113話 弟子、名誉聖女アカリが導いた者
俺は受付に近付き、揉めている二人に話し掛ける。
「ちょっと、いいでしょうか。聖女様に教えを受けたというのは、本当ですか?」
「アンタも疑うのか! 嘘は付いていない!」
手っ取り早く、見せてもらう。俺は一枚の紙を取り出す。そして闇属性の魔力を付与した。それを少年に渡す。
「この魔力を解呪できますか?」
「当たり前だ、見てろ! 闇の力、消し飛べ!」
魔力の流れを確認する。少年の魔力が紙に宿り、付与した力を消滅させていく。確かにアカリさんの解呪魔法だな。魔力の流れに特徴がある。
「嘘では、なさそうです」
「ヤマト様、間違いありませんか?」
受付の女性に問い掛けられた。この受付、最初に並んだ場所か。担当の女性に、見覚えがある。
「俺もアカリさんから、指導を受けました。魔力の流れを見たら、無関係とは考えられません。直接の弟子か、孫弟子なのかは不明ですけど」
「直弟子だ! それよりアンタも、アカリ様の弟子なのか! 頼む! 俺の依頼を受けてくれ!」
少年は必死に頼んでくる。とりあえず場所を変えよう。このままだと俺が悪役に見えてしまう。ちょっと居心地が悪い。受付の女性に頼んで、少人数用の会議室を借りる。
まずは話を聞いてみるか。いや、その前に自己紹介だな。
「俺はヤマトです。飛空船乗りで魔獣狩人をしています」
「えっと、オレはパストール、さっきはありがとう、ございました。オレの、いや私の話を聞いてくれ、ますか」
たどたどしい話し方だな。丁寧な言葉遣いが苦手みたいだ。このままだと事情を聞くだけでも大変そうだ。砕けた話し方で問題ないと、伝えた。
「ありがとう。改めて、オレはパストール。頼みたいことがある。オレと一緒に、空カジキマグロを獲りに行ってくれないか」
「それだけでは、何も言えませんよ。詳しい話を頼みます」
――だいたい事情は理解した。パストールさんは両親と死別し、姉と二人で暮らしている。だが最近、姉の様子がおかしい。元気がなく、塞ぎがちみたいだ。
問い掛けても、大丈夫としか言わない。しかし闘技大会の訓練では、失敗が続いている。いつか大ケガをする恐れもあった。
空魚漁師と魔獣狩人を兼業していた父親は、あるとき巨大カジキマグロを釣って帰ってきた。港で待っていた家族は、とても驚いたそうだ。その日の夕食はカジキマグロのソテーだったとのこと。売却しないで、自分たちで食べたらしい。
余った分を知人に振舞うと、皆が喜んでくれた。家族が一番、幸せだったときの思い出みたいだな。
「少しでも姉さんが元気になってほしい。それでカジキマグロを獲りたい。協力を頼みたいんだ」
「近くに寄り添って、励ますのでは駄目なのですか」
「もちろん、普段はそうしている。だけど来週、姉さんが闘技会の講習を受ける。何日か留守にするんだ」
それで不在にしている数日間で、空カジキマグロを獲りたいのか。だけど空魚漁は難しい。
「勝算は? 素人が漁に出ても、空振りになるだけですよ」
「父親が残した資料がある。十年に一度だけ、カジキマグロの大群が現れる。その場所を示している」
一応、考えがあっての行動みたいだ。それなら協力しても、構わないかな。ただもう少し情報が欲しい。
「道具は、ありますか? 準備もしないで、まともな漁はできませんよ」
「漁に使う道具は、借金の形に取られちまった。残ったのは、釣竿が一本だけだ」
なるほど、無理だな。
「話を聞いた限り、ほぼ不可能ですね。それを承知の上で挑戦するなら、協力しましょう。報酬は余った空カジキマグロの一部で構いません」
「いいのか!?」
この様子だと、自分でも断られると思っていたのだろうな。
「ただし正式な依頼にしましょう。金は渡すから、受付で依頼を出してください。俺が即座に受注します」
「ああ、分かった。借りた金は、必ず返すよ」
相場だと、結構な金額になる。飛空船乗りを数日、拘束するからな。理由も無く、過度に安い依頼料は認められない。ダンピングは、同業者に迷惑を掛ける。
俺が一人で勝手に決めてしまったけど、サクラさんは同意してくれているはず。笑顔で話を聞いていた。パストールさんに渡す依頼料は、活動資金から出す。他の二人には、事後承諾になってしまう。もし反対されたら、ポケットマネーから出すしかないだろう。
再び、受付に来た。さっきと同じ人だ。
「受付の姉ちゃん! 金は払う、依頼を出すぞ!」
「その依頼は、俺が受けます。構いませんよね」
窓口の女性は俺たちを交互に見て、何か察してくれたようだ。すぐに依頼を受理してくれた。
「次はパストールさんの姉に、挨拶へ行きましょう。見習い船員として、雑用係に雇ったことにしていますので」
「分かった、頼むよ」
それなりに給料を払えば、不審な点は少なくなる。
「でも、いいのか。迷惑を掛けるだろう」
「共にアカリさんの指導を受けたのだから、兄弟弟子みたいなものです。気にすることは、ありません」
この場合、俺が弟弟子になるのか。とにかく、これからの予定を決めよう。まず
ピヌティさんとマリアさんに合流しないと。それからパストールさんの姉に会う。回復魔導師労働組合にも、行く必要があるな。商売も忘れてはいけない。
「ところで挨拶に行く時間は?」
「姉さんが帰るのは、遅くなるはずだ」
「それなら先に仲間と合流します。こちらの用事を済ませるつもりです」
待ち合わせ場所は協会の前だ。そろそろ来る頃だろう。合流したら、先に労組へ行こう。それが終わったら、商談だな。
邪魔にならない場所で、しばらく待つ。
「ヤマト君、お待たせ!」
「そちらの少年は?」
二人に今までの経緯を説明する。依頼の件は無事に受け入れてくれた。これで、準備に活動資金が使えるな。
パストールさんの案内で、回復魔導師労働組合に向かう。
「あそこの連中は、オレが聖女様の弟子だと言っても信じないんだ! アニキだけだよ。分かってくれたのは」
「アニキ?」
急に弟が増えました。
「兄弟弟子だって、言ってただろ! だからアニキだよ!」
「なるほど」
まあ、いいか。歩き続けて、やっと目的の場所に着く。立派な建物だな。清掃も行き届いており、綺麗な外観だ。入口は二つある。事務用と、診療用みたいだ。
「入るのは事務の方ですね」
「オレは外で待っていた方がいいかな。顔を覚えられているかも」
「気にせず入りましょう」
アカリさんの指導を受けたなら、関係者とも言えるし。
「治療なら隣ですよ」
中に入ったら、いきなり声を掛けられた。おそらく間違えて来る人がいるのだと思う。視線がパストールさんに向いた。あ、しかめ面をしている。覚えていたか。若い男が胡散臭そうに、俺を見る。とりあえず用件を言おう。
「危険魔核結晶石取扱者の資格が欲しいのです。紹介状の発行を、お願いします」
「あれは誰にでも渡せるものではありません。どなたか推薦があれば別ですけど」
けんもほろろに断られた。言っていることは、至極まともだ。俺はアカリさんの手紙を取り出し、男に渡した。
「名誉聖女アカリさんからの手紙です。確認してください」
「は?」
受付の男性は、ますます訝しげな表情を見せた。だが手紙を確認すると、明確に顔色を変える。
「……魔導印、本物だ。大変失礼いたしました! すぐに上の者を呼びますので、応接室でお待ちください!」
「よろしくお願いします」
さっきまでとは、別人のような態度だ。アカリさんの影響力が、本当に凄いな。パストールさんは『町を救った聖女アカリ様』と言っていた。それが理由だろう。
明らかに上等なコーヒーを飲みながら待つ。扉が開き、副支部長と名乗る人物が現れる。すぐに紹介状を頂けた。アカリさんは帝都テノプルの救世主であり、回復魔導師労働組合の恩人らしい。
あるとき全身の衰弱により、動けなくなる病が流行した。原因が魔力欠乏によるものと突き止め、解決策を示したのが彼女だ。なんでも魔力回復薬の原料を薄め、茶葉と合わせる方法を確立。回復魔法と併用し、多くの人を救ったらしい。
とにかく紹介状は貰った。その後は店を巡り、品物を見せる。とりあえず鑑定を頼み、商談の予約をした。
終わった頃には、もう日が落ちる時間だ。パストールさんの家に向かおう。




