73話 出立、船は東に
夢幻島を後にしてから、約1ヶ月。ここまでは順調だった。適度に町へ寄り、道中で討伐した魔獣の素材を納品する。東方よりも高く売れそうな、いくつかの商品を売却した。マリアさんの主導で、仕入れた品もある。
入国管理局、その一室で担当者の男と向かい合う。身分証を提示して、国内を通過したい旨を告げる。俺以外の四人は、風雷号で待機中だ。ここから先は、カイス王国の影響が小さい。国内に入るのも大変だろう。
「ここの通過は認められません」
開口一番、入国を拒否される。まさか入るのが大変どころか、門前払いになるとは。だけど、簡単には引き下がれない。
「何か事情があるのですか?」
「詳細は我々にも伝えられておらず、説明もできません。大変恐れ入りますが、何卒ご容赦ください」
不可解な話だ。入国不可は分かる。だけど一切の説明が無いとは。真実かは分からないが、担当者も知らないという。重大な事件でも、起きているのだろうか。
それよりも問題は対応だな。他の国から入り、別のルートで東方へ向かうしかないか。安全な航路は、ここの大陸同盟が管理しているらしい。他国で情報を集めるとしよう。
「また入国規制は、大陸全土で行われています。どこの国へ向かっても、入ることはできません」
「そ、そうですか」
先を読んだように、否定の言葉が発せられた。まあ大半の人間は、俺と同じことを考えるだろうからな。
「特に非同盟国の王侯貴族及び、関係者は絶対に通すなと厳命されています。貴方の身分保証元に、カイス王家が入っておりました。間違いなく、許可は下りないでしょう」
つまり敵対する恐れのある国には、知られたくない事情があるのか。関係者の範囲も気になるけど、今は目的を優先しよう。
「東方へ向かっているのですが、方法はありませんか?」
「ここからですと北へ向かい、大きく迂回するしかないと思います」
それしかないか。安全な航路だと、まず北の大陸まで行く。そこの支配空域を横切り、東方へ向かう。この大陸の南は、大半が未開空域だしな。引き返すことも、考えるべきかもしれない。
「ところで貴方の目的は、東方の新迷宮でしょうか?」
「いえ、商売に行きます」
行商に行くことは、はっきり伝えておく必要がある。手続きの種類が異なるからな。それより今、気になる言葉を聞いた。
「すみません。新迷宮とは何でしょうか?」
「おや? カイス王国までは、噂が届いてなかったのですか。アキツ国の本浮島で、大規模な迷宮が発生しました。少し前の話だったと思います」
最後に町へ寄ったのは、一週間くらい前だったはず。そこでは迷宮の噂を聞かなかったな。
「町や村に影響は、ありましたか?」
「いくつかの村が、移転することになったそうです。今のところ死者や重傷者などは、いないと聞きました」
つまり軽傷者は出たのか。大規模だと言っていたし、迷宮付近の地域一帯が影響下にあるのだろう。
「それなら少しは安心ですね」
「なんでも魔力の乱れが激しい地域らしく、いつか迷宮が発生すると言われていたみたいです。そのため優秀な部隊を、駐屯させていたとか」
へえ。それで速やかに、避難ができたのかな。
「さらに民間の腕利きも、多いと聞きます。また東方に伝わる武技、秘刀術の道場も盛んです。ただ気になる点が一つ」
「なんでしょうか?」
「村人を逃がすために、秘刀術の道場主が囮になったそうです。今でも所在不明だとか」
少し嫌な予感がしてきた。まさかとは思うけど、確認しておくべきだろうか。
「あの。道場主の方ですが、名前は分かりますか?」
「叢雲流秘刀術のムラクモ殿だな」
……間違いない。叢雲流秘刀術は、サクラさんの実家で教えている流派と聞いた。そこの道場主なら、彼女の父親だろう。ムラクモというのは、流派を興した者の名前だ。代々の当主が襲名する。現時点で、引き返すという選択肢は消えた。
「な、なるほど。ご丁寧にありがとうございます」
とにかく一度、皆に話を伝えた方がいいな。ただ、サクラさんの判断が読めない。戻りたがるだろうけど、無理して主張しない気もする。
風雷号、休憩室。重要な話をするときは、この部屋を使うときが多い。……会議室を用意するべきだろうか。俺は担当者に聞いた話を、できるだけ感情を交えずに伝えた。
「――それで、どうします。北か、南か」
「話は分かりました。未開空域を通るのは、危険すぎです。ヤマトさん。北まわりで東方へ、向かってもらえますか?」
「構いませんが、よろしいのですか?」
本人が危険を避けたいなら、それで話は終わりなんだけど。俺たちに気を遣っているのは、間違いないだろう。
「安全には変えられません」
「なんとか、ならないのかな。風雷号なら、南からでも行けない?」
マリアさんは、南まわりを希望か。絶対に不可能とは言わない。ただ難しいだろう。なによりサクラさんが反対すると思う。それで誰かがケガでもしたら、彼女が気に病む。
「大半の未開空域には、その地方をまとめる主がいます。迷宮と同じ状態ですね。侵入すれば、一斉に襲われる恐れもあるでしょう」
「徒党を組んだ魔獣と戦う必要があるからこそ、未開の地となっているのだろう。その上で、南に向かうなら賛成する」
空域を放置している、もっとも多い理由だな。それを分かっていても、ピヌティさんは南まわりに賛成か。
「あ、ヤマト君はどうなの?」
「南から行く方を推します」
「え!?」
サクラさんが驚きの声を上げた。
「なら多数決だね! 南に決定!」
「よし、準備を進めるか」
多数決は十分に話し合ってからの、最後の手段だ。ピヌティさんもマリアさんも、理解した上で押し切ろうとしているな。
「待ってください、ヤマトさん! あなたは船長ですよ! 乗組員の安全を、第一に考えるべきです!」
「少し落ち着きましょう。ちゃんと説明します。まず安全を第一にと言いましたけど、その考えには反対です」
チーム結成の登録をしたとき、正式に船長として申請した。反対者もなく、迅速に決まったな。
「安全だけを求めるなら、国を出ることもありません。町に根を下ろし、日々を堅実に生きる。立派なことでしょう。この場にいる皆は、事情は異なれども安全とは別の何かを求めているはずです」
「それは、そうだと思いますが……」
不要なリスクを負う必要は無いが、今回の件だと話が違う。メンバーの家族が、行方不明になっているのだ。
「いずれ俺は魔獣の素材を求め、未開空域に挑むつもりでした。少し時期が早まっただけとも言えます。サクラさん、俺に力を貸してくれませんか?」
「……ずるいですよ。そんな言い方をされたら、断れません」
よし、納得してくれたな。サクラさんは、全員に向けて頭を下げた。
「ピヌティ、マリア。本当に危険ですが、よろしくお願いします」
「気にするな、任せてくれ」
「困ったときは、お互い様だよ!」
「ありがとうございます」
なんとか円満にまとまったか。サクラさんが、こちらに視線を向けている。
「ヤマトさん。あなたが未開の地で魔獣と戦うとき、必ず一緒に行きますから!」
「お願いします」
力を貸してくれるのなら、ありがたい。あとは未開空域を、渡る方法を決めよう。単純に考えると二択だよな。隠蔽結界を張りつつ慎重に行くか、見つかるのを前提に最大速度で突っ切るか。
どちらも一長一短がある。隠蔽結界は飛行速度が落ちること、見つかったときの危険が大きいことが欠点だ。利点は警戒を十分にすれば、安全を維持したまま進めることだな。
一方の強行突破は、必ず魔獣と交戦するだろう。ただし上手く魔獣を引き離せれば、短時間で東方に着く。
結局、強行突破に決まった。どちらも危険があるなら、時間を最優先に考える。魔獣の攻撃を回避しつつ、一直線に進む。進路上の魔獣は、討伐または最小限の動きで避ける。決行は明日。しばらく休む暇は、なさそうだな。




