32話 大罪の欠片、ヒュマン・E
「いくつか確認したいことがあります。貴女は黄腕党の首謀者として捕まるために俺を呼び寄せたのですよね?」
「ええ。欠片の回収が済めば、黄腕党の役目も終わります。出頭して司法の裁きを受けましょう」
まず洗脳が違法だからな。黄腕党による被害も出ている。理由があったとしても無罪放免とはならないだろう。
「捕らえさせる相手に俺を選んだのは、たまたま貴女の考える条件に当てはまったからですよね。条件の内容までは、分かりませんが」
「合っていますよ。該当者の条件は、幾つかありました。国外の人間であること。魔法使いであること。犯罪者ではないこと。正規の手段で入国しないこと」
国内の人間を避けたのは、その後の混乱を最小限にするためか。最後の二つは、矛盾している気がするぞ。俺みたいな遭難者を探していたのか? それにしても、なぜ正規の入国方法では駄目なんだ? あ、もしかして!
「まさか魔力妨害?」
「正解です。入国門を通るとき、洗脳魔法への干渉が困難になる妨害術を仕掛けていました」
国内の優秀な魔導師は、別の方法で対応したのだろう。解除魔法が使える人達を把握することは、それほど難しくはなかったはずだ。国内の魔導師を取りまとめているのが、王女自身だからな。
「その条件を満たす人は、なかなか見つからないと思いますけど」
「予定では国外に洗脳した者を派遣し、該当者を探すつもりだったのです」
あ、そうか。スカウトする予定だったのか。王女様の知らないところで、勝手に解除されると困るのだろう。まあ、とりあえず一番の不安要素が解消したな。
「欠片の回収、協力しましょう」
「ありがとうございます、ヤマト」
もっとも怖いのは、買い被られることだ。英雄の素質を見込んで、と言われたら断っていたかもしれない。王女様に返答したあと、三人へ視線を向ける。
「構いませんよね?」
「大罪の欠片が人に仇なす存在であるならば、放置することはできません」
「サクラに同意だ」
アクスさんは何事か考え込んでいるようだ。何か不審な点があったのかな。
「バイオレット王女殿下。この計画に協会と組合は、関与していたのですか?」
「全く関係していませんよ。両組織は被召喚者補助員会の管轄です。迂闊に助力は請えませんから」
「承知しました」
納得したのか、アクスさんは頭を下げながら答えた。
「それでは欠片の場所に案内します」
バイオレット様に案内され、開かれた扉を通る。そこは通路になっており、急に暗くなっていた。いや、違うか。今まで通ってきた場所が、明るかっただけだな。今は深夜で洞窟内。通常なら、暗闇が支配する場所。おそらく研究所の照明装置が優れていたのだと思う。自然な明るさを実現していた。
「暗くなっていますね」
「この通路だけですよ。ここで魔獣を倒すときに、やり過ぎてしまって」
俺の呟きに、目を逸らしながら王女が答えた。貴女が原因だったのですか。よく見ると、ここにも魔石や素材が散らばっている。部屋から通路に光が入っており、歩くことは問題なかった。一本道の通路を進み、奥の扉まで来る。
「この先に欠片があります。ヤマト、準備は?」
「問題ありません。行きましょう」
王女様が率先して扉を開ける。部屋の中には、一人の男がいた。 身なりの良い、実年くらいの男。中央に設置された椅子に座り、身じろぎもしない。だが恐ろしいほどの魔力を感じる。欠片の所持者だろう。
「この男、会ったことがある。下級貴族の一人だ。協会の依頼で、顔を合わせた」
アクスさんが男を知っていた。身元が分かったのはいいけど、問題なのは完全に様子がおかしいことだろう。俺はバイオレット様に視線を向けた。
「欠片は、男の中ですね。自らの破滅を知った男は、ヒュマン・Eの欠片を体内に取り込みました。深い絶望の心に、付け込まれたと考えられます」
「あの人が研究に関わっていたとは。悪い人ではないと思ったが」
「上からの強制ですよ。断れば派閥内での立場を失ったことでしょう」
本人の意志ではなく、命令に逆らえずか。とはいえ人体実験を行ったのは事実。この国の法律に詳しくはないが、重い罪だと想像が付く。
「バイオレット様。欠片の回収は、どのようにするのでしょう? 身体を斬って、取り出すのですか?」
「いえ。本人と同化しているので、そのままでは取り出せません」
サクラさんと王女様の会話を聞き、ピヌティさんが俺を見る。何が言いたいか、理解した。
「ならば解呪魔法ですね」
「それが最善手となります。ヤマト、頼みましたよ」
「魔法の実力なら、バイオレット様の方が上でしょう。俺だと失敗の確率が高いと思います」
離れていても、魔力の圧が伝わる。あれを解呪するのは、困難だ。王国最高峰と言われる、バイオレット様の力が必要だろう。
「私は欠片の力を抑えるので、精一杯ですよ。貴方に頼る他ありません。成功率を高めるため、相手に魔力を使わせましょう」
「つまり全力で戦えば、いいのですね。斧が鳴りますよ」
アクスさんが、強く斧を握り締めた。ところで斧が鳴るってなんだ?
「相手が動かないなら、攻撃を与え続けましょう。傷を負えば、自己回復に魔力を使うと思います」
「それは駄目です。欠片の抑えに使っているのは、一切の魔力を通さない結界術。相手だけでなく、こちらの魔力も通しません」
サクラさんの提案は、王女様に却下された。つまり今は封印状態なのか。魔力が外へ出ない代わりに、外から中にも届かない。そもそも解呪魔法が通じないはず。
「魔力を使わない物理攻撃では?」
「残念ながら欠片で強化された肉体には、通常の物質だと歯が立たないのですよ。もしかすると、武器の方が壊れるかもしれません」
ピヌティさんの言葉も同じく却下される。まったく、相手も捨て身で研究結果を実践しなくていいのに。
「やはり最初の案しか、ないようですね。封印の解除を、お願いします」
「分かりました、ヤマト。ただ気を付けてください。封印を解けば、欠片の影響を受けます。専門の訓練を受けた近衛騎士でも、長時間は耐えられないほどでした」
そこまで強力なのか。だから王女様は協力者を極限まで少なくしたのだな。もし下手に協力を頼んだら、敵に回る恐れがある。そうなると本人は大丈夫だろうか?
「バイオレット様は無事ですか?」
「半年の時を掛けて作った、特製の魔道具があります。これを身に着けていれば、影響を受けません」
王女様は胸元からペンダントを取り出して、俺に見せる。服の中にしまっているのは、戦闘での紛失を警戒したからか。
「封印を解いたら、欠片の影響だけを抑える魔法を改めて掛けます。しかし、私は魔法を維持するので限界でしょう。後は頼みました」
「了解です」
話を終えたら、バイオレット様が前に出る。迂闊に近付くと危険と言われ、他の者は後ろに控えた。魔法を使ったら、三人が前に出て攻撃を仕掛ける手筈である。
「解放、大罪の欠片! 次、能力低下魔法を使います!」
封印の解除と共に、魔力の圧が強くなった。力を抑えられた状態でも、かなりの威圧感があった。封印が解けたら、今以上の力だ。まったくもって恐ろしい。
唐突に、男が立ち上がる。バイオレット様は魔法の効果を高めるため、集中しているようだ。男の姿が変わっていく。肌は鱗に覆われ、両手には鋭い鉤爪がある。頭には二本の角が出現し、口には大きな牙が生えた。尻尾まで追加したぞ!
――人を変えろ、人を喰らえ、人を超えるのだ――
声が聞こえた。これは欠片の声か? 悍ましさと気持ち悪さが合わさった、嫌な声だ。しかし妙に懐かしくもある。……いや、惑わされるな!
「人を超えるのは、ヒデオさんに任せます」
「英雄と掛けているのでしょうけど、他の方には分からないですよ」
少し呆れ気味に、サクラさんが呟いた。そういえば翻訳魔法だと、細かい表現は伝わらないのだったな。となると他の人には、どんな風に聞こえているのか。もしかしたら、上手いことを言おうとして外している人間とか思われているのかも。
「よく分からんが、いつもこんな調子なのか。この二人は?」
「普段の依頼は、極めて真面目だった。声に対抗するため、気を紛らわせているのかと」
どうやら全員、無事のようだ。後はバイオレット様の魔法を待って、総攻撃か。俺は王女の様子を窺う。身体は大丈夫かと心配なくらい、魔力が高まっていた。
「顕現せよ、力を奪いし雲!」
男の周囲に紫色の雲が発生した。煙が身体に纏わり付いているようにも見える。紫煙の魔導師は、これが由来かも。雲が男の身体へと、吸い込まれていく。同時に威圧感が減少していった。
「攻撃開始!」
自らを鼓舞するように、声を上げた。力を奪われても、男の身体は変形を続けている。魔力消費という点では助かるが、戦闘能力が上がり過ぎるのは困る。攻撃を始めるのなら、今だ。




