107話 出発前夜、ヤマトとサクラ
カナトビ島から移住者が来て、一ヶ月が経った。今のところ大きな問題もなく、上手くいっている。だが今以上に人が増えたら、どうなるか分からないな。
そろそろ治安についても、考えるべきかもしれない。知らない人間が増えれば、それだけ揉め事も増えるだろう。
「ヤマトさん。いよいよ明日、出発ですね」
「ええ。せっかくなので、楽しみましょう」
休憩室で考え事をしていたら、すぐ横にサクラさんがいた。両手には、飲み物を持っている。そろそろ夜も更ける時間だが、少し話をしたいな。
「一緒に飲みましょう。お酒では、ありませんが」
「この香りは生姜ですか。ありがとうございます」
この世界の青生姜を使用したホットジンジャーだな。見た目はともかくとして、ホッとする味だ。全体が完全に緑色の生姜は、元の世界では見たことがない。
就寝前には、ちょうどいい。気を遣ってくれたのだと思う。
「一ヶ月間、ずっと訓練でしたね。サクラさんは、お疲れではないですか?」
「私は大丈夫ですよ。あなたこそ、新しく指揮訓練を始めたのでしょう。大変そうでした」
これはグランザードさんとソフィアさんの提案だ。魔獣狩り協会と魔獣退治組合の元支部長たち。指導は的確だったと思う。いきなり約二十人の指揮を執るように言われたときは、驚いたけどな。
炎雷丸に乗って、結界外の魔獣とも戦った。前甲板に十数名、後甲板には五名を配置。操舵室には二名だ。マリアさんは固定で、状況により追加の人員を送った。連携の確認をしつつ、戦闘指揮を執る。基本、俺は前甲板にいた。必要に応じて、移動している。その際は、黒雲転移が大活躍だ。
「ソフィアさんも褒めていましたよ。筋がいいと」
「それは嬉しいですね」
元支部長の二人には、何度も助言をしてもらった。ありがたいことだと思う。
「ところでサクラさんは、人型飛空船同士の戦闘に慣れましたか? もし複座式の大会が開かれていたら、参加してもらいますよ?」
「望むところです。ドマさんとの模擬戦で、自信が付きました」
模擬戦に使ったのは竜人船セカンド。俺のスキルで新しく創造した。元の竜人船と比較したら、いくつか変更点がある。雷撃砲や炎雷砲、そして黒雲転移の機能をオミットした。代わりに、基礎能力を向上させている。それから、武器は槍だな。ドマさんの強い希望である。
「ただ二人で乗る時間が少なかったですよね。すみません」
「それは仕方ないと思います。複座式の大会が開催されるのか、現在の状況ですと分かりませんから」
先週、また王都カイスに行った。しばらく離れることを、報告したのだ。一緒に最新の情報を聞いたけど、やはり駄目だった。
「それにしても、ドマさん以外の乗組員も腕が立ちましたね。俺も多くのことを、学べたと思います」
「人によって特徴があったので、見ていると楽しかったですよ」
全員分の人型飛空船を、同時召喚するのは不可能だった。二人分の用意が、今の限界である。その分、調整には力を入れた。搭乗したままの改造も上達している。これができると魔獣の特性に合わせて、即座に対応が可能だ。
「飛空船の調整も、やりがいがありました。試合ごとに、改善点が見つかります」
「試合と言えば、総当たり戦で全勝したみたいですね。ドマさんには黒雲転移から奇襲をして、勝ったと聞きました」
正当な作戦だと思います。大会では転移魔法も使用可能と事前に確認している。ただし試合会場の外に出ると負けだから、使用距離は限られるな。だが黒雲からも逃げられないので、一概に不利とは言えないだろう。むしろ有利かもな。とはいえ実力者だと、二回目からは対応されてしまう。ドマさんも慣れたら防いでいたし。まあ切り札としては、十分だとは思う。
「あ、そうだ。良い報告があります。武器を魔力強化したまま、黒雲転移が可能になりました」
「また一つ、目標達成ですね!」
水竜戦のときに使えていたら、優勢に事が運べたはず。でも、あの戦闘があったからこそ、修業に集中できたとも言えるか。
「次の目標は、竜人船での居合術。サクラさんにも、お手伝いを頼みますよ」
「お任せください!」
狙いが止まった的であれば、そこそこ形になった。しかし実戦だと、相手が動くからな。人型飛空船の戦闘経験が、もっと必要だろう。命力増幅を使えば、標的が反応できない速さで切り裂けそうだけど。
「他にヤマトさんは、魔法の訓練も行っていましたね。とりわけ回復系統に、力を入れたと聞いています」
「皆の生命に関わることですから。本気で真剣に習いましたよ」
専門家であるアカリさんに指導を頼み、短期集中特訓もしてもらった。通常訓練と合わせると、効果は倍増するらしい。
「それと回復魔導師労働組合に、紹介状の発行を頼むつもりです。治療魔法に力を入れておくと、覚えがいい気がします」
「紹介状、発行してもらえるでしょうか」
「きっと上手くいきますよ」
アカリさんの話によると、自分の手紙を渡せば大丈夫だと太鼓判を押していた。名誉聖女の言うことだ。信じてみたいと思う。
「あ、生姜湯を飲み終わりました。おかわりを用意しましょう」
「俺も一緒に行きます」
隣の給湯室に行った。二人で肩を並べて、準備をする。湯を沸かしている間に、材料を取り出す。小型の魔導冷蔵庫を開いた。薄切りにした青生姜は、まだ残っている。迷宮で入手したハチミツに、魔導通信販売機で購入しておいたレモンの汁。それらを取り出して、多少の水を加えて煮る。ただしレモン汁は火を止めた後に、最後の段階で入れる。――よし、完成。
また休憩室に戻り話を続ける。作ったばかりのホットジンジャーを飲む。身体の内側から、暖かくなる気分だ。
「ヤマトさんは、レモン汁を加えるのですね」
「あれ? サクラさんは、入れない派でしょうか」
作り方は、人それぞれだ。入れないのも、また違う味になる。
「私の故郷では、レモンが手に入りにくいのですよ」
「なるほど。味は、どうでしたか?」
「美味しくて、驚きました。今度は自分でも、試してみます」
気に入ったのなら、良かった。これに酒を入れるのは、どうだろうか? そんな混合酒もあったはず。
「今、お酒のことを考えましたね」
「……なんで分かりました?」
ちょっと、びっくりする。
「前にウイスキーを運ぶ入れ物を買おうとして、考え込んでいたでしょう? そのときと似たような顔をしています」
「携帯用小型水筒のことですね」
悩んで結局、買わなかったのだよな。俺の場合は数十本の瓶くらいなら、余裕で持ち運べる。異空間倉庫魔法があるから。それはそれとして、欲しい。臨時収入があったら考えよう。
「それとナミソゾロ帝国を調べた際に、お酒の資料を見たときにも同じ顔をしていました」
「……帝国では、ワインの水割りが有名らしいです」
そんなに分かりやすかったのだろうか。ちなみにレモンを使ったリキュールも、好まれているらしい。他にはオレンジベースの酒もあるとか。食前酒に最適と書かれていたな。食後酒には、よくブランデーが出るみたいだ。まあ、好きな酒を飲むのが一番だな。
「飲み過ぎには、注意してくださいね。移動中は飲酒を控えている分、町に着くと大量に飲む傾向がありますから」
「はい、十分に気を付けます!」
思わず背筋を伸ばして返事をした。心配を掛けて、申し訳ないとは思う。身体を壊すのは、島の皆にも迷惑を掛ける。真面目に留意するつもりだ。
「帝国の町で飲むときは、私も連れていってください。毎回とは言いませんけど」
「いいですね。ぜひ一緒に行きましょう!」
楽しみだな。初見の町で、酒場を探す。旅の醍醐味だ。サクラさんと一緒なら、いつもより心が躍るに違いない。飲み過ぎには注意しつつ、良い店を見付けたい。思い出の一ページが増えるな!
その後も二人で会話を続け、夜が更けていった。出発は明日だ。しっかり英気を養おう。




