9話 迷宮探索、主との戦闘
「もう、朝か」
「ヤマト、おはよう。見張り中、特に問題は無かったわ」
フェリアの報告を聞きながら、出発の支度をする。正直、まだ眠い。睡眠時間が足りないのだろう。何とか頭と体を覚醒させ、準備を整えた。
「可能なら、今日は一気に最深部へと行きましょう」
「了解」
小屋を出て、最深部に向かう。魔獣に遭うこともなく、数時間が経過した。
「……おかしいわ。一度も魔獣に遭遇していない」
「偶然ってことは?」
「ありえない」
フェリアは完全に否定した。最深部に近付くほど、魔獣の密度が上がるらしい。最短距離で一直線に移動して、一度も遭遇しないのは異常だと断言した。
「ヤマト、どうする? 一度、戻ろうか?」
「いや、行ける場所まで進もう」
「わかったわ。行きましょう」
戻って事態が良くなる保証もない。その後も歩き続けて、最深部の手前に到着。転移装置に乗れば、迷宮の主が待つ部屋に出る。最深部は、その奥とのことだ。
「最深部に行くには、迷宮主と戦う必要があるよな」
「残念ながら、そうね」
「フェリアは迷宮の管理もしているんだよね。敵の情報は分かる?」
ここの迷宮主は、何らかの条件で変化するらしい。最新の情報だと、図書館では入手できない。フェリアなら変化の条件を知っている可能性がある。
「分からない。この迷宮は入った時点で主が決定するの。入る前の情報は確認したけど、通用しないわ」
「なら行って確かめるしかないか。退却はできるんだよね?」
「それは大丈夫。命に関わるから、厳重に管理している。余程のことがなければ、誤作動は起きない。ただ退却すると迷宮から出ない限り、再突入はできないわ」
方針は決まったな。行って対応できそうなら戦う、難しそうなら退却。
「よし、行こうか」
俺は不思議なほど、落ち着いていた。ゆっくりと転移装置に近付き、中央部分に進む。横目でフェリアがいることを確認。船を送還し装置に乗ると、視界が歪む。気付いたら、景色が一変していた。到着したのは小さな部屋だ。扉が一つだけの、簡素な部屋。俺は素早く送還した船を呼び戻した。
「魔獣は扉の先かな」
「そう。扉を開けると、戦闘状態に移行する。その時点で戦闘か退却か決断して。判断に時間を掛けると、敵が強化魔法を使うからね」
まあ視界内に侵入者が来たんだ。敵も準備をするよな。
「それと扉を開けたら、自分の強化魔法は解除されるわ」
「準備万端で戦闘開始、とはいかないか。それなら仕方ない。このまま進もう」
扉に手を掛けると、ゆっくりと慎重に力を込めた。扉は静かに、開かれていく。意外に軽いな。
「え、兎?」
「あれは、羽兎!」
少し大きめの兎だ。しかし背中には一対の翼があった。だから羽兎なのか。俺がイカダに乗り込むと、フェリアも同じ様に乗ってくる。
「もしかして、飛ぶ?」
「高い飛翔能力があるわ。ただ攻撃力や耐久力は控え目ね。的確に一撃を当てたら倒せるはず」
つまり空中戦か。回避しながら飛び回りつつ、隙を見て攻撃だな。俺は羽兎を、注視する。相手に動きはない。だけど、何か嫌な予感がする。
「ヤマト、羽兎の魔力が高まってる! 気を付けて!!」
わずかに遅れて俺も気付いた。羽兎の様子が変だ。明らかに、強い力が集まっている。このまま放置するのは危険だろう。
「光の矢!」
「火の矢、貫け!」
フェリアに続き、攻撃魔法を放つ。この距離だと、外れる恐れがある。それでも牽制になればいい――羽兎が、赤く光った?
「緊急回避!!」
考えるより先に、飛空船を動かしていた。直後、渦を巻いた炎が通り過ぎる。あ、危なかった!
「ちょっと、大丈夫!?」
「船本体は無事! 結界は貫通された!」
まずいぞ! 結界の再構築で、結構な魔力を消費した。今後、迂闊に攻撃魔法は使えない。ただ反撃をしないと一方的にやられる。
「え? 光の矢が当たった?」
牽制の目的で放った魔法が当たり、フェリアが自分でも驚いている。しかし火の矢は羽兎の炎で消滅したようだ。
「また光った!」
再度、羽兎から赤い光が見えた。これ、攻撃の前に魔力を溜めている気がする。
「ヤマト、全力で避けて!」
「了解!」
とにかく回避に専念する。直撃したら危険だ。
「これで攻撃力が低いのか!? あの炎魔法、結界を軽く消し飛ばしたぞ!」
まさか物理攻撃力は低いけど、魔法攻撃は強いとかじゃないよな!? それとも結界の強度が弱すぎるのか?
「そもそも羽兎は、炎魔法を使えないはずなの! 当然、威力も未知数よ!」
「羽兎が動いた!」
「風魔法を使った体当たりね! 当たらないでよ!」
ぶつかる! 俺は慌てて回避行動を取った。
「回避成功! でも次は避けられるか分からない!」
「なら攻撃ね!」
フェリアは次々と攻撃魔法を繰り出す。だけど、当たらない。先程から常に船を動かしている。この状態で的を狙うのは難しいはず。とはいえ止まれば敵の魔法に当たるかもしれない。
「三度目、炎魔法が来る! フェリア、気を付けて!」
何とか避けた――あれ? 今、羽兎の様子が変だった気がする。
「ヤマト、気付いた?」
「今、羽兎の動きが完全に止まったような」
恐らく、間違いない。
「最初に当たったのも、同じ理由だと思う。炎魔法を使った後、硬直する。そこを二人で狙いましょう!」
「だけど火の矢は敵に届く前に消滅した」
火の矢と違い、光の矢は貫通力が高いらしい。
「よし、ヤマト。光の矢を使いましょう!」
「無茶、言うな!」
操船の片手間で、新魔法に挑戦するのは難しい。
「それじゃ、退却する? ただ次の相手が羽兎より弱い保証はないわ。そもそも、迷宮の異常がどうなるかも分からない」
そうだ、迷宮の異常を解決する必要があるのだった。本当に危険なら逃げるべきだろうけど、まだ打つ手がある内は戦おう。
「いや、やろう。逃げ回りつつ、炎魔法の発動に合わせ攻撃だね」
「ええ。赤い光を目印にしましょう」
作戦は決まった。だが炎魔法を使わない。使って欲しいときに限って、使わないのだな。
「まだか!」
「見えた、赤い光よ!」
よし、回避は最小限で攻撃魔法の準備だ。
『光の矢、貫け!』
俺とフェリアの声が被った。二本の光矢が一直線に飛んでいく。
「しまった!」
「炎が当たったわよ!」
攻撃を意識して、回避が疎かになった。被害は――イカダの左端が壊れている。しかも結界は完全に機能していない。
「結界修復!」
思った以上に魔力を使っていたようだ。結界を修復する魔力が心許ない。光矢が飛んでいく先を見定める。
「やった、命中したわよ!」
羽兎に二人分の光矢が当たった。
「落ちた!」
「どうやら、倒したみたいね」
地上に落ちた羽兎が光に包まれ、消滅していく。残ったのは魔石と、あれは翼? 俺は地上に降りて、魔石を拾いに行った。
「これは羽兎の翼かな。運が良かったわね。売ると中々の価格よ」
「……いや、売らずに使いたい。構わない?」
「いいけど、何に使うの? 錬金術技能とか持ってないよね。もしかして、素材を使用した飛空船の強化?」
翼を見たとき、使えると思った。理論ではなく、感覚で。
「単純な強化だけでなく、飛空船創造スキル成長の鍵になりそうな気がする」
「おー! もしかしてイカダ以外の船になるかな?」
「多分、できそうだ」
ただ魔力量の問題もある。いきなり大型船なんかは無理だろう。
「あ、でも試すのは明日ね」
「そうしよう、今日は疲れた。それと先に最深部へと行かないとな」
俺は部屋の奥にある扉へと視線を向ける。おそらく、最深部への入り口だろう。フェリアの先導で扉に進んだ。
「よし、解除」
魔法による鍵が掛かっていたようだ。フェリアの言葉と共に、扉が静かに開いていく。部屋の中は、機械や液晶画面が目を引いた。近未来を感じさせる部屋だ。
「これで後は制御盤に魔石を納めれば目的達成ね」
「制御盤って、あれ?」
俺は部屋の中央にある台座を指差した。
「正解。じゃ、ちゃちゃっとやっちゃおう。ヤマトは近くの椅子にでも座ってて」
「了解」
言われた通り、手近な椅子に座る。腰を下ろすと、急に疲れを感じた。眠いな。瞼が重くなる。
「これで、終わり!」
フェリアの声で意識が覚醒した。半分、寝ていたかもしれない。
「お疲れ様、どうだった?」
「とくに問題の大きかった箇所は修正済みよ。他は少しずつ正常化していく予定。それと途中から魔獣がいなかった理由、わかったわ」
魔獣が消えた理由か、気になるな。俺は黙ってフェリアの言葉を待つ。
「途中で降った雨に、魔獣から魔力を奪う効果があったの。それで実体を維持する力が失われたみたい」
「もしかして奪った魔力は羽兎に?」
「その通りよ。ただ強化は不十分だったの。奪ったばかりの魔力で、強化の時間が足りなかったのね」
そうなると時間が経てば、さらに強化されていたのか。退却しないで良かったと思う。
「まあ、とりあえず戻ろうか。詳しい話は後で聞かせて」
「そうね。あたしも疲れたわ。帰りは直通で行けるから、すぐよ」
フェリアの案内に従い、転移装置に乗る。気付いたら、そこは地下訓練場だ。
「さ、今日は祝杯を挙げましょう! 迷宮攻略後の宴会は、一般常識だからね!」
「賛成! あ、でも先に風呂だな」
常識なら従わざるを得ない。素晴らしい常識だな! 幸い、道中で複数の魔石を入手できた。金は何とかなるだろう。
「しばらくしたらヤマトの部屋に行くわ。食べ物は持っていくから、休んでいて」
「それなら、お願いするよ」
その後、やってきたフェリアと一緒に酒盛りを始める。明日は、休息の予定だ。心ゆくまで楽しもう。