28話 七つの大罪、七体の守護者
「長く美しい黒髪。竜斬りサクラは、貴女でしょうか。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。バイオレット王女殿下」
王女が右手を差し出そうとした。俺は二人の間に、割って入る。無礼な行動ではあるけど、放置するわけにもいかない。バイオレットが、サクラさんに精神魔法を使う恐れがある。
「大変申し訳ございません、バイオレット様。こちらのサクラは家の風習により、みだりに他者と肌を触れ合わせる行為が厳禁とされています。どうか、ご容赦いただけないでしょうか」
「本当に申し訳ございません」
俺がバイオレットに頭を下げると、サクラさんも一緒に頭を下げた。俺の意図を察してくれたようだ。
「そうだったのですね。知らぬこととはいえ、こちらこそ申し訳ございません」
表向き王女が気を悪くした様子はない。内心は分からないけどな。それにしても先程の精神魔法は何だろう。一瞬のことで、魔法の内容までは判断できなかった。
「バイオレット様。最近の出来事で、不審な点はありませんでしたか。些細なことでも構いません」
「とりわけ変わった事はないですね。そうだ、ヤマト。こちらを、お持ちになってください」
俺はバイオレットから、方位磁針のような物を渡された。当然ながら肌には触れないよう、十分に注意した。不審に思われなければいいが。
「これは?」
「私が危機に陥ったときに、方角を示すそうですよ。ただし互いの魔力を登録することが条件となります。まだ開発段階の物で、効果は安定しませんが」
言われるがまま、登録を行う。相手の挙動を観察したが、害のありそうな行為は無かった。拒否は難しい。証拠も無く、精神魔法を掛けられたと主張しても無駄になるだろう。少しでも情報が欲しい。俺は気を引き締めた。
「ところでヤマト。なにやら、夢幻島という場所を発見されたとか。詳しい話を、お聞かせください」
「承知しました」
魔獣狩り協会で話したことを繰り返す。隠すのはソウルスキル関連のみ。一通り話し終わると、バイオレットの様子を窺う。深く考え事をしているようだ。
「我がカイス王国には、かつて煉獄島流しという罰がありました。その島に罪人を送り、開拓に成功すれば祖国に帰ることを許すという罰です。しかしながら帰ってきたという話はありません。今となっては煉獄島の場所も分からず、形骸化されている刑罰なのです」
事実上の国外追放と言える。だが途中から、島の場所が分からなくなったのか。普通に考えれば、おかしな話だ。しかし一つ思い当たることがある。
「もしかして夢幻島と煉獄島は、同一の島を指しているのでは?」
「私も同じことを考えました。転移装置の管理が支配者に一任されているのなら、途中から煉獄島への転移が不可能になったと考えられます」
どうやらバイオレットも同じ意見らしい。
「支配者の権利を渡せ、とか言いませんか?」
「まさか、そんなことは言いません。国の伝承によると、煉獄島は不可侵の場所。刑罰以外で関わることは、厳禁なのですから」
もう少し詳しい話を聞いてみるか。
「他に煉獄島の話は伝わっていますか?」
「島には七体の守護者がいるそうです。七つの大罪を体現した守護者たち。咎人が罪を償うための試練として存在しているとか」
似たような話を補助者から聞いたな。だけど安全地帯には近付かないと聞いて、他の情報収集を優先している。あの時もっとも重要な情報は、封印解除の手掛かりだったからな。いい機会だし、守護者の詳細を聞いてみるか。
「詳しい話が聞きたいですね」
「それでは一つずつ説明していきます」
王女から聞いた話をまとめる。名称と能力は伝わっているらしい。
一、ジーン・M。自らを遺伝子の根本から改造、際限なく強くなる。
二、ヒュマン・E。配下の魔獣を実験体として利用、より強い種を生み出す。
三、エンバー・P。周囲の環境を汚染、無差別に害する。
四、ソシャル・I。敵へ無作為に異能を付与、格差を作り互いの不信感を煽る。
五、M・S・プア。相手を包み込む力場を発生、敵の力を減少させる。
六、TB・O・リッチ。生命・物質を問わず干渉、力を奪い自身の強化を行う。
七、ドラグ・A。特殊な薬を生成、理性と引換えに限界を超えた力を発揮する。
……俺が知っている七つの大罪と違う。
「あ! そろそろ湖が見えてくるころです。みなさま、右手をご覧ください」
その言葉通り、大きな湖が見えてきた。たしかカイス王国内で二番目の大きさを誇る湖だったはず。壮大な眺めだな。一番、興味深そうに見ているのはサクラさんである。
「素晴らしい景色、心が洗われますね」
「魚が跳ねているな。活きが良さそうだ」
え、魚? ピヌティさんの言葉で、目を凝らして湖を見る。しかし魚が跳ねているかは、よく分からない。俺の視力だと、そこまで判別はできなかった。さすがは本職の斥候だな、目が良い。
「あら、いけない。私としたら、お茶も出さずに」
「王女殿下、お茶なら我々が用意いたします」
「いえいえ、今日は私がもてなす側ですから」
お茶の準備をしようとする王女。支部長が慌てて止めようとした。これは報告のはずだし、もてなしとは違うと思う。それはともかく、このまま準備をさせるのは怖いな。お茶なら、こちらで用意すべきだろう。
「僭越ながら王女様。私の異空間倉庫内には、この地方では珍しい緑茶を収納してございます。恐れ多くも、私に振る舞わせる栄誉をいただけないでしょうか?」
「まあ、ご丁寧に。それならヤマト、頼みましたよ」
よし、お茶の準備をしよう。まずは茶葉を用意だ。未開封の中から高級すぎず、市井の間で人気がある茶葉を出す。急須を倉庫から出したら茶葉を多めに入れる。次は水魔法と浄化魔法を使い、お茶に最適な水を作り出そう。火魔法を使い完全に沸騰させたら、人数分の湯呑みに入れる。適温になったころを見計らい、湯呑みの中身を急須に移した。約1分待つ間に茶菓子を用意。それから六人分の湯呑みに、均等に注ぎ分けていく。最後の一滴まで注いだら、静かに王女の前へ差し出す。
「どうぞ召し上がってください」
「ありがとう。いただきますね」
なんか疲れたな。俺も茶を飲もう。お、良い味だ。サクラさんに教えてもらったことが役に立った。
「まあ、とても美味しいです」
「バイオレット様。お茶菓子も美味しいですよ!」
なんだトリアさんも普通に話せるんだな。ピヌティさんや支部長が警戒していたから、もっと酷いものだと思っていた。
「お茶にとても合いますね。これは町の菓子屋で売っているのでしょうか」
「ええ。サクラさんに教えてもらった店です」
「一緒に行った店でしょうか。私はピヌティから聞きました」
「商店街の菓子屋だな。たしかトリアの推薦だった気がする」
「あ、私はグランザード支部長から聞いたのですよ。支部長の趣味は菓子作りで、町の甘味処は完全に把握していますよ」
「その通りだが、貴様に趣味の話をした覚えはないからな」
その後は当たり障りのない話を続け、カイス王国第三王女との謁見は終わった。ボーロング・ベアムンさんとの話も伝えたが、首を傾げられただけだ。情報不足で判断できないと言われれば、それ以上の追及は不可能か。
飛空船は周囲を飛び回って、協会へと戻った。王女は飛空船を降りて、俺たちを見送っている。
「みなさま本日はありがとうございました。とても有意義な時間でしたよ。重ねてお礼申し上げます」
「もったいないお言葉です。我々こそバイオレット様にお目に掛かれ、恐悦至極に存じます」
グランザード支部長の言葉をきっかけに、他の者も口々に御礼の言葉を述べた。サクラさんは畏まって、ピヌティさんは簡潔に、トリアさんは表現が過剰である。今まで我慢していたのだろう。俺は無難に礼を言っておこう。精神魔法を使われたことで、最初は警戒していた。ただ実際に話をした感じ、悪い人とは思えない。
「貴重な時間を割いていただき、ありがとうございました」
「ヤマト。貴方とは近い内に、また会うでしょう。そのときまで、ごきげんよう」
最後に意味深な言葉を残し、バイオレット様が飛空船内に入っていく。その後は報酬の話を詰めるために、協会に残った。王女様に財務担当者からの目録を頂いている。目を通して思った以上の金額に驚く。
しかもカイス王国内での、飛空船使用許可も貰えた。無制限の許可ではないが、かなりの好条件だ。
それから三日間は、主に休暇と訓練を行う。四日目の朝に、協会から緊急の呼び出しを受けた。急いで協会に行くと、支部長室に案内される。その場で俺は重大な話を聞いた。第三王女バイオレット様が、行方不明であると。




