75話 救助、二人の鍛冶師
東方空域に入った。目印があるわけではない。ただ明確に、未開空域とは違う。そんな雰囲気を感じる。
「ところでサクラさん。現在地、把握できますか?」
「いえ。周囲に浮島もありませんし、分かりません」
まあ、そうだよな。ひたすら未開空域を、東に進んでいただけだ。魔獣との交戦もあり、想定した航路を大幅に外れているだろう。
「なら北に向かいましょう。ピヌティさん。前方を重点的に、観察してください」
「陸地を探せば、いいのだな」
「お願いします」
ただ結界が張られていると、近付かなければ見えない場合も多い。俺も気を付けて、見逃さないようにしないとな。しばらく一直線に北へ進んだ。数時間が経ち、ピヌティさんが声を上げる。
「前方に船だ! 様子がおかしい! ふらついているぞ!」
「急行します!」
風雷号を加速させ、船に急ぐ。俺の目でも確認できた。あれは和船か。大きさは中型船くらいだな。
「二人が乗っている!」
「大変だわ、急がないと! でも強力な魔石が、残ってないよ!」
「ある分だけで、なんとかしましょう!」
未開空域で散々、使ったからな。残りが少ないのも、当然だと思う。
かなり遠くだけど、船の様子を確認したい。この距離で魔力探知、いけるか? 俺は意識を集中し、魔力の動きを掴む。
「制御装置に、魔力の乱れを感じました。浮力機能は大丈夫のようです。これなら墜落の心配はありません」
「良かった! でも急ぎましょう、ヤマトさん! これから、どうなるか分かりません!」
サクラさんの意見に賛成だ。急ぐに越したことはない。能う限り急いで、和船に向かった。
どうやら相手方も気付いたようだ。
「おーい! 助けてくれ! 船が故障したんだ!」
「お願いします!」
男性と女性の二人連れ。ともに若いな。マリアさんと、同じくらいだろう。身長も高くない、小柄と言える。俺は風雷号を、和船の横に着けた。
「乗ってください!」
「助かった!」
「助かったわ!」
二人が乗ったのを確認し、和船の前方に回る。用意しておいた魔導索条を使い、二艘の船を結び付けた。魔力を流し、二艘を同調させる。これで曳航の準備が完了した。船も安定しているな。以前の訓練が役に立った。シルドさんに感謝だ。
とりあえず話を聞こうと思ったけど、二人とも顔面蒼白だ。よほど怖かったのだろうな。当たり前か。墜落したら、ほぼ助からないのだから。俺は異空間倉庫から、小型の机と椅子を取り出した。
「どうぞ座ってください。落ち着いたら、事情を聞かせてもらえますか?」
勧められるまま、二人は椅子に座る。魔法で生成した冷たい水を出すと、ゆっくりと飲み干した。どうやら一息ついたようだな。
「助けていただき、ありがとうございました」
「誠にありがとうございます。あのままだと、私たちの命はありませんでした」
「お気になさらず。困ったときは、お互い様ですよ」
まずは自己紹介が必要か。互いに名乗り合う。二人の名前はタツオさんと、ユリエさんだ。和風な名前だな。それに服装も和服のように見える。東方、アキツ国の人だろう。黒髪黒目も共通している。二人とも小柄ではあるが、意外と筋肉が付いているみたいだ。
「よろしければ、近くの町まで送りますよ。どこか希望は、あるでしょうか?」
「あの。できればスンシュウの町まで、行っていただけませんか」
「ご迷惑かと存じますが、どうかお願いいたします」
ほぼ同時に二人が立ち上がり、深く頭を下げる。偶然にもスンシュウとは、サクラさんの故郷だ。つまり俺たちの目的地でもある。
「希望は承りました。ところで方角と距離は分かっているのですか?」
「それは大丈夫です! 漂流しながらも、方向は見失っておりません! 俺が常に現在地を把握していました!」
それなら、ちょうどいいか。パイロット――水先案内人として雇ったと思おう。この場合、空先案内人と言うべきなのだろうか。
「俺たちもスンシュウの町を、目指していたところです。そこまで送る代わりに、場所を教えてください」
「ありがとうございます!」
「貴方は俺たちの恩人です! 全力で案内させてください!」
勢い込む二人を宥め、心が鎮まるのを待つ。
――少し落ち着いたようだ。改めて詳しい話を聞く。
「私たちは新迷宮の発生を聞いて、生まれ故郷を離れました」
「しかし途中で船が故障し、舵が効かなくなったのです」
どうやら家の倉庫にあった、廃棄予定の飛空船を持ち出したらしい。自分たちで修理したとか。
「俺とユリエは、互いに鍛冶師の家系で生まれました。元は同門でしたが何代か前に仲違いして以来、険悪な関係となったらしいです」
「私の家は刀や装飾品などを、主に扱っています。昔は刀鍛冶だけでしたが、最近では魔導装飾品なども作り始めました」
「俺の家では、農具や工具が多いです。元は刀鍛冶師だったのですが、片手間に始めた方が評判になりました。それで今では農工具を、主に製作しているのです。もう刀は作っていません」
つまり刀鍛冶の一門だったが、時代と共に方向性が変わったと。
「刀鍛冶と装飾品は、分野が違いすぎる気がしますね」
「祖父の代で高名な細工師の一族と、婚姻関係を結びました。それから両方を製作することになったと聞きます」
さらに話を聞くと先代が魔導師の修業をして、装飾品に魔力を込めるようになったらしい。
「細工や魔法を取り入れたのが、気に入らなかったのでしょうか。特に俺の母親が、ユリエの家を毛嫌いしていますよ」
「一方で私の父親は、タツオの家を強く非難しているのです。なんでも刀鍛冶を完全に捨てたことは、先祖を侮辱する行為だと」
そんな家の雰囲気に嫌気が差し、二人は町を出ようと思ったとか。そんな折り、新しい大規模迷宮の噂を聞く。鍛冶師の需要も高まるだろうと、勢い任せに出発したみたいだ。
「それで廃棄寸前の飛空船に乗り、遭難ですか」
「お恥ずかしい限りです。俺の見込みが甘すぎました」
「船を修理しようと言ったのは、私なんです。考えが足りませんでした」
飛空船の修理は、専門知識が必要だからな。独学では辛いだろう。それはともかく、サクラさんの父親について話を聞きたい。ただ風魔法で情報を共有している。聞き方には、気を付けたい。
「ところで大規模迷宮について、話を聞かせてもらえますか。一人、行方不明者が出たとか」
「道場主の方ですよね。一週間前、生存の確認が取れたと聞きました」
「本当ですか!?」
サクラさんが、声を張り上げた。急いで、こちらへ向かってくる。
「詳しく教えてください!」
「えーと。魔獣に襲われた際に、村の結界内に魔獣を閉じ込めたみたいです。それで村人が逃げる時間を稼いだとか」
それだと村の中に、一人で取り残されないか。非接触型の結界魔道具は、数が多くない。一つ一つの村に置けるとは思えないけど。
「その結果、一人で村に残ったと聞きました。それから緊急避難用の砦に立て籠もり、少しずつ魔獣の数を減らしたらしいですよ」
「道場主の方は、町に戻ったのでしょうか?」
サクラさんに代わり、俺が問い掛ける。
「帰られたそうですよ。今は道場で静養されているとか」
「無事なら安心しました。良かったですね、サクラさん」
「ええ、本当に」
タツオさんとユリエさんが、怪訝な表情を浮かべている。
「その道場主は、私の父です。情報提供、ありがとうございました」
「そ、そうでしたか」
しかし静養か。まだ完全に安心はできないよな。言葉には出さないが、これから悪くなる恐れもある。できる限り、急ごう。
そして丸一日、飛び続けた。ようやくスンシュウの町が見えてくる。入国の手続きに時間が掛かるかもしれない。そのときはサクラさんだけ、先に行ってもらうつもりだ。




