13話 到着、王都カイス
「前の休息地よりも、規模が大きいですね」
十軒を越える小屋が建ち並ぶ。ちょっとした広場まであった。少し小型だけど、時計塔まで設置されている。小屋も少し大きめに作られているようだ。
「この国の休息地だと、これくらいの規模が多い。前の場所だと利用者が少ないと考えられ、小規模になったのだ。また中規模以上になると施設が規格化されず、それぞれの特徴を備えて設置される」
ピヌティさんの言葉を聞き、なんとなく納得した。大して使われない場所に力を入れる必要は無いよな。最も大きい小屋を選んで、中に入る。必要な設備は揃っているようだ。そして特筆すべき点が一つある。牢獄らしき部屋が存在することだ。サクラさんもピヌティさんも驚いている様子が無い。珍しい事ではないのだろう。捕らえた男を牢の中に入れた。
「夜間の移動は危険です。この場所に泊まりましょう。ヤマトさん、すみません。見張りの協力を、お願いします。三人で順番に監視するつもりです」
「了解しました。順番は後で決めるとして、夕食の準備をしましょうか。携帯食を出しますよ」
俺はイカダに積んだ荷物から、いくつかの携帯食を取り出した。二人とも多少の食料を持っているようだが、見た感じ量は最小限みたいだ。
「助かるよ、ヤマト殿」
「今、温めますね」
俺は火魔法で湯を作り、携帯食を温める。三ヶ月の訓練で幾度となく繰り返したことだ。手際よく準備を進める。机が無いから、床に置いた。
サクラさんもピヌティさんも、気にした様子は無い。慣れているのかな。
「町の外で暖かい食事を取れるのは助かります」
ここに火を扱う機材もあるが、火種は自分達で用意しなければならない。二人は最低限の荷物しか持っておらず、携帯食料を温めることも難しいだろう。
異空間倉庫は本当に便利だ。余裕を持って食料の準備ができる。
「さて牢獄の男にも、持っていきましょうか」
「気を付けてくれ、ヤマト殿」
ここの牢獄には、特殊な結界が存在している。中から外への攻撃を防ぐ結界だ。しかし注意は怠らない。慎重に牢屋へと近付いた。
「夜の食事ですよ、ボーロング・ベアムンさん」
「ありがたく、いただこう」
牢獄に入れた時点で、手足の拘束は解いている。食事を取るのに、問題は無い。俺達も食事を取り始めた。食べ終わったら、見張りの順番を決めることになる。
「申し訳ありません。先に六時間、休ませてください。昼に使った魔力を回復しておきたいのです」
面倒な中間の見張り役を頼むのは心苦しいけど、ここは遠慮する場面ではない。回復魔法の有無は命に関わる。
「それなら中間は私に任せてもらおう。サクラは最初の見張りで構わないか」
「ええ、それでお願いします」
見張り順はサクラさん、ピヌティさん、俺となった。もう今日は寝るとしよう。俺とピヌティさんは、それぞれ寝室へ向かった。備え付けられた簡易寝台に身体を横たえる。想像以上に疲れていたようだ。すぐに睡魔が襲って来る。
自然と目が覚めた。まだ辺りは暗いけど、そろそろ見張りを交代する時間かな。備え付けの時計を確認すると、まだ少し早かった。しかし二度寝するわけにはいかない。もう起きよう。
部屋を出ると、ピヌティさんの姿が見える。監視しながら、武器の手入れをしているようだ。片刃の直刀で、刀身は40センチメートルより少し長いくらいか。
「おはようございます、ピヌティさん。異常はありませんでしたか?」
「ヤマト殿、おはよう。異常なし、だ。一度も目を覚ました様子はない。サクラのときも、ずっと眠っていたらしい」
考えてみたら、日中に重傷を負ったんだよな。自己治癒力で傷は塞がったけど、身体への負担は大きいはずだ。回復魔法も使ってはいる。しかし初級だと、体力の回復はできない。
「承知しました」
「それでは、失礼するよ」
ピヌティさんだけ、纏まった睡眠時間が取れないことになる。疲れが残らないといいけど。さて三時間の見張り、頑張るとするか。
やっと、夜が明ける。かなり眠い。昨日は相当、動いたからな。そうだ、朝食の準備をしておくか。調理場からも男が見えるし、大丈夫だろう。それに、何かしていないと寝落ちしそうだ。
立ち上がり、調理場へ移動する。異空間倉庫から調理器具と野菜を取り出した。日持ちする野菜だけのため、種類に乏しいのが残念だ。さらに肉の缶詰を開けて、野菜と一緒に煮込む。主な味付けは塩と胡椒。あとはパンを出しておくか。
「おはようございます、ヤマトさん。料理されているのですか? 手伝いますよ」
サクラさんが起きてきた。挨拶を返し、様子を見る。少し疲れているかな。まだ休んでいてもらおう。
「簡単なスープなので、もうすぐ終わります。座って待っていてください」
「なにやら良い香りがする」
あ、ピヌティさんも起きたみたいだ。とにかく朝食を済ませてしまおう。牢屋の男に渡したあと、三人で食事を取った。わりと好評だったのは嬉しい。
食事後、速やかに出発の準備をした。昨日と同じように、手足を縛ってイカダに乗せる。適度に休憩を取りつつ、町を目指す。途中で何度か魔獣に遭遇したけど、誰も傷を負うことなく撃退する。迷宮外の魔獣だが思いの外、素材を入手できた。魔獣の素材は、俺が預かっている。換金したら、三人で分配する予定だ。取り分は後で相談する。
賊を捕らえてから数日後、ようやく町の門が見えてきた。王都であり、港町でもある。話には聞いていたが、想像以上に大きい町だな。全体が壁に囲まれており、入口は門だけだ。そして城が見える、町の外れに飛空船が降りていった。あそこが発着場だろう。
「さて、これからどうしますか?」
「ピヌティは衛兵に賊の引き渡しを、お願いしますね。ヤマトさんは私と一緒に、詰所へ行きましょう」
詰所か。まず空魚――魔力食いの報告をする必要があるな。結界に異常が起きているかもしれないし。
「では、衛兵を呼んでくる」
ピヌティさんが詰所へ向かい走っていく。
「俺は待っているだけで構いませんか。後、飛空船を下ろしますよ」
「どうぞ下ろしてください。私たちは待機しましょう。捕らえてはおりますけど、賊を門の近くに連れていくのは問題ですので」
万が一、逃げられたら大変だからか。とくに町中へ入られると、面倒事になる。しばらく待っていると、ピヌティさんが戻ってきた。そして数人の衛兵も一緒だ。一人だけ立派な鎧を着ている人がいる。指揮官だろうか。
「黄腕党の幹部を捕獲したのは君たちか。賊の身柄は、我々が預かる。それと話を聞かせてもらおう」
二人の衛兵が飛空船に近づく。結界を解除しないと、引き渡しに支障が生じる。逃げられないように、結界を強化しているからな。
「それなら飛空船の結界を解除しますよ」
船の周囲が、わずかに発光する。光が収まったとき、すでに結界は消えていた。そのまま通れるだろう。
「感謝する、魔法使い殿」
衛兵が男を連れていく。しかし指揮官だけは残った。
「ピヌティ殿には引き続き、支援役をお願いしたい。サクラ殿には、待機指示だ。一度、魔獣退治組合に戻ってほしい」
「待機? なぜでしょうか?」
「黄腕党の扱いに、変更があった。今までの生死問わずから、生け捕りを最優先に変更するとのことだ」
捕縛専門の部隊でもあるのだろうか。
「サクラ殿は確かな実力こそあるが、人間を相手にした捕縛任務だと、少し適性に欠けるだろうと伝えられている」
「隊長殿。今回、賊を捕らえたのはサクラだ。条件次第では、生け捕りが可能かもしれない」
やっぱり偉い人だったんだな。あとピヌティさん、フォローお疲れ様です。
「何!? あの切り裂きサクラが捕まえた!?」
隊長の様子が変わった! そして物騒な単語を聞いてしまった! なんだろう、切り裂きサクラって? 俺は横目でサクラさんの様子を窺った。
「人聞きの悪いことを言わないでください!」
目に見えて、サクラさんは焦っている。
「失礼。とにかく待機の指示は魔獣退治組合から出ている。一度、戻ってほしい。それで、そちらの方も組合の人間だろうか?」
隊長が俺に視線を向けた。
「いいえ、旅の者です。飛空船で航行中に、空魚の大群に襲われまして。なんとか不時着したのですが、町の中に入れますか?」
「ヤマトさんには、賊との戦いに協力してもらいました」
「それで捕らえることに成功したのだな。ヤマト殿、身分を証明できる物を見せてもらえるか?」
ステータスカードが、身分証明書として使えると聞いたな。ソウルスキル関連は非表示にしておこう。どんな反応があるか不明だし。
「どうぞ」
「拝見する。な、これは!」
カードを確認したら、顔色を変えた。身元保証者が被召喚者補助委員会となっているからだろう。
「協力に感謝する。身分証に問題は無い。入国手続きを行うため、同行を願う」
凄いな。すぐに冷静となった様子だ。
「お願いします。サクラさん、お世話になりました」
「こちらこそ」
俺はサクラさんに挨拶をしてから、隊長の後に着いていく。背を向けたときに、イカダを収納した。ピヌティさんは衛兵と一緒に行動するようだ。
詰所の近くまで来ると、建物の様子が分かる。石造りで、頑丈そうだ。門の外にあるので、魔獣に壊されないためだろうか。扉を開けて中に入ると、隊長は受付に向かった。空いているのは、中年男性が座っている場所だけだ。他の窓口は、人が並んでいた。
「他国からの旅人だ。小型飛空船で移動中、空魚に襲われ遭難したらしい。詳しい話を聞くため、団長室に行く」
「かしこまりした。それでは団長の都合を確認いたします」
「それとジョン・ゴンベエ様の件で、急ぎ報告がある。必ず団長に伝えてほしい」
なんだろうか。受付の人が、あきらかに挙動不審になっているぞ。それにしてもジョン・ゴンベエとは変わった名前に聞こえる。俺の感覚だとジョンもゴンベエもファーストネームだからか。こちらだと普通なのかな。
「は、はい! ただいま!」
慌てて返事をすると、立ち上がり奥へと走っていく。
「落ち着きが無くて済まない。真面目な男ではあるんだがな。さて、では団長室に行こうか」
「あ、はい」
ジョン・ゴンベエ様の件というのは、いいのだろうか。急ぎと言っていた。考えても仕方ないか。とりあえず、着いていこう。奥の扉を開けて、通路を進む。少し歩くと、立派な扉が見えた。その扉が開き、中から人が出てくる。さきほど走っていった受付の人だ。こちらに気付くと、緊張した様子で会釈して通り過ぎた。扉を閉め忘れているけど、大丈夫かな。中の様子を窺うと、初老の男が座っている。あ、こちらに気付いたようだ。
「貴公が異世界から来た者か。まあ、お掛けなさい」
「えーと、失礼します」
さっきの人が伝えたのか。だけど受付では身分証を見せていないよな。どういうことだ?
「おや、不思議そうな顔をしておりますな」
「なぜ異世界から来たと分かったのですか?」
聞くだけ聞いてみよう。
「単純な話ですよ。ジョン・ゴンベエとは異世界人を表す隠語。ちなみに遥か昔、ナナシ・ゴンベエという方が考えたそうですよ」
ナナシ・ゴンベエって、名無しの権兵衛か!
「家名はナナシの方ですよね?」
「その通り。ナナシ一族の祖先は、出身や人種を超えて集った七人の傭兵たちだ。義の為に戦った者たち。人としての名も姓も捨て去り、ただ自身の扱う武器の名で区別していた」
聞いているだけで、凄い集団なのは理解できた。
「時代が下って、傭兵集団の役目を終える日が来る。しかし名を捨て戦い続けた日々は、必ず覚えていると誓う。それからだ、ナナシ一族と名乗り始めたのは」
役目を終える、か。平和な時代が訪れたとかだったら良いな。
「ゴンベエ殿は遥か東の地に単独で渡ったさい、現地の住民から名付けられたのを気に入って自分の名にしたらしい。異世界人の隠語に使った理由は不明ですが」
理由は伝わっていないのか。何か意味があるのかな。まさか隠語を考えることが面倒で、自分の名前にしたなんてことは……あるわけないか。
「ナナシ一族は今でも武器の扱いに長けた集団。祖先を偲び、子供に武器の名前を付けることもあるそうだ。まあ一族の中でも少数派と聞いています」
「団長、そろそろ本題を。ナナシ一族の話は、後で我々が拝聴する所存」
隊長が少し疲れた様子で話を止めた。もしかして、団長はナナシ一族に思い入れでもあるのだろうか。
「おお、そうだった。ヤマト君、話は身分証かな?」
「はい。俺、いえ、私は魔獣狩り協会に登録を考えています。その協会で、新しく身分証を作れないかと。できるだけ異世界から来たことは伏せておきたいのです」
「賢明な判断でしょう。魔獣狩り協会カイス支部長に話を通せば、外部へと漏れる心配は無くなる。ただ被召喚者補助委員会からの援助は難しくなります」
それは仕方ないか。カイスは国名だったよな。また同時に王都の名称でもある。つまり、ここの支部長はカイス国内における魔獣狩り協会のまとめ役。話を通してもらえれば助かる。
「わかりました」
「まずは書状を準備しよう。少々お待ちを」
団長さんは素早く文をしたためていく。俺は心の中で安堵の息を吐いた。新しい身分証明書は何とかなりそうだ。次は金の問題か。
「これで完了ですな」
「団長、書状をこちらに」
「うむ、よろしく頼む」
早いな。もう終わったのか。隊長さんは手紙を受け取ると、そのまま部屋を出ていった。
「後は待っておれば、支部長が来るでしょう」
「こちらに呼んで頂けたのですか?」
「なるべく人目を避けるべきかと」
まあ呼んでもらえるのは助かる。手続きも早く済みそうだし。
「待っている間、空魚に襲われた話を聞かせて頂けるかな?」
「あ、はい。まず場所ですが――」
事の次第を説明していく。飛空船の一つが故障中と言うと、回収の人員を出すと提案してくれた。異空間倉庫に収納したと伝える。ひどく驚いていた。ある程度の説明を終えたころ、扉を叩く音が聞こえる。
「衛兵団長殿、魔獣狩り協会カイス支部から参りましたグランザードです」
「ああ、支部長。早かったね。どうぞ、お入りなさい」
部屋に入って来たのは、いかにも戦士な風貌をした男。鋭い眼付は歴戦の勇士を思わせる。この人が支部長なのか。
「失礼します。その青年が異世界からの来訪者ですか」
「その通り。この世界に来たばかりらしい」
支部長が此方に視線を向けた。俺は睨まれているのだろうか。
「ヤマトです。よろしくお願いします」
「グランザードだ。よし、まずは身分証の件を片付けよう」
挨拶もそこそこに、支部長は本題に入る。
「まず衛兵団から、仮の身分証を発行。魔獣狩り協会の受付に見せれば、こちらで改めて本証明書を発行しよう」
そこで言葉を切り、支部長は団長に向き直る。
「構いませんか、団長殿?」
「ええ、それで対応しましょう」
そこから、どんどん話が進んでいく。この場でステータスカードの変更を行い、細かい注意点を聞く。やはり異世界から来たことは、無暗に吹聴しない方がいい。
「それでは団長殿、失礼いたします」
「ご苦労でした、支部長」
「ありがとうございました」
支部長は先に戻り、準備をするとのこと。少し時間を置いて、協会へ来るように言われた。先に宿を取りたいが、仮の身分証では泊まりにくいかもしれない。町の施設を見ておくか。
「私も失礼させて頂きます。お手数をお掛けしました」
「何、構いませんよ。衛兵団は困った者の味方ですからな」




