79話 妹、弟
朝、布団の中で目が覚める。……まずい、飲み過ぎた。酒は美味かったけどな。上手く頭が回らない。顔でも洗うか。布団を畳み、部屋の隅に置く。着替えてから、洗面所へ向かった。冷たい水に触れると、ようやく意識が覚醒してくる。居間に行こうか。
「おはようございます」
「あら、おはようございます。お早いですね、うちの男どもと違って」
居間の中に入り、炊事場にいるサツキさんとサクラさんに挨拶をした。ムラクモさんとソウセキさんは、まだ起きていないらしい。あの二人は、かなり飲んでいたからな。ムラクモさんは、周りの制止を振り切って飲酒をしていた。
「久しぶりにサクラさんと話して、気が緩んだのですよ。きっと」
「そうでしょうか? 私とは関係なく、騒いでいたと思いますが」
身内の醜態が恥ずかしかったのか、サクラさんが顔をしかめている。
「飲み過ぎは、身体に毒ですよ。夫と息子には、お説教が必要でしょう」
「母上も苦労しますね」
ほのぼのとした母娘の会話です。平和ですね。……今は話し掛けない方が、よさそうな気がする。
「それとヤマトさん。魔力で内蔵強化をしてまで飲むのは、どうかと思いますよ。異空間倉庫からも、お酒を取り出していたでしょう」
「……はい、気を付けます」
気付いていたのか。ソウセキさんに東方外の酒について話したら、ぜひ拝見したいと言われた。それで、こっそり取り出したのだよな。なぜか結構な量が減っていたのは、天使が飲んだ分に違いない。エンジェルズシェアだな!
「身体を労わってくださいね。相当な量を飲んでいましたよ」
だいぶ心配を掛けたようだ。本当に気を付けたいと思う。
「サクラ、ヤマトさんも起きたばかりよ。そのくらいにして、朝食の準備を終わらせましょう」
「そうですね。いったん、話を切り上げます」
そのまま待っているように言われた。お言葉に甘えさせてもらう。二人とも楽しそうだしな。しばらく座っていたら、居間の外から話し声が聞こえてくる。ピヌティさんとマリアさんだな。
「う~、頭が痛い」
「完全に二日酔いだな」
え? マリアさんは、酒を飲んでいなかったはず。
「酒の入った甘味を、食べたのだろう」
俺が異空間倉庫から出した菓子か。帝都ガンベルで良い酒場を探していたときに、たまたま入った店で試作品を貰った。
スルカイタ帝国では、飲酒の目が厳しい場所もある。酒を飲んだ気分になれるよう、開発された菓子だ。言うまでもなく、強いアルコールが含まれている。後聞によれば、酒が効きすぎて失敗作になったらしい。
「彼女の前には、置かなかったはずですが」
「気になっていたようだし、自分で取りにいったのでは」
何度か席も立ったし、そのときだろうか。あ、サクラさんが近付いてくる。コップを持っているな。
「マリア、水を飲んでください」
「ありがとう」
この様子なら、しばらく休めば大丈夫かな。今日は商売に行くつもりだ。マリアさんが不在だと、困ったことになる。
「みなさん、食事ができましたよ。貝の味噌汁もあります。二日酔いに効くはずです。どうぞ召し上がってください」
「ありがたく、頂戴する」
ピヌティさんの視線が、料理に固定されていた。まだ二人、起きてこない。先に俺たちだけで、朝食を呼ばれることになった。いつ目覚めるか、分からないしな。
献立は、ご飯・貝の味噌汁・だし巻き卵・きんぴらっぽい何かだった。緑の野菜が豊富に入っていたけど、味はきんぴらだ。味噌汁に入っていた貝は、シジミに似ていたと思う。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お粗末様でした」
普段より少し時間を掛けた食事だ。他の皆も同じように見える。酒が残っているのだろう。サクラさんが、緑茶を淹れてくれた。食後に茶を啜っていると、満ち足りた気分になるな。
食事が済んで、休息も取った。そろそろ今日の行動を決定しよう。
「まずは積荷の売却ですね。昨日の夜に、ムラクモさんから紹介状を貰いました」
「付き合いのある商店に宛てたものかな」
マリアさんは、無事に復活したようだ。
「地図まで頂いています。至れり尽くせりですね」
「後は欠片の探索か。今日中に発つのは、無理だろう」
方角は分かっても、距離は分からない。出発するのは、準備が整ってからだ。特に糧食。
「食料を買わないと、いけません」
「積荷には日持ちをする食材も、あったはずだ。卸すとき、一緒に注文しよう」
「父の紹介なら、私の知っている店でしょう。案内しますね」
定期的に日用品や食料品を、大量に注文しているとか。秘刀術の訓練では、泊まり込みの修業も多いらしい。そのため道場には、宿泊所や調理場もある。
「生活に必要な雑貨類も、見ておきたいです。倉庫内の予備が、心許ない」
「売却する品も多いし、時間が掛かりそう。あたしの魔導弾も補充したいし」
「今日は商店を巡るだけで、終わるかもしれませんね。私が先導します。町へ行きましょうか」
方針は決まったな。ただ魔導弾は、売っているか分からない。サクラさんの後に続き、外へ出た。門を出たところに、一人の少女がいた。肩で息をしている。着物姿で走って来たのか。しかも結構な量の荷物を持っている。
「お姉ちゃん! 帰ってきたの!? これから、ずっといるの!?」
「落ち着きなさい、ナデシコ。私は一時、帰郷しただけですよ」
やはり妹さんか。髪が短いけど、顔立ちはサクラさんに似ているな。年はいくつか離れているみたいだ。
「……そうなんだ。あ、パパには会った? 元気になったんだよね?」
「父上は元気になりましたよ。こちらにいる、ヤマトさんのお陰です」
初めましてと言いながら、互いに頭を下げる。
「ナデシコです。お姉ちゃん――姉がお世話になっています。ヤマトさん、姉をよろしくお願いしますね」
ご丁寧な挨拶、痛み入ります。失礼にならないよう、俺も折り目正しく接する。どうやらナデシコさんは父親の快復を聞き、急いで荷物をまとめ帰宅したらしい。
「あら、カナタはどうしました? 一緒の場所で、修業していたのでしょう?」
「お兄ちゃんは、もうすぐ来るわ。支度が遅かったから、置いてきたの」
そして彼女は家の中に入る。父親の様子が気になるのだろう。当の本人は、二日酔いでダウンしていたけど。
「ムラクモさんは、起きられると思いますか?」
「母が叩き起こすでしょう」
なるほど。――玄関前で立ち止まっていると、通りの向こうから人影が見えた。
「和服に、大きな荷物。性別は違うが、どことなくサクラに似ているな」
「弟だと思います」
近付くにつれ、はっきりと様子が分かってくる。こちらも連絡を受けてから、慌てて家に戻ったのだろう。
「あ、あねうえ!? どうして、こちらに!?」
「父上が行方不明と聞いて、急ぎ帰ってきたのですよ」
連絡したのは、父親が快復したことのみか。サクラさんについては、触れなかったみたいだ。そういえば、ナデシコさんも驚いていたな。
「それで父上は? 快復したと聞きましたが?」
「今は二日酔いです」
弟さんは、何とも言えない顔をしている。あ、こちらに気付いたようだ。軽く会釈して、挨拶を交わす。互いに紹介が済んだところで、カナタさんは屋敷に入る。
「さて、行きましょうか」
「すみません。弟妹のことで、時間を取られてしまいました」
「大丈夫ですよ。まだ時間の余裕は、十分にあります」
そもそも絶対に今日である必要もない。まずは商談の予約だけということも、考えられるしな。それは紹介状の内容によるか。改めてサクラさんに案内を頼み、商店へ向かった。




