85話 名誉聖女、回復魔導師労働組合
鵺との戦闘から二日。賽の目は五を示している。目指す島は近い。しばらく飛行を続けると、ピヌティさんから報告が上がった。
「島を発見! 一島か? いや、二島ある!」
「片方の島には、隠蔽効果の高い結界が張ってありますね」
よく二島だと分かったな。俺だと賽を見なければ、気付かなかっただろう。魔力を感知したら、間違いなく二島が存在していると分かった。
「賽が示す島は、どちらなのですか?」
「見えにくい方の島です」
サクラさんの質問に、ダイスを確認してから答えた。
「はっきり見える島から入るよね?」
「そうしましょう。ただ十分に気を付けてください。勝手に入っていいか、分かりませんので」
封印を監視する一族と記されていた。土足で踏み込むのは危険だろう。まとめ役や責任者などに、話を通す必要がある。それと結界を張る者――聖女の存在も気になるな。
「家が見えるな。人が住んでいるのは、間違いない」
「港もありました。行ってみます」
結界の入り口に近付くと、魔力が反応した。ここから先は、進めないな。解除の言葉を使おう。
『我は一族を去りし者、されど一族の繁栄を願わん』
よし、通行可能になった。島の人たちを刺激しないよう、慎重に進もう。土産品も用意してあるし、歓迎してくれないかな。静かに風雷号を動かし、港の中へ入る。小屋が一軒あり、近くにシートを被せた何かが置かれていた。おそらく飛空船だろう。整備はされていないが、停留所なのだと思う。
「小屋の近くに、留めましょう」
「人が出てこないか、注意しておきますね」
サクラさんが、刀の柄に手を伸ばしている。警戒するなというのも、無理な話か。島民の立ち位置が分からない。ただ、このままだと相手も緊張してしまう。
「刀、預かりましょうか?」
「え? あ。いえ、大丈夫です」
柄から手を離した。おそらく無意識に、臨戦態勢を取ったのだと思う。
「なにか不安ですね」
「落ち着いてください、サクラさん。陽気で明るく、旅人さん大歓迎な可能性だってありますよ」
少なくともゼロではない。
「気休めを、ありがとうございます」
「どういたしまして」
さて適度に緊張も緩和された。立ち止まっていても、仕方ない。まずは小屋に行こう。この場所に飛空船を置いていいか、聞く必要もある。
「待て! 小屋から人が出てきた!」
「風雷号から、降りましょう」
極東空域に住む島民との、ファーストコンタクトか。船の結界から出て、敵意が無いことを示す。
「わぁ、綺麗な女性」
「そうですね」
マリアさんが感嘆の声を上げた。本当に綺麗な人だ。長い銀髪に、均整の取れたスタイル。年の頃は、ピヌティさんと同じくらい。白い衣装を身にまとい、静かに歩く姿はユリの花に例えられそうだ。しかし最大の特徴は、その魔力量。今までに出会った人の中でも、上位に位置する。バイオレット様に匹敵するかもしれない。
「初めまして、お客人。私はアカリ。封印を司る聖女であり、回復魔導師労働組合の名誉聖女でもあります。お見知りおきを」
「聖女様でしたか。よろしくお願いします」
二重で聖女なのか。それは凄い。名誉聖女というのは、労組に多大な貢献をした外部の人間に送る称号だ。悪人の類には、絶対に送られない。彼女は信用できると考えていい。
「よろしければ、ご用件を伺いましょう」
「大罪の欠片を、回収しに来ました。隣の島に入っても、構いませんか?」
直球で聞く。最初は断られるだろう。欠片の力は、危険すぎる。いきなり来訪した馬の骨に、おいそれと教えるわけがない。
「すみませんが、立入はできないのですよ」
「我々を疑うのは、当然だと思います。まずは話だけでも、聞いていただけないでしょうか?」
予想通りに拒否されたな。だけど話をすれば、分かってもらえる可能性は高い。こちらは三つの欠片を、回収しているからな。悪用しないと理解してもらえれば、大丈夫のはずだ。
「話を聞いたとしても、入ることはできませんよ。島への進入手段は、すでに失われています」
「え?」
いや、待て。ちょっと待て。進入手段が無い? 図書館の資料では、島の封印を監視している一族と記されていたよな。たしか島内の描写もあった。入る方法が失われたということは、かつては入れたわけだ。あの本の著者がいたときは、まだ手段があったのか。
「失われたというのは、入るための鍵か何かでしょうか?」
「そうです。導きの賽と呼ばれるもの。はるか昔は、守り人の一族が保管していました。しかし魔獣との交戦中に、紛失したとのこと」
もしかしなくても、俺たちの持っている賽だよな。異空間倉庫から取り出して、アカリさんに見せる。
「この賽でしょうか?」
「いけません! 聖女の力で無ければ、完全な封印ができないのです! 声に支配され……ます? あれ?」
あ、首を傾げている。
「ずいぶんと安定しているのですね。賽のままで、欠片に戻る気配が微塵もありません」
「俺が持っている限り、問題ないみたいですよ。詳しく話をしましょうか?」
これで話を聞いてもらえるな。後は島の探索許可を願い出よう。
「それなら島の代表にも、話を聞いてもらいます」
「やはり責任者がいたのですね」
聖女は封印を司ると言っていた。島を運営する代表者が、別にいても不思議ではない。
「ええ、もちろん。とても立派な方ですよ。新参者の私にも、丁寧に対応してくださいます」
「新参? 島の聖女でしたよね?」
聖女は一族の者から選ばれる、と書かれていた気がする。
「先祖が島の出身でした。もう何代も前のことですが。この島への入り方も、家にある書物で知りました」
「もしかして島を出た聖女のことですか。スンシュウの図書館で本を読みました」
「ご存知でしたか。各地に島の記録を残したそうですよ。ただし公開する情報は、慎重に選んだと聞いています」
導きの賽については、資料に記されていなかった。欠片が悪用されるのを、防ぐためだろうか。
「さあ、村長の家に参りましょう」
「ご案内、よろしくお願いします」
そして村長宅に到着した。
「村長、いらっしゃいますか? お客人ですよ」
「おお、聖女様! どうぞ中へ!」
中から出てきたのは、中老ほどの男性。アカリさんと同じ銀髪。ソース顔。建物や村人の様子を含め、和風の文化は見られない。
村長は快く、家の中へ招いてくれる。互いに紹介を済ませた。そして聖女に話したことを、村長にも伝える。改めて欠片を回収するため、隣の島への立ち入り許可を願った。
「ヤマト殿は欠片を回収しているのですか。そして導きの賽を手に入れている。しかし、あの島は危険な場所。対策なしでは、踏み入るのは止めた方がよろしいかと存じます」
「差し支えなければ、詳しい話を教えてください。情報が無さすぎて、判断が付きません」
頭を下げて頼んだ。皆も同様にしている。
「それなら、島の成り立ちから話しましょう。長くなりますが、よろしいかな?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
村長の話では、島の先祖は下層の民だったらしい。強力な魔獣に住む場所を追われ、大型飛空船で逃げ出す。放浪の末に辿り着いた島は、さらに危険な魔獣が存在していた。食料だけでも確保しようと、島を探索すると不思議な扉を見つける。
「扉の外側には、楽園のような景色が広がっていたとか」
「な、なるほど」
聞いた覚えのある島だな。しかし今の情報だけだと、確定ではない。さらに話の続きを聞いた。
数体の魔獣に襲われ、逃げ場を失う。特に厄介なのが、人の心に呼び掛け操ろうとする魔獣だった。扉を通り新天地へ行くが、その魔獣も一緒に通ってしまう。慌てて扉の周囲に結界を張り、後続を封じる。扉を封じると、呼び掛けの声が小さくなった。それでも楽観視できる程ではない。必死で弱点を探すと、力の源を見つけた。それが大罪の欠片である。
「当時の解呪師たちが、力を合わせ欠片の分割に成功しました。姿を変え、賽の形になったと聞いています。そして封印の力に長けた聖女が、管理することになりました」
「それが導きの賽ですね」
その後の話は、サクラさんに聞いた伝承と似ていた。封印状態でも、欠片の力は大きい。利用することで、繁栄を築いた。しかし欲望が肥大化し、制御が効かなくなる。聖女の制止を無視して、更なる力を求めた。やがて欠片は瘴気を放ち、自然も生物も毒へと変える。
「事態を重く見た当代の聖女は、島を丸ごと封印しました。導きの賽を持つ者だけが通れる、強力な結界を張ったのです。その後に今の島へ移り住んだのが、我々の祖先となります」
「そして守り人となり、一族が監視の役目を負ったわけですね」
「しかし一年ほど前に、未開空域の魔獣が暴走しました。この島も襲われ、大きな被害を受けたのです。その混乱で欠片が失われました。探しに行こうにも、今の我々では難しい。慙愧の念に堪えません」
魔獣の暴走は、仕方ないだろう。天災みたいなものだと思う――これで島の事情は、おおかた聞いた。次は俺たちの番だ。さて、どこまで話すべきか。




