83話 鳴声、ヒョーヒョー
スンシュウの町を出発したあと、まずは進路を確認する。操船をマリアさんに頼み、俺は異空間倉庫から賽を取り出した。黄色く光る一の目が、東の方角を示す。空中に静止しているようなので、このまま進路のチェックに使う。念のため、方位魔導針も見ておく。
「欠片が変化した賽ですね。内陸を指していますけど、どうしましょうか?」
「島というからには、アキツ国の外側だと思います。街道を進むと手続きが大変なので、大きく迂回するつもりです」
そちらの方が、時間も掛からないだろう。俺はサクラさんの顔を見ながら答えた。つい、じっと見てしまう。
「あの、変でしょうか。新しい聖化粧は?」
「いえ! とても綺麗ですよ!」
「あ、ありがとうございます」
サクラさんは、聖化粧術を学び直したとのこと。指導役は母親のサツキさんだ。母方は巫女の家系であり、聖化粧術を受け継いでいると聞いた。
左頬に描かれた紋様は、初めて見る。これも強化術の一種で、描いた形に意味があるそうだ。今は抽象化した目を、描いているらしい。効果は主に視力の強化である。口紅の強化とも併用できるそうだ。
風雷号を飛ばすこと半日、平穏な時間が続いている。未開空域と比べると、本当に安全だ。遠くに魔獣の姿が見えるものの、近付いてはこない。唐突に賽が動き始める。二の目が黄色く光り、東の方角を示した。一の目からは、光が消えている。
「なんだろう? 進路は、このままでいいのかな」
「目的地に近付いたのでは?」
ピヌティさんの言う通り、距離を表す可能性が考えられるな。俺はマリアさんに声を掛ける。
「進路は変更せず、まっすぐ東に進みましょう」
「よーそろー!」
しばらく飛び続け、日が落ちる頃になる。賽は二の目が光ったまま、変わっていない。近くに魔獣の姿も見えないし、今日は全員が就寝することにした。結界を強めに張れば、問題ないだろう。無論、いつでも戦える準備はしておく。
次の日、再び飛空船を発進させた。俺とマリアさんで交代しつつ、風雷号を操船している。正午近くになって、ピヌティさんが声を上げた。
「魔獣の群れ、発見! 羽狼だな!」
「マリアさん! 先制で雷撃砲、使いましょう!」
「よーし、やるよ!」
魔力には余裕がある。発射速度を強化だ。少しは当てやすくなるだろう。威力は通常のままだが、羽狼は耐久力が低い。まともに当たれば、一撃で倒せるはずだ。マリアさんが、拳銃型の発射装置を握る。引き金に指を掛けた。そこで、動きが止まる。
「あの、ヤマト君? これ、どうやって狙うの?」
「照準ですか、考えていませんでした」
俺の場合は、感覚で撃っているからな。一種の魔法だから、発射後も微調整が効く。しかし他の人だと、そうはいかない。改良が必要だな。
「ヤマト殿が狙いを付け、マリアが発射。これしかないだろう」
「今回は、その方法でいきましょうか」
魔獣の群れと交戦するには、まだ距離がある。確実に照準が定められるな。混乱しないように、発射の合図を決めておく。だんだんと羽狼の姿が、明確に見えてくる。数は十数匹。一体、大きい奴がいるな。群れの主だろう。的は決まった。
「射撃用意!」
「用意!」
「三、二、一、撃て!」
「雷撃砲、発射!」
群れの主と周囲にいた約十匹を、まとめて消し飛ばした。残ったのは五匹。どうやら狼狽しているようだ。左側が二、右側が三。風雷号を加速し、一気に近付く。
「サクラさん、ピヌティさん! 左の二匹を、お願いします!」
「秘刀術、雲刃飛動・風!」
彼女の右手には、何らかの紋様が描かれていた。揺れている木かな。おそらく風を示すものだろう。秘刀術に属性を付与しているのだ。
「貫通針!」
少し遅れて、ピヌティさんの一撃。敵の急所を狙い、魔力を込めた針を飛ばす。二匹は倒した。右の三匹は、少し離れている。魔法で方を付けよう。
「炎の嵐!」
言葉の通り、炎が嵐のように荒れ狂う。火属性の中級魔法だ。三匹は抵抗もできずに、消滅していった。遠距離で魔獣と戦う方法は、素材の回収が難しい。これも少し対策を考えるべきだな。
――羽狼と交戦してから、数時間後。賽に変化が表れる。三の目が光り、東に向いたのだ。
「サクラさん。この方角のまま進むと、もう少しで極東空域に到達しますよね?」
「……そう思います。おそらく二日もすれば、入ってしまうでしょう」
アキツ国の東には、広大な未開空域が存在している。そこを総称して、極東空域と呼ぶ。非常に危険な場所だ。
「行ってみるしか、ないだろう。警戒を厳重にしよう」
「その通りですね。ただ安全を優先します。先に進むのが危険と判断したら、引き返しましょう」
手持ちの魔石は少ない。南の空域とは、状況が違う。あのときは少し強引でも進めたが、今回は難しいだろう。
そして二日後、予想通り極東空域に入った。結界越しに伝わるくらい、危険な雰囲気を感じる。慎重に進もう。
「魔獣、発見! 初めて見る種族だ!」
「変な声が聞こえるよ!」
いきなり魔獣と遭遇か。気味の悪い鳴き声には、魔力が込められているようだ。これは精神魔法の一種か!
「結界強化!」
まだ声は聞こえるが、平静を保つことはできるはず。近付くにつれ、魔獣の姿が見えてくる。
「猿の顔に、蛇の尻尾。足は虎みたいだな」
「もしかして胴体は狸でしょうか」
まだ距離がある。遠くて細部が分からない。はっきり見えているのは、ピヌティさんだけだ。
「言われてみれば、狸の身体に見えるな。何か心当たりが?」
「おそらく鵺だと思います」
突然、鵺を中心に黒い雲が広がる。とんでもない速さで、風雷号まで到達した。視界が悪い。俺は結界を強化し、不測の事態に備えた。ほぼ同時に、結界へ衝撃が走る。
「正面、攻撃を受けました!」
「奇襲だと! あれだけ距離があってか!?」
黒雲で分かりにくいが、前方に鵺がいる。だが、急に姿が見えなくなった。次の瞬間、風雷号の背後に衝撃。
「ヤマト君、後ろに魔獣がいるよ!」
「瞬間移動!?」
まさかとは思うが、黒雲の中を自在に移動できる恐れがある。この雲、なんとか対処できないか。
「風よ、雲を吹き飛ばせ!」
「秘刀術、重ね技、雲刃飛動・有刃無常!」
どうやら、サクラさんも同じ考えのようだ。魔力を消失させ、雲を取り除くつもりだろう。だが俺たちの試みは、失敗に終わる。雲を散らすことはできたが、一時だけだ。すぐに元へ戻ってしまう。
「ヤマト殿、上を!」
「身体に雷をまとっています!」
その状態で、上方からの体当たり。今まで以上の衝撃だ。結界で防いでいるはずなのに、飛空船が大きく揺れた。
「わ、わわ!」
「マリア、気を付けて!」
サクラさんが、体勢を崩したマリアさんを案じている。すぐに風雷号を立て直した。反撃をしたいが、魔獣の姿を捉えることが難しい。
「魔獣を結界内に通しましょう。配置転換します」
サクラさんは最前列に、ピヌティさんは中央に来てもらう。その後ろが俺で、マリアさんは最後方だ。この間にも、鵺の攻撃は続いている。急ぐか。
「ピヌティさんは黒雲の発生に気付いたら、すぐに教えてください。広がる前に、対処します」
「承知した」
完全に広がる前なら、対処できると思う。
「攻撃の中心は、サクラさんにお願いします。マリアさんは、牽制に専念してください」
「お任せを!」
「魔導弾は買ったし、バンバン撃つよ!」
弾を買えたのは、運が良かった。たまたまアキツ国を訪れていた商人が、魔導銃を持っていたのだ。本人の護身用らしい。頼んだら、予備弾を売ってくれた。少し高かったけど。
「それでは始めましょうか」




