93話 回収、エンバー・Pの欠片
早朝、アラームが鳴る前に目覚める。準備ができたら、カナトビ島へ出発だな。休憩室に行くと、ピヌティさんが料理を並べている。ハムエッグみたいだ。今朝の食事当番は彼女だったな。
「並べるの手伝います」
「ありがとう。なら調理場のサラダとトーストを頼む」
俺は調理場に入り、目当ての料理を見付けた。主食用パンが、こんがりと焼き上がっている。サラダには、色とりどりの野菜が使われていた。鍋に入ったスープは、温め直してから出すそうだ。
「おはようございます」
「みんな、おはよう!」
サクラさんとマリアさんも、起きてきたな。四人で食卓を囲い、朝餉の時間を満喫する。シンプルに美味い。食事の後は、出発の準備だ。手早く済ませよう。
小一時間後、全員の支度が整った。すでにマリアさんは操舵室に向かっている。俺たちは、三人で甲板に出た。
「まずは扉の封印を破りましょう!」
「そうですね」
例によって、鎖で封じられているからな。
「そうだ、サクラさん。今回は秘刀術なしで、やりましょう。俺が竜炎牙刀に魔力を込めますので、全力で斬り下ろしてください」
「あ、分かりました」
そろそろ通常の斬撃でも、封印の鎖を破れるはずだ。最初の頃と比べたら、ずいぶん魔力も上がっている。
二人で竜人船トライバスターに乗り込む。修復した左手にも、異常は感じられない。調子は上々だ。
「いきましょう!」
「はい!」
格納庫を飛び出し、扉の目前に出る。竜炎牙刀を強化した。同時に浄化の力も付与する。扉の向こうは、瘴気だらけだ。対策は必須だろう。
「今です!」
「切り裂きます!」
鎖が切り裂かれ、扉が開く。俺たちは炎雷丸に戻った。開かれた扉の向こうには、カナトビ島の景色が見える。再々突入、開始だ!
浄化結界、発動。これで魔力が持つ限り、飛空船は大丈夫。相変わらず、瘴気が漂っているな。浄化したばかりの魔石も、すでに瘴気の影響を受けていた。
今日の夜までに、欠片を回収したい。時間が経てば、魔石の浄化から再スタートになる。
「マリアさん、出してください。それと、しばらく風魔法を解除するつもりです。連絡はピヌティさんまで、お願いします」
「わかったよ!」
風魔法を使わないのは、水竜と相対するまで魔力を温存したいから。水竜は魔法抵抗力が高いと聞く。解呪魔法も通じにくいだろう。
俺たちは導きの賽に従い、水竜のいる湖を目指す。
「見えた! 前と同じく、大木に水竜が巻き付いている!」
「動きは、ありませんか」
しかし確実に瘴気の流れは止まっている。今なら解呪魔法も、通用するはずだ。水竜は目を閉じて、眠っているようにも見える。このまま可能な限り、近付こう。
「なぜ動かないのでしょうか?」
「おそらく欠片の支配に対して、水竜が抵抗しているのだと思います。両者の力が拮抗し、動くだけの余裕が無いのです」
サクラさんの疑問に対し、思うままを答えた。推測だけど、あながち的外れではないだろう。竜種の特徴として、その誇り高さが第一に挙げられる。むざむざ支配を受け入れるとは、少し考にくい。
「ならば、このまま近付いてみるか」
「ずっと眺めているわけには、いきませんからね」
湖面から少し離れながら、大木に向かう。炎雷丸の周囲に黒雲を生成し、転移までの時間を短縮できるようにする。湖の中にも、魔獣がいるかもしれない。用心に越したことはない。
――唐突に、水竜の目が開く。一瞬後、湖から水の壁が生まれる。そのまま水壁が襲い掛かった。津波だ! それも瘴気が込められている。
「黒雲転移!」
ギリギリだけど、転移が間に合った。湖の上空へ黒雲を作り、空間転移によって避難したのだ。想定とは違うが、助かったのは事実である。
「迂闊に近付けないのか。この高度を維持して、大木まで行くか?」
「そうしましょう。ピヌティさん、警戒を厳重に頼みます。何が起こるか、分かりません」
「了解した」
しかし、この方法は早々に頓挫した。
「上空には、強力な結界が張ってあります!」
「もしかして、正面以外は通行不可なのでしょうか」
サクラさんの言う通りかもしれない。次の瞬間、湖面から水柱が上がった。船体が動き、水柱を避ける。今のはマリアさんの操作だ。操縦訓練の成果だろう。
結界に接触していると、攻撃される恐れがあるな。飛空船が結界から距離を取った。少し時間を掛けて、魔力の流れを把握する。一ヶ所だけ、結界に弱い部分が存在した。それが水竜の正面。
「結局、下に降りるしかないのだな。ヤマト殿、最大限の注意を」
「気を付けます。湖の藻屑には、なりたくありませんから」
湖に海藻は無いだろうけど! とにかく水竜に近付こう。慎重に、飛空船を進めてもらう。停止と退却は即座に実行できるよう、打ち合わせ済みだ。
「ヤマトさん、竜人船には乗らないのですか?」
「それも考えました。しかし解呪魔法を使うときは、手で触れていると効果が高くなります。竜人船に搭乗したままだと、わずかに効果が落ちるのですよ」
その差が紙一重で、明暗を分ける恐れがあった。四ヶ所の魔石だったら、乗ったままでも大丈夫そうだけどな。
「欠片に近付いているはずだが、例の気持ち悪い声が聞こえないな」
「水竜が何らかの方法で、封印しているのだと思います。俺が解呪魔法に成功したら、聞こえるはずです」
俺たちは正面から、水竜に向かっていく。迎撃されると思ったが、何も起こらない。正規のルートを進めば、攻撃されないのだろうか。何事もなく、水竜の側まで辿り着いた。いまだに目は閉じられたままである。
まずは瘴気を払おう。風雷号に乗り換え、水竜に触れた。意識を集中して、魔力を高める。そして深く息を吸い込んだ。
「浄化の光よ、瘴気を消し飛ばせ!」
水竜と大木が、光に包まれていく。かなりの大きさだ。相応に魔力の消費も激しくなる。この分だと、今日も魔力回復薬の世話になるかもしれない。
――人を変えろ、人を喰らえ、人を超えるのだ――
「聞こえました! あの声です!」
「いつ聞いても、悍ましい!」
同感ですよ、ピヌティさん。ここからは解呪魔法の出番だな。
「欠片にすぎないお前は欠片に返れ!」
会心の魔法だ。水竜から欠片らしき物が出てくる。導きの賽と合わさり、黄色の三日月を形成していく。
――仮の主。四つの主。我らを集めよ。さすれば汝は真の主となるだろう――
これでエンバー・Pの欠片、回収完了だ。異空間倉庫へと収納する。魔獣が動く前に、急いで炎雷丸へ戻った。
「ヤマト殿! 水竜が動き出すぞ!」
「気を付けてください! 水や氷を使うはずです!」
実は島の守り神だったとか、ちょっと期待したのだけどな。とにかく戦うしかなさそうだ。突然、水竜が火を吹いた。炎雷丸の結界を貫通する。船の一部が、破壊された。誰もいない場所で、助かったな。だが、ちょっと待て! 火を吹くだと!
「水の竜として、恥ずかしくないのか!」
「魔獣を相手に、何を言っているのです」
サクラさんが少し呆れている。水竜を相手に、気負いはない。自然体で、戦いに臨めるようだ。
「来るぞ!」
「甲板に誘導します!」
大木への影響を考えると、雷撃砲や炎雷砲は控えた方がいいだろう。俺は風魔法を使い、マリアさんに伝えた。
「あたしも甲板に行くよ!」
「操船は……いえ、分かりました。お願いします」
戦闘は飛空船内で行う。魔導銃の援護は、頼りになる。飛空船は空中停止させ、合流してもらった。甲板に四人が揃う。
「見てください、ヤマトさん! 水竜の身体が、崩れていきます!」
「瘴気の影響でしょうね」
長い間、瘴気に晒されていたのだ。水竜といえども、無事では済まなかったのだろう。今までは、欠片が崩壊を止めていたのだと思う。宿主が消滅すれば、大罪の欠片も困るはずだからな。
考えるのは後にするか。まずは中距離での一斉攻撃、甲板戦の端緒を開く。




