41話 発症、生ける屍(ふつかよい)
宴会、翌日。休憩室内。半数は生ける屍となっていた。
「酒は飲んでも飲まれるな、この言葉を知っていますか。人に飲まれるくらいなら自分で飲め、という意味ではありませんよ」
「当たり前です。あなたは何を言っているのですか」
サクラさんに呆れたような視線を向けられる。当たり前だったのか。少し前まで勘違いしていた、とは言えない雰囲気である。誤解に気付いたのは『酒は飲んでも呑まれるな』という表記を見て、辞書を引いたから。俺も酒に呑まれないように、気を付けたいと思う。
「昨日の調査で、安全地帯内に危険は無いと分かったからな。少し箍が外れたのだろう」
グランザードさんが頭を押さえながら、呟いた。安全地帯も、絶対とは言い切れない。島に来てから、ずっと緊張していたのか。実際に結界を調べたら予想以上に安全だった。それで気が抜けたのだな。
「まだ食料には、多少の余裕があります。午前は休みにしましょう」
「すまんな、皆に伝える」
伝えるとは言っても、頭に入るだろうか。半数は潰れている。そこまで酷くない人も、かなり酒が残っていたな。まともに聞けるのは、バイオレット様くらいだと思う。あ、マリアさんは最初から飲んでいない。朝に弱いだけかな。アクスさんも大丈夫か。まあ皆、時間が経てば起きるだろう。俺は予定通り、訓練をしよう。
「サクラさん、用意ができたら訓練を始めましょうか」
「大丈夫です。準備万端ですよ!」
まあ、そうだとは思った。期待に胸を躍らせる様子で、こちらを見ていたから。二人で船から降りる。
「最初の訓練です。中型飛空船二艘を維持したまま、竜人船トライバスターを召喚します。倒れるかもしれませんが、よくあることです。お気になさらず」
「よくあるのは、どうかと思います。気を付けてください」
魔力の使い過ぎで倒れるのは、修行中の魔導師なら一度は経験することらしい。そして師から注意される。俺だって何度も倒れたくはない。意識を集中した。
「召喚、竜人船トライバスター!」
魔力が大きく消費される。さすがに二艘と同時に運用するのは厳しい。なんとか倒れずに、持ちこたえる。そして光と共に、赤い人型飛空船が出現した。
「これが噂に聞いた人型兵器か!」
「人型飛空船です」
「そ、そうだったな。人型の飛空船だ」
船から降りてきたアクスさんが、感嘆の声を上げた。人型の飛空船であることは全員に伝えている。
「ヤマトさん。毎回、船を強調されますね。大変でしょう」
「仕方ありません。俺のソウルスキルは、飛空船を創造する力ですから」
人型兵器と言われると、どうしても船を想像しにくい。自分を納得させるために必要な儀式だ。
「今日は休みらしいな。見学させてもらうぞ!」
「構いませんよ。船から見える場所で、訓練をしますので」
もう少し慣れないと、遠出は怖いからな。
「次の訓練目標ですが、そろそろ徒歩移動に挑戦したいと思います」
「え? 今までも歩いていましたよね?」
「見掛けは足を動かしていますが、飛翔能力を使って移動させていたんですよ」
徒歩よりも飛行の方が、難度が低かった。歩かせようと意識をしても、竜人船が上手く動かないのだ。でも飛翔なら、かなり滑らかな動作も可能となる。転移扉は空中にあるし、歩かせる必要は無かった。
だけど操縦訓練にもなるし、今は徒歩での移動を練習しよう。数歩、移動させて止まる。よし、いい感じだ。何度か繰り返し、調子を確かめる。それからも、少しずつ動きを試していった。上手く動かせている。このまま速度を上げようと思った瞬間、身体が投げ出されるような感覚に襲われた。
「サクラさん!」
「きゃっ!」
彼女の身体を抱えると、すぐ防御魔法を発動した。大きな音を立てて、竜人船が正面から倒れる。サクラさんは無事だろうか。俺の上に倒れ込んでおり顔が近い。頬が赤く染まっているようだ。
「すみません。あの、大丈夫ですか?」
「はい! 問題ありません!」
慌てて立ち上がろうとするサクラさんを止めた。
「このまま竜人船を起き上がらせます。急な動きでない限り、操縦席の保護魔法で態勢が大きく崩れることはありません」
ただ転倒で態勢が崩れるのなら、もっと激しい動きも同様だろう。改良の余地があるな。おっと、それは後にするか。今は態勢を整えよう。魔力を操り、竜人船を慎重に立たせる。抱きしめたままのサクラさんを解放した。
「一度、休憩しましょうか」
「そ、そうですね」
竜人船から降り、深く息を吐く。近くに大岩が見えた。動くことに気を取られ、足下が疎かになっていたのだろう。
「難しいものですね」
「まだ始まったばかりでしょう、ヤマトさん! 最初のころに比べれば、ずいぶん向上していますし」
それは確かに。最初は酷かったからな。足を出すのも、ぎこちなかった。飛翔中だと足を動かすのは、そんなに難しくないのに。
「ヤマト、紅茶を淹れました! 少し休憩にしませんか?」
「ありがとうございます。バイオレット様!」
よし休憩にするか。サクラさんと一緒に、風雷号へと戻る。甲板に机が置かれ、紅茶の準備が整っていた。
トリアさんが机に突っ伏しているのは、気にしないことにする。
「……バイオレット様の……麗しき手で……淹れられた……甘美なる……紅茶……逃しません……」
気にしないことにした。呼び方がバイオレット様になっているのも気にしない。そのうち落ち着くだろう。
「冷めない内にどうぞ」
「いただきます」
俺は遠慮なく、紅茶を喫する。上品な味わいが口の中に広がった。すりおろした青ショウガも入っているようだ。心安らぐ香りと合わせて、身体の疲れが癒されていく。
「さあ、サクラも」
「ありがとうございます」
勧められるまま、サクラさんも紅茶を飲む。口に合ったようだ。表情が和らいでいる。
「……私も……いただきます……ああ……五臓六腑に……染み渡ります……」
「トリア、顔色が悪すぎるわ。飲み終わったら、休みなさい」
そこまでしてバイオレット様の紅茶が、飲みたかったのか。これから、いつでも飲めるだろうに。チャンスを逃さないという気概を感じた。
お茶請けに手を伸ばしながら、紅茶を堪能する。ゆったりとした時間が、静かに流れていく。生きる活力になるな。
「ところでヤマト。竜人船の最大火力は、どのくらいなのですか?」
「言葉で説明するのは、難しいですね」
実際に使用したのは、数えるほどだからな。上手く説明できるか、自信が無い。見てもらう方が早いと思う。
「あとで、お見せしましょうか?」
「お願いします。開拓計画にも、影響があるかもしれませんので」
それもそうか。最大戦力の把握は重要事項だな。強力な魔獣と戦うか逃げるか、選択の時が来るかもしれない。ならば出し惜しみは、しない方がいいか。
「サクラさん、頼めますか?」
「は、はい! もちろんです! 開拓のためですから!」
毎回、頼るのは悪い気がしている。だけど可能なことを試さずに、周囲に被害が出ると後悔しそうだからな。おそらくサクラさんも同じだと思う。そうと決まれば準備をするか。
「それでは人型飛空船を召喚しましょう。風雷号から降ります」
「私も近くで見せてください。魔力の流れを見たいです」
三人で連れだって、中型飛空船から降りた。よし、召喚しよう。
「召喚、竜人船トライバスター!」
「異界の力が、流れ込んでいる?」
たしかフェリアも似たようなことを言っていた。異次元の力を引き出すとか。
「標的は封印の鎖にしましょう。危ないので、バイオレット様は離れてください」
封印を解除しても、自己修復するだろうけど。力を試すのなら、問題ないよな。俺は風魔法を使い、サクラさんと一緒に操縦席へ乗り込む。彼女が中央に進むのを見て、竜人船を飛ばした。あきらかに以前より、飛翔速度が上がっている。
短時間で転移扉の手前に到達した。封印の鎖が、目視できる位置だ。
「準備は、いいですか?」
「問題ありません」
よし、最大火力を試そう。




