62話 サシ飲み、サクラさんと
俺は夜の街を歩いている。サクラさんも一緒だ。彼女は紫色の着物に、髪を赤色のリボンでまとめている。このリボンは、数日前に誕生日の贈り物として渡した。着物に合いそうな品を、選んだつもりだ。さっそく身に着けてくれている。
サクラさんの様子を窺う。今日は通常の化粧をしていた。聖化粧術以外で見るのは、滅多にない。戦闘が予想されるときは、普通の化粧品を使わないからだ。
「もうすぐ着きますよ」
「楽しみです!」
しばらく歩き続け、一軒の店に到着する。中へ入り、予約をしてあると告げた。店員に奥の個室へと案内される。青白い照明に、無音の空間。壁には魔導放映板が置かれているが、音の無い映像だけが流れている。空島の景色が映されていた。
「静かで落ち着いた雰囲気……良い、お店だと思います」
「偶然、見つけたんですよ」
半分は嘘で、半分は本当だ。せっかく飲みに誘うのだから、良い場所で飲みたい。かなり力を入れて探し、ようやく見つけた一軒だ。そもそも帝国だと、食事処でアルコールを提供しない店も多い。専門の酒場を探す必要があった。
最初に麦酒と肴を注文する。この店はカクテル系も充実しているが、それは後にしようと思う。すぐに麦酒は届いた。軽く杯を打ち合わせる。
「改めまして、誕生日おめでとうございます。そのリボン、身に着けてくれたのですね」
「私のお気に入りに、なりました。ありがとうございます」
気に入ってくれたなら、なによりだ。ふと魔導放映板が視界に入る。いつの間にか映像が切り替わっていた。
「見てください。中型船大レースの様子が映ってますよ」
「録画された映像ですね。帝国では普通にある技術と聞いて驚きました」
かつての帝国は、魔法技術の発達が遅れていた。原因は過去に発生した、大規模な魔力不足だ。魔力の不足を補うために、同盟国から科学技術を取り入れることになる。そして魔法技術と合わせることで、独自の魔導科学を発展させていった。
「過去の競技会を見ることができるのは、嬉しいです。船を飛ばす参考にもなりますし」
「魔導放送局から、魔導放映板を頂きましたよね。あと風雷号が参加した競技の記録映像も」
予選通過者に限り、参加した競技の記録映像が送られる。厳密に言うと、魔導放映板は大会の運営本部から貰った。人命救助の褒章として、金一封と一緒に。実物を用意したのが、魔導放送局だ。
「字幕を見てると、実況や解説の難しさが分かります」
「きっと大変な仕事ですよ。少なくとも、私には難しいでしょう」
映っているのは、中型船大レースの名場面集だな。風雷号も何度か見掛けた。純粋な記録映像とは違い、わりと新鮮だ。見ていると、かなり危険な場面もある。
届いた料理を口に運びながら、互いに感想を伝え合う。サクラさんとは、味の好みが似ている。違いは俺の方が少し辛味を好むくらいだな。追加で麦酒や烏伊思幾を注文したが、すでに杯は空になっている。そろそろカクテルを頼むとするか。メニューを眺めながら、口を開く。
「ここは異世界のカクテルもあるのですよ。なんでも異世界人が残したレシピを買い取り、味を再現したとか。さすがに代用した材料もあるみたいですが」
「カクテルと一口に言っても、たくさん種類があるのですね」
「よければ、俺のオススメを注文しましょうか」
問題ないそうだ。店員に呼び掛け、注文を済ませる。さほど待つことなく、深い紅色をしたカクテルが届いた。
「見た目が、凄く綺麗ですね」
「これはチェリーブロッサムという名前のカクテルです。桜の花をイメージしたと聞きました」
聞きかじっただけだから、本当かどうかは知らない。ただ美しいカクテルなのは分かる。互いに視線を交わし、頷きあう。ほぼ同時に、杯へ口を付ける。
「美味しい」
「ええ、美味いですね」
二人で静かに酒を飲む。値千金の時間だ。唐突にサクラさんが口を開く。
「……ヤマトさん。私ね、自分の名前が嫌いだったんです」
「そうなのですか? 綺麗な名前だと思いますが」
「そう。綺麗な名前で、故郷では人気のある名前でした」
サクラさんは、遠い目をしながら語り始める。きっと故郷で過ごした日々の記憶を、思い出しているのだろう。
「どこに行っても、同じ名前の人がいる。それが嫌でした。自分を見てくれているのか、分からなかったからだと思います。故郷を出た理由の一つですね」
俺は無言で先を促す。
「旅に出てから少し時が経ち、ある場所で桜の群生地を見ました。そのとき初めて桜をしっかりと見た気がします。苦手意識があり、ずっと桜から目を逸らしていましたから」
「そのときに見た桜は、綺麗でしたか?」
「とても綺麗でした。そして誇り高く咲いていた。それから自分の名前が、苦手ではなくなりました。好きだとは言い切れませんでしたが」
一歩、前進したのだな。自分の名前が苦手だと、いろいろと大変だろう。前向きに考えられたのなら、素晴らしいことだ。
ふとメニューの解説が目に留まる。チェリーブロッサムのカクテル言葉が書かれていた。印象的な出会い。二人で最初に飲むカクテルに、ふさわしいと思う。俺はサクラさんに、その言葉を伝えた。
「印象的な出会い――初めて会ったときは、ご迷惑をお掛けしました。本当に申し訳ありません」
「あの状況では、仕方ないと思います。誰が悪いわけでも、ありませんよ」
強いて言うなら、俺の運が悪かったな。空魚に襲われなかったら、入国の際に説明を受けるはずだった。まさか腕に巻いた黄色の布が原因で、刃を向けられるとは思わないだろう。
「チェリーブロッサム。私、このカクテル好きです。そして自分の名前も、好きになれた気がします。ヤマトさんの、おかげです。ありがとうございました。あなたと出会えたことに感謝します」
「俺もサクラさんと会えて、良かったですよ」
そろそろ次の注文をするか。せっかくだし、色々と試してみることを勧めた。俺は辛口の酒を頼む。サクラさんは烏伊思幾をベースにしたカクテルを頼んだ。
「ところで、成人前の女性が一人旅ですか。よく家族が許してくれましたね」
「父上から『儂から一本、取ったら許可してやる』と言われて、四年ほど前に達成したのです。それから準備をして、旅に出ました」
四年前だと十六歳くらいだよな。そこまで早かったのは、父親も予想外だったのではと思う。
「故郷から帰ってこいとか、言われないのですか?」
「その、何度か手紙のやり取りをしましたが……」
そこまで言葉を発して、言い淀む。
「どうしました? 滅多にない機会です。言いにくいことでも聞きますよ」
「二十歳になったら、一度は戻ってこいと。身内で集まり、成人の儀をするとか」
つまり成人式か。それは呼び戻すだろう。重要な儀式のはずだし。ちなみに俺は成人式に行ってない。連絡も無かったのは、なぜだろうか。
「それなら故郷――東方まで送りますよ。今の風雷号だと、夢幻島から二ヶ月前後で着くはずです」
連絡船だと最低でも三ヶ月は掛かる。乗り継ぎを含めると、もっとだな。
「しかしヤマトさんは、夢幻島の開拓があるでしょう。往復で四ヶ月も拘束してしまうのは、気が引けます」
「開拓と言っても、直近ですることは魔道具の回収くらいです」
大岩の上にあった魔道具のことだ。帝国で入手した素材で、十分な強化ができた。おそらく湖の底までいけると思う。
「それと東方への行商をする予定です。そこで儲けが出れば、俺も助かるので」
「そういうことなら、お言葉に甘えさせてください。よろしくお願いします」
二人で勝手に決めているが、方針としては問題ないと思う。あとは皆の都合や、時期を考えて行動しよう。品物の仕入れもあるし、三ヶ月後に出発を目標にするか。それからも話をしながら、酒を頼んでいく。――少し飲み過ぎたかも。そろそろ終わりにする時間か。
「最後に一杯だけ、頼みましょうか」
「それなら私はチェリーブロッサムを、お願いします」
俺も同じものを頼んだ。最後に乾杯をし、店を出る。誕生日の祝いを兼ねているため、支払いは引き受けた。二人で風雷号に帰る。
「今日はありがとうございます。忘れられない誕生日になりました」
「よかったら、また二人で飲みに行きましょう」
挨拶を交わし、部屋に戻った。今回の改造で、各寝室にも風呂・トイレ・洗面台などを設置してある。軽くシャワーを浴びて、横になった。まだ寝るには早い時間か。
スルカイタ帝国では、様々なことがあった。初めて見る風景に、新しい出会い。次に行く予定の東方では、何が待っているのだろう。




