てほしいとのこと。示された部屋に行くと、お手伝いさんが何人かいた。
「よろしくお願いします」
「あの、着物はどちらでしょうか」
そうだった。異空間倉庫を開き、黒羽二重五つ紋付羽織袴を取り出す。以前にサクラさんが見立ててくれたものだ。ただ家紋は付いていない。そもそも家紋を知らないからな。入っているのは、個人を示す紋章。こちらもサクラさんの提案で、船と刀を意識した形になっている。これを約半日で、仕上げてくれたからな。きっと腕のいい職人だったのだろう。
「それでは始めます。動かないでくださいね」
これを着たのは、数えるほどだ。購入した後、サクラさんに手伝ってもらいながら着こなしの練習をしている。成果が出たかは、ちょっと自信ない。失礼のないように、気を付けたい。
着付けを終え、儀式の開始時刻が近付く。俺は道場へ案内された。ここで成人の儀を執り行うらしい。とりあえず俺は話を聞いていれば、問題ないとのこと。
「ただ今より、成人の儀を執行する」
当主の言葉で、一気に場が引き締まった。それからは俺の想像する成人式と同じようなものだ。当主の言葉、親戚代表からの一言。そして新成人の挨拶。
サクラさんが前に出て、真摯に抱負を述べた。上品な着物姿に、目を奪われる。思わず見とれてしまった。そして見覚えのない刀を佩いている。いつも使っている刀より長く、見栄えがするな。
「叢雲流秘刀術当主殿、ご教授願います」
「うむ」
これも儀式の一環らしい。新成人が技を見せ、当主が受ける。鍛錬の成果を発揮すると同時に、当主の大きさを知ることが肝要。
「秘刀術、抜きの技、一刃専心!」
「秘刀術、鞘技、専守防刃!」
サクラさんの居合術を、ムラクモさんは鞘で止める。互いに距離を取り一礼。
「ありがとうございました!」
「見事な一撃だった。今後も研鑽を忘れぬように」
これで成人の儀は終了のはず。あらかじめ式の流れは聞いておいた。何事もなく終わりそうだな。
「当主殿。今日は特別な来客が、お見えになっていると聞いた。最後に一言だけ、ご挨拶を願おう」
「承知。ヤマト殿、どうぞこちらに」
ムラクモさんに話し掛けたのは、居間で会った爺さんだ。そういうことは、事前に了解を得ましょうよ! 報告、連絡、相談は大事だと思います! だが、この場で反論は無理だ。式が台無しになる。俺は焦る気持ちを抑え、当主の横に並ぶ。
「こちらは私の恩人であるヤマト殿だ。凄腕の魔導師であり、飛空船乗りである。知っている者も多いだろう」
「ただいまご紹介を賜りましたヤマトです。サクラさん、ご成人おめでとうございます。船に乗る仲間として、喜ばしい限りです。今後の――あ、今後の飛躍をお祈りしております」
今後か。サクラさんは、どうするのだろうな。考えてみると、彼女が船に乗る理由は見聞を深める以外にない。ほとんどは成り行きだ。チームを組んではいるけど、彼女の人生を縛るものではない。いつか離れてしまう日が来るのだろうか。
俺は一礼して、元の場所に戻る。ムラクモさんが閉会の言葉を述べていた。最後で意表を突かれたけど、おおむね聞いた通りの儀式だったな。しかし正装を着ていると、どうも肩が凝る。
「ヤマトさん。父が呼んでいますので、一緒に来てくれませんか」
「分かりました」
この後は宴会となる。酒が入る前に、話をしたいのかもしれない。サクラさんに案内され、当主の部屋に向かった。中に入ると、すぐに話し掛けられる。
「来てくれたか、ヤマト。先刻は急に話を振って、済まなかったな。長老衆の強い要請で、事前の連絡を禁止されていた」
「構いませんよ。失礼が無ければ、よかったのですが」
完璧には程遠いが、それなりの挨拶にはなったと思う。時間があれば、スピーチの内容を考えられたのだけど。というか事前連絡を禁止しないでください、長老の皆さん。
「して父上、此度の呼び出し。何用でしょうか」
「うむ、其方に渡す物がある」
ムラクモさんは、横に置かれていた刀を手に取った。そのままサクラさんに差し出す。
「これは倉庫に保管していた刀でしょうか。家にあるのは黒系統の鞘が多いです。しかし、これは珍しく青色の鞘をしていました。それで覚えています」
「その通りだ。銘は無い。気に入ったら、持っていけ」
「拝受いたしました」
サクラさんは頭を下げながら、両手で刀を受け取る。流れるような動作で、抜刀した。煌めく白刃。おそらく魔導武器の一種。特殊な効果が、あるかもしれない。
「魔力を込めれば、その分だけ鋭さを増す。秘刀術と聖化粧術を併用するのならば、この刀が最適だろう」
「お心遣い感謝いたします」
偶然だと思うけど、竜水鱗鞘の形と似ているな。
「ヤマト、娘をよろしく頼む」
「承知しました」
真剣に頭を下げられた。俺も答礼をする。気の利いた言葉は出なかった分、丁寧に辞儀をした。それから部屋を出て、宴会に参加する。親類一同から西方の酒を求められたため、残っている分を出した。代わりに秘蔵の酒を譲ってもらえることになり、都合のいい日に顔を出してほしいと言われる。遠慮なく伺うつもりだ。
――宴会が終わったのは、夜も更けた頃。心地良い風に吹かれながら、格納庫へと戻った。一日が終わる。
そして次の日。酔いは残っていない、体調は万全だ。今日はサクラさんに、伝えたいことがある。朝食を取り、静かに待つ。緊張のせいか、食事の味はよく分からなかった。
今、炎雷丸にいるのは俺だけだ。ピヌティさんとマリアさんは、早朝から温泉に行った。泊まりのため、帰るのは明日の夕方になる。
俺はサクラさんと初めて会った日を、脳裏に思い浮かべる。いきなり刃が迫ったときは驚いた。でも綺麗だったな。それから、二人での行動が多くなる。とりわけ記憶に残っているのは、火竜との遭遇だ。王種の竜族は強大な存在。相手が瀕死の状態でなければ、生き残ることも困難だっただろう。
「ヤマトさん、お待たせしました」
「いえ、全く待っていませんよ!」
それから二人で町を巡った。衣服や雑貨を見て回り、休憩を取りつつ昼食の時間を楽しむ。刀の博物館にも行ったな。日が沈む前に炎雷丸へ戻ると、二人で訓練をする。これも大切な生活の一部だ。風呂に入ってから、声を掛ける。
「星を見に行きませんか?」
「いいですね!」
船を飛ばし、港の外へ出た。この空域は安全だ。二人でも問題ないだろう。さて夕食の準備をしよう。星を見るには、少し早いからな。
「お酒は飲まれないのですか?」
「昨日、飲み過ぎましたので」
「そういえば私も……」
サクラさんは昨日の主役だった。いきおい酒の量も増えるはず。和やかな雰囲気のまま、夕食が終わった。一休みしてから、展望デッキで落ち合う約束をする。
「見てください、ヤマトさん! 星が綺麗ですよ!」
「ええ、本当に」
美しい星空だった。旅の途中だと景色を楽しむためだけに、空を見上げることは少ない。どうやら、近くに他の船はないようだ。星明かりを、二人で独占している気分になる。俺は夜空を見る彼女の横顔に、視線を向けた。
「あの、どうしました?」
俺の視線に気付いたみたいだ。少し恥ずかしそうにしている。もし嫌そうな表情だったら、決心が鈍るところだった。意を決して、話を切り出す。
「サクラさん。俺は貴女が好きです。恋人になってください」
いろいろと考えたけど、上手い言葉が全く思い付かなかった。ただ率直に、想いを伝える。サクラさんの頬が赤く染まっていた。月明かりの下でも分かるくらい、はっきりと。
「私も、あなたが好きです。どうか、よろしくお願いします」
思わず近付いて、彼女の身体を抱きしめる。俺の背中に、両手が回された。どちらからともなく二人の唇が重なる。長い時間が過ぎたあと、身体を離した。サクラさんの、か細い声を聞く。
「ヤマトさん。今日は、まだ一緒にいたいです」
「俺の部屋に来ませんか」
サクラさんを誘い、部屋に向かう。そして誰にも邪魔されない、二人きりの時間を過ごした。




