78話 快復、叢雲流秘刀術道場主
部屋の中に入ると、一つ気が付いた。間違いなく、欠片の気配がある。ただ、とても弱い。歩きながら、寝ている男の魔力を探る。人ならざる魔力を感じた。そのまま近付いていくと、男の目が開く。辛そうに、上半身を起こした。
「話は聞いている。貴様がヤマトか。迷惑を掛ける」
「お気になさらず。今から、解呪魔法を試させてください。背中に回りますよ」
声を掛けてから、後ろに回っていく。背中に手をかざし、解呪魔法の準備を整える。欠片の影響を抑えるためか、全身に魔力が満ちている。このままだと、解呪魔法が届きにくい。
「身体強化を止めてください。俺なら影響を受けませんので」
「……そうか。分かった」
言葉と同時に、魔力が弱まる。やはり欠片の気配だ。すぐに回収しよう。俺は意識を集中し、魔力を高める。
「欠片にすぎないお前は欠片に返れ!」
――我は汝を片割れに導かん――
欠片の声が聞こえた。だが今までと、内容が違う。そして俺の目前には、一つの賽が出現した。六面体のダイスが、静かに空中で動いていく。やがて賽は動きを止め、一の目が黄色く光る。
「これは、一体?」
「どうやら、ここにあるのは半分だけみたいですね。もう片方の場所を、示しているのだと思います」
俺は異空間倉庫に、賽をしまった。必要なときだけ、出せばいい。
「身体の具合は、いかがですか?」
「む、ああ。今は何の問題もない。感謝する」
この様子だと、本当に大丈夫そうだな。魔力の流れも、異常なしだ。すぐに外の二人へ知らせよう。
「家族の方も、心配していました。部屋の前にいますので、呼んできましょう」
「いや、私が外に出る。少し疲労が残っているが、病人ではないからな」
部屋の外に視線を送る。サクラさんとソウセキさんが、心配そうに見ていた。
「もう入っても、構いませんよ。影響の原因を、排除しましたので」
「真か! 親父殿、ご無事でしょうか!?」
まっさきに入ったのは、ソウセキさんだ。少し遅れて、サクラさんも続く。
「父上、心配しましたよ」
「二人とも、心遣い感謝する。ヤマト。よければ今日は、家に泊まってほしい。礼をしたい」
せっかく家族が揃ったのだ。断った方がいいかな。客の出迎えがあったら、落ち着いて話ができないだろう。
「それがいい。拙者も話が聞きたい」
「ヤマトさん。ぜひ泊まってください。感謝と歓待を兼ねて、とっておきの御酒を用意するつもりですよ」
「お世話になります!」
人の好意を無下にするのは、極めて不遜な行為だ。礼儀に反する行動は、厳に慎むべきである。
「……泊まってくださるなら、良しとします」
サクラさんが、少し呆れているような。うん、気のせいだな!
それから最初に案内された客室へ戻る。大きい机を囲み、全員が座った。
「改めて名乗らせてもらう。叢雲流秘刀術の道場主を務めるムラクモだ。娘が世話になっている。ヤマト殿には、私自身が助けられた。感謝申し上げる」
「サクラさんには、こちらこそ助けられています。解呪の件は、お気になさらず。できることを、しただけですので」
欠片の手掛かりも得られたしな。こちらが礼を言いたいくらいだ。ムラクモさんは、丁寧に頭を下げる。礼儀正しい方だな。
あれ、礼儀? 忘れるところだった! 断りを入れてから、異空間倉庫を開く。一つの箱を取り出して、差し出した。
「遅くなりましたが、ほんの気持ちです。お口に合うと嬉しいのですが」
「これは、ご丁寧に。ありがたく頂戴する」
ムラクモさんは礼の言葉を述べて、箱を受け取った。中身はカイス王国の特産品で、日持ちのする菓子類だ。
その後は旅先における、サクラさんの様子を話した。しばらくは穏やかな会話が続く。やがて話題は、俺自身のことに移る。出身や家族構成などを聞かれた。身内からしたら、若い男と一緒に旅をしているのだ。気にするのは当然だと思う。
「俺は異世界の出身です。この世界に家族はおりません。ただ一度は故郷に戻り、実家へ顔を出そうと考えています」
「異世界に渡る気なのか。当てはあるのかね」
ムラクモさんの質問に対し、はっきりと肯定した。ソウルスキル・飛空船創造についても話す。サクラさんの家族には、全てを話すと決めていた。事前に皆と相談してある。隠し事をすることで、気軽に家族と話せなくなるのは悪いからな。
「人型飛空船だと! それは素晴らしい!」
「飛空船発着場まで来ていただければ、お見せしますよ」
正確には発着場の格納庫までか。そして竜人船で居合術を試していると伝える。まずは自分自身が使えるように、修業中とも。
「ならば形稽古用の鞘付き木刀を使うといい。後ほど持ってくる。実戦には使えないが、居合の鍛錬には最適だ」
「ありがとうございます」
そんな物があるのか。魔導通信販売機にも、あったのかな。俺は使わないようにしていたから、よく覚えていない。見ていると、金を使いたくなる。今の財政状況だと、少し厳しい。
「居合用の木刀なんて、昔は家に無かったですよね。少なくとも私は見たことがありません」
「最近になって、導入した。ソウセキの希望だ」
「拙者、剣の道を広く伝えたい。そのための第一歩でござる」
なぜソウセキさんだけ、時代が掛かった話し方なのだろう。
「実戦ばかりが、剣ではないと言ってな。訓練も刃引きした刀から、木刀に変えたいと主張している」
「兄上は相変わらずですね。その作った口調も。再会したときは、わりと素の話し方でしたけど」
「父親が快復して、安心したのでしょう。演技する余裕を、取り戻したのよ」
あれは演技だったのか。
「拙者には、伝統ある侍を守る使命があるのでござる」
「訓練の方法を変えるのはいいの? 伝統を守るなら、昔ながらの方式を続けそうだけど」
マリアさんが疑問を口にした。
「変化しないことが、伝統ではござらん。和の真髄は、合わせること。より良い思想や文化を取り入れることが、肝要でござる」
「ソウセキの言い分にも、一理あってな。秘刀術は、複数の道場で修業するのを推奨している。他流派の優れた技術は、どんどん取り入れる考えだ」
けっこう柔軟な対応をしているのか。サクラさんが円満に旅へ出発できたのも、外の文化を取り入れる気質があったからかもな。
「いけない! そろそろ晩御飯の準備をしないと。今夜は御馳走よ。早めに用意する必要があるわ」
「母上、夕餉の支度なら手伝います」
「ありがとう、ソウセキ」
二人が立ち上がり、炊事場へ向かった。もう、そんな時間か。
「ヤマトさん達は、部屋へどうぞ。荷物は大丈夫ですよね」
「最低限の物は、異空間倉庫から出しますよ」
数日ほど泊まれる分の日用品は、常に倉庫へ入れてある。着替えを預かるときは、少し気まずかったけど。それからは部屋で寛がせてもらった。今から商売や探索に行くには、時間が足りないからな。
日が暮れて、夕食の時間が訪れる。目の前には、豪勢な料理が並んでいた。一流の料亭で出されるような、本格的な和食だ。
「これは、凄いな」
「うん、凄い」
ピヌティさんとマリアさんが、目を丸くして驚いていた。言葉を失っているな。
「カナタとナデシコは、いないのでしたね」
「二人とも他の道場で、泊まり込みの修業中よ」
サクラさんの弟と妹だな。話だけは聞いている。ムラクモさんが静養中で道場を一時閉鎖したため、修業に出したらしい。大罪の欠片から、遠ざけたかったのだと思う。聖化粧術を修めた母親や、秘刀術免許皆伝の兄ほど実力はない。万が一を考えたら、不在の方がいいと判断したのだろう。
「明日の朝、連絡がいくように手配したでござる」
「それなら昼を過ぎた頃には、帰ってくるかもしれませんね。しっかり姉として、出迎えましょう」
さて、食事だ。そして晩酌の時間でもある。最後に飲んだのは、一ヶ月くらい前だったか。今日は存分に楽しませてもらいます。




