37話 交渉、ヤマトとバイオレット
「この話を王女殿下に伝えるのか」
「お願いします、ピヌティさん」
今、俺はピヌティさんに頼み事をしている。こういうとき、格納庫は便利だな。人目に付かない。国内は王女の話題で持切りだ。その裏で協力者の一人が、有罪になりかけていることは知られていない。
王女に伝えてほしいことは二つ。用意していた証拠が失われたこと。結果として自白の重要性が増し、トリアさんの有罪が現実味を帯びていること。
「やってみるが、確実とは言えない。知っての通り王女は面会を全て断っている。衛兵団の伝手で情報を流すしかない」
「それでも試してみるしか、ありません。お願いします」
俺も面会を申し込んだけど、あっさりと断られた。ピヌティさんを見送り、次の行動を考える。サクラさんとマリアさんには、王女の減刑嘆願書を集めてもらっていた。思った以上に集まり、作業量も多い。しばらく掛かり切りになるだろう。
「もう一度、該当する法律に見落としがないか確認しておこう」
マリアさんに勧められた法律の本を開く。付箋を頼りに重要な箇所を、一文ずつ目を通していった。しばらく作業に没頭していると、入口が開く音を聞く。
「ヤマト殿、成功しそうだ。今日の午後から王女の世話係になる衛兵と、なんとか話が付いた。後は待つだけだ」
「ありがとうございます!」
報告だけすると、ピヌティさんは格納庫を出ていった。仕事が山積みらしいな。忙しいところを呼び出して、本当に済みません。
昼前にサクラさんとマリアさんが、格納庫を訪れた。昼食を取りながら、午前の活動について話を聞く。食事が済んだら、ほとんど休憩も取らずに出ていった。
昼過ぎ、衛兵団から使いの者が来る。バイオレット様に、お会いできると。礼を言って、衛兵団の詰所に向かう。以前に行った牢獄とは別で、高貴な人を収監する屋敷があるらしい。そういえば担当は騎士団じゃなくて、衛兵団なんだな。警備に立つ衛兵に挨拶をしつつ、面会場所に赴いた。
「お久しぶりです、バイオレット様」
王女様は近くにいた衛兵を下がらせる。どこかで監視は、しているだろうけど。通り過ぎるときに様子を見た。女性のようだ。王女様の世話係というのは、彼女のことかな。
「話を聞きましょうか、ヤマト。なぜ、トリアが有罪になるのか。どうして証拠が見つからないのか」
厳密に言うと、トリアさんの有罪が決まったわけではない。現状では自白以外の証拠が無いからな。
「まだ有罪になるかは、分かりませんよ。これから出てくる証拠によって、決まることです」
「その証拠が紛失とは、どういうことです? 今、どこにあるのですか?」
「どこにあるかは、とんと見当がつきませぬ」
俺は肩をすくめて、答えた。王女は俺に鋭い視線を向ける。
「目的は何ですか?」
「王女殿下の助命。何の因果か、証拠が紛失しましたから。死罪は回避できるかもしれませんね」
問題は他の証拠を、王女様が持っていることだな。証拠を複数に分けたことは、トリアさんから聞いている。しかし、正確な内容までは分からないそうだ。そこに協力者の存在を示す記載が少しでもあれば、王女様は証拠の提出を行わないはず。
もしも俺が破棄した物と、全く同じ予備の証拠を用意していたら困る。王女様は躊躇なく、証拠を提出するだろう。だけど俺を呼んだということは、その可能性は低い。あれだけ大量の魔導印書類だ。予備を用意するのは、困難だろう。
「目的は異界の無花果ですね」
「バイオレット様の助命と言いましたが」
まったく、信用されなかったな。とはいえ、ここで肯定するわけにはいかない。衛兵団に会話の記録を取られている恐れがあった。ソウルスキル目当ての行動は、印象が悪すぎる。俺の証言に裏があると、思われたらまずい。
「ところでトリアさんですが、煉獄島の開拓を志願しましたよ」
「そんな!? あれは最後に執行されてから、何百年も経っているはず!」
王女様の言う通りだ。約六百年前を最後に、煉獄島送りは行われていない。
「しかし、まだ有効です」
施工された法律は、廃止されるまで効力を発揮するのだ。そして、煉獄島送りを廃止した記録はない。あれは特殊な法律。罪の軽重を問わず、志願ができる。その性質から重犯罪者が多かっただけだ。トリアさんが有罪となったら、煉獄島送りが決定する。
「なぜトリアを巻き込んだ!? 私の大切な友人を!!」
目が怖い。本気で怒っているな。あまり騒ぐと衛兵が戻ってくるかもしれない。そろそろ話を纏めさせてもらう。
「他に方法を思い付かなかったのです。ところでバイオレット様、貴女も志願されますか?」
「分かりました。貴方の提案に乗りましょう。ですが、約束してもらいます。これ以上、私に協力してくれた方を巻き込まないでください」
「約束します」
さすがは優秀な魔導師。もう感情を抑え込んだようだな。目が怖いままだけど。とにかく、これで王女の命は助かるはず。バイオレット様は、大きく息を吐いた。
「ヒュマン・Eの欠片と戦ったとき、異空間倉庫からボートを取り出しましたね。そして、その船を利用し攻撃を防いでいる」
「ええ、覚えてますよ」
なんだ? いきなり話を変えてきたな。ボートで防御したら激痛が走ったから、よく覚えている。
「大罪の欠片は、人の魂に作用します。気を付けてください。もしソウルスキルを使って防いでいたら、酷い痛みを感じたかもしれません」
俺がソウルスキルを使えることに、気付いていたのか? でも、それがどうしたのだ。……意図は分からないが、重要なことを話している気がする。
「あるところに、矛を強化するソウルスキルを持った男がいました。やがて触れる者すべてを、切り捨てる存在になっていきます。スキルを頼り過ぎるうちに、心が矛に近付いていったのです」
王女の言いたいことが、分かったと思う。
「少し話すだけで分かりました。貴方の思考力や記憶力は人を超えつつあります。いつか平然と人の命を計算する存在に、なってしまうかもしれません。どうか人の心を、忘れずに」
「今の忠告、必ず覚えておきます」
「私と貴方は、似た者同士な気がするのです。お互い、気を付けましょう」
トリアさんに話を持ち掛けたとき、俺は自分の目的だけを優先していた。そして王女との話も同じだ。矛のスキルで、心が武器に近付く。
俺の場合だと、心が船に近付くのか? よく分からないけど、今の話を忘れないようにしたい。
「ところで貴方は、煉獄島の仮支配者となりましたよね。私の力が必要であれば、最大限まで協力しましょう。代わりに貴方の力も、お貸しください」
「もちろん、お貸ししますよ。厳密には夢幻島の仮支配者ですけど」
急に話を戻したな。俺も意識を切り替えよう。仮とはいえ支配者である。多少の助力はできるだろう。
「それで策はあるのですか。煉獄島――夢幻島は、極めて危険な場所。生き延びるだけでも、困難でしょう」
「転移扉の周辺は安全ですので、そこを中心に行動するしかありません。しばらく食料や資材を、持ち込むしかないと思います」
その間に住居や食料を確保しよう。細かい計画は、現地に行って考える。
「いっそ王女様の名前を出して、開拓民でも募りますか? 何をするにも、人手は必要でしょう」
「生活の基盤が整うまでは、止めた方がいいですね。きっと問題が起こるだけだと思います。人を送るにしても、最初は数人が限度でしょう」
まあ、そうだな。王女様の協力者は……これ以上、巻き込まないと約束したから止めておこう。
「それと私が夢幻島に行くことは、できるだけ伏せてください」
「承知しました」
考えてみたら王女様が行くとなれば、希望者が殺到しそう。厄介事も付いてくるだろう。知り合いの個人に当たってみるか。強い敵がいると分かれば、喜んで移住する魔獣狩人がいるかもしれない。
「ヤマト、島にいるときは気を付けなさい。今まで開拓に成功しなかったのです。何か理由があると思います」
それは確かにな。俺が思い付くことだ。過去の誰かが実践しても不思議はない。それでも失敗した理由か。
「島の前支配者が、邪魔をしてたとか?」
「それは考えられますね」
支配者から見れば、人間が勝手に入って島を荒らしているわけだ。少なくとも、前支配者の火竜であれば許さないだろう。
「後は機械魔獣でしょうか。危険な相手です。バイオレット様の幻覚なら通じると思いますか?」
「分かりません。元が機械であれば、いくつか方法はあります。ただ実際に効果があるかは、未知数ですね」
機械魔獣のことは一旦、置いておこう。順番に考えていくか。最初に必要となるのは、水と食料だな。水は魔法で生み出せる。食料は持ち込みで繋いで、あとから自給自足の方法を考えよう。次は住居か。
「王女様、野宿でも大丈夫ですか?」
「私は何とでもなりますが、トリアは難しいと思います」
まあ、そうだよな。バイオレット様なら魔力強化で対応できても、トリアさんは厳しいだろう。身体を休めるためにも、雨風を凌げる住処が必要だ。
「しばらくは飛空船を残していきます。中型船なら、住居として十分ですよね」
「それは助かります。でもヤマトは大丈夫でしょうか?」
「お気になさらず。問題ありませんよ」
今だと中型飛空船なら、二艘くらいは同時に運用できる。さてと大まかな話は、決まったかな。そろそろ、お暇するか。これから忙しい日々が続くだろう。




