27話 誕生、竜斬りサクラ
「来城時間が決まった。午後に王宮へ行く」
「急な話ですね」
今朝、協会を訪れたら支部長室に呼ばれた。それで言われたことが、今の言葉。ボーロング・ベアムンさんに会ったのが先日だ。昨日の今日で、いきなり偉い人と会うのか。
「報告の相手は、第三王女バイオレット殿下」
「捕まっては、いなかったのですね。とりあえず良かった」
「だが油断はできん。犯行予告とも取れるしな。ともかく急ぎ昨日の話を聞かせてほしいと、バイオレット様からの呼び出しだ」
拒否は不可能だよな。いや、最初から断る気はないけど。行くのは確定として、サクラさんにも話を伝える必要がある。
「サクラさんへの連絡は、どうしますか?」
「今頃、組合で話を聞いているだろう。それから、サクラの通称変更が決まった。今後は竜斬りと呼ばれる」
ずいぶんと早い対応のような気がする。たった一日で決定してもいいのかな。
「承知しました。午後までは自由に行動しても、構わないのでしょうか?」
「いや、最低限の礼儀作法を覚えてもらう。すでに講師を呼んであるぞ。頑張ってくれ」
これは仕方ないな。想像するだけで面倒だけど、受けないと更に面倒な事になるだろう。複雑な作法が無いことを祈る。
――祈りは届かなかった! 教習開始から三時間、もう疲労の極みだな。やっと教習が終わり、解放される。礼儀作法の講師を見送ると、入れ違いにサクラさんが来た。トリアさんと支部長も一緒か。
「苦労したみたいだな。しかし貴族を相手にするよりは、まだ王族相手の方がやりやすいぞ」
「そうなんですか?」
普通なら、逆だよな。
「王族の始まりを、聞いたことは?」
「有力なソウルスキル保持者に特権を認めたのが、王家の始まりだと聞きました」
「へえ、そうだったのですね」
サクラさんは知らなかったのか。歴史に興味が薄ければ、そんなものかも。このあたりの話は、フェリアに教えてもらっている。
「力を認められたのが王族で、認めたのは探求者。つまり王族には、非常に強力な後ろ盾があった。礼儀など全く気にしない、いや礼儀という概念があるかも不明な探求者という盾だ。一方、貴族の始まりは?」
「王家に取り入って、権利を認められた者が貴族家を興したのですよね」
言いながら、なんとなく分かってきた。
「その通りだ。王族の不興を買うと、権利が剥奪されるかもしれない。そう考えた貴族たちは、礼儀作法を徹底した。そして自分達に対する礼儀にも、厳しくなったというわけだ」
「私は、どこか歪んでいるように思います」
サクラさんが、しみじみと呟いた。少し考えると、一般市民は貴族の保身に巻き込まれた形になっているよな。
と、そこで扉を叩く音が響いた。来客かな。
「失礼。こちらにグランザード殿が、いらっしゃると聞きました」
「ピヌティか、入ってくれ」
入って来たのは、支部長の言う通りピヌティさんだった。手には紙の束を持っている。何かの仕事だろうか。
「組合から急ぎの書類を、お持ちした」
「ああ、ありがたい」
支部長は書類に目を走らせている。
「少し行く場所がある。来城時間までには戻るので、この部屋で待っていてくれ。王宮にはピヌティも行く予定だ」
「第三王女殿下との拝謁、承知した」
「貴様は何度か謁見したことがあったな。大丈夫だと思うが、失礼のないように」
ピヌティさんは教習部屋に残って、支部長が席を外す。王女様と面識のある人が増えるのは心強い。
「ところで第三王女バイオレット様は、どのような方なのですか?」
「そうだな、トリア殿」
ピヌティさんが、トリアさんに投げた。大丈夫かな。
「お任せを! バイオレット様こそ、究極至高の存在です! 女神様です! 透き通るような肌、紫色のショートヘアは絹糸のように柔らかく、髪色と同じ紫の瞳は見る者すべてを魅了します! また一挙手一投足が高貴の塊、艶やかな唇は色気にあふれ、整った顔立ちは清純で芸術そのもの! お風呂に入るときは、最初に髪を洗います! 左手右手と続き、おなかに背中。両足の後は遂に大切なところへ! 仁心の深さは菩薩の如く、全身に満ち溢れた慈愛は聖女の如し! 森羅万象随一の美しさに敵う者なし! 女神様です!」
「こんな人間とも、笑顔で会ってくださる寛大な方だ」
…………トリアさんも会ったことがあるのか。でもピヌティさんの言い方だと、こんな調子で王女様と接しているように聞こえるのだけど。少し不安だ。
ところで女神様を二回、言ったのは気のせいだろうか。
「え~と。ト、トリア様。王女殿下はソウルスキルの使用者と聞きました。詳しいことは、ご存知でしょうか?」
「異界の無花果ですね」
急に様子が、まともになった! 切り替え早いな! サクラさんの質問に真顔で返答したぞ。
「複数の異世界から、知識や技術を利用可能になるスキルと聞きましたよ。さらに魔力や魔導技術も引き出せるとのこと。バイオレット様は魔導師としても優秀で、スキル能力と合わせると国内最高峰の実力と言えるでしょう。ただ制限も厳しく、連続使用も困難です。また重大な欠点として、使い過ぎると心に闇が生まれます」
「異世界の知識!?」
俺は驚きの声を上げた。使い方によっては極めて危険な能力である。しかも心に闇が生まれるとか、怖すぎる。
「皆さん。今の話は他言無用で、お願いしますね。国家機密ですから」
「トリア殿。この話はグランザード殿も、全て把握しているのか?」
「いえ、私独自の伝手で聞いた話です。協会にも報告していませんよ」
なんか変だな。なんで協会に報告していない話を俺達にした? ピヌティさんも訝し気な表情を見せている。だが追及はしないようだ。首を横に振る。
「……そうか。ところでサクラ、異名が変わったそうだな。おめでとう」
「ありがとうございます! ヤマトさんの、おかげです!」
そうだろうか? 俺が言わなくても、変わっていた気がするな。やたらと変更が早かったし。もとから変更する予定があったのではと思う。竜斬りの名称は、俺の提案が採用されたのだろうけど。
――三人で雑談していると、支部長が戻って来た。
「すまん、遅くなった。今から行くぞ」
すぐに踵を返して、先頭を歩く。あれ、階段を上った? どこに行くのだ。そのまま長い階段を進むと、屋上に出た。あ、もしかして! 俺は空を見上げる。
「飛空船!」
「見るのは初めてだろう、ヤマト。あれが王家の所持する飛空船ロイヤルカイス。今回は第三王女様の特別な計らいで、使用許可が下りた。謁見は船内で行う」
飛空船が、ゆっくりと降りてくる。かなり大型だ。豪華な装飾が施されている。屋上の中央に着陸すると中から女性が出てきた。紫色の髪と瞳が美しい。あれ? あの容姿。いや、まさか。突然、俺とサクラさん以外の三人が跪いた。
「バイオレット様、魔獣狩り協会カイス支部長グランザード以下三名、ならびに、魔獣退治組合員二名、まかりこしました」」
支部長が女性に声を掛けた。やはり、あの人が第三王女か。少し遅れて、跪く。お偉いさんに喧嘩を売っても仕方ないしな。適当に報告して、やり過ごそう。
「みなさま。どうぞ、こちらへ。くつろげる場所を用意してあります」
「ご厚意、痛み入ります」
バイオレット様に案内され、部屋の中に入る。壁の一部分が透明で、外の景色がよく見えた。良い眺めだな。飛空船はカイス国内を、ゆっくりと巡回するらしい。
主に受け応えをしているのはグランザード支部長である。頼りになるな。そしてトリアさんが動こうとした瞬間、視線で行動を制していた。小声で減給とか呟いていたのは、気のせいだろう。予想以上に豪華な部屋を見渡す。あ、第三王女殿下と目が合った。まずい、少し不躾だったかも。
「あなたがヤマトですね。私はバイオレット。どうぞ、よろしく」
「バイオレット様、お初にお目に掛かります。お見知りおき頂ければ幸いです」
とっさの受け答えになった。正しい言葉遣いか、自信が無い。バイオレット様が近付き、右手を差し出してきた。少し迷ったけど、手を握り締める。――全身に、衝撃が走った。これは精神魔法か! いったい何をしたんだ!?
バイオレットの表情に一瞬、驚きの色が見えた。だけど何事も無かったように、サクラさんへ近付く。彼女にも精神魔法を使う恐れがあるな。さて、どうする?




