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97:衝突



「僕を追い出した街も、廃墟になってしまえば拒むことはできない……」


 上空に青色の影が揺らめく廃墟と化した街、かつて望濫法典が拠点としてた法の都市【アザルマイア】


 都市の人は全て、ミスリルドラゴンの降臨の贄となり、今は上位次元から漏れ出たミスリルドラゴンの魔力だけが街を満たしている。その魔力は望濫法典の幹部以外の存在を都市から拒絶する。資格者以外を膨大な魔力のブレスによって薙ぎ払うのだ。そこに意志はなく、ただ機械的に、自動的に行われた。


 そんな街に一人、モラルスはやってきた。今となっては望濫法典の首魁であるモラルスだけがこの都市に入ることができた。


「さっさと魔法陣を構築しよう【ダークレイ・ディスパー】」


 モラルスが紫色の無数のレーザーを魔法で生み出し、レーザーでアザルマイアの大地を焼き込み、魔法陣を刻んでいく。大量のレーザーが同時進行で正確に、素早く魔法陣を構築していく。


 魔法陣の構築が終わりかけるか、そんな時だった。


 ──キィイイイン!


 紫色のレーザーが、上空に反射された。モラルスの想定外のレーザー反射、モラルスはその原因を確認するため、反射の発生地を首を向けた。


 そこにあったのは氷と、それを操るエルフ、エリアだった。


「──な……に……!? どうやってここに入って……」


「それを教える義理はない! ここで決着をつける。望濫法典にはここで滅んでもらう!」


 気づけばモラルスの眼の前にはシャヒルがいた。モラルスはシャヒルに会ったことはない、無論、人相書きなどから情報を得てはいたが、単なる情報でしかなかった。


 しかし、シャヒルがモラルスの前に現れて、単なる情報は、命ある存在として、確かに存在するのだと、モラルスは理解した。


 モラルスはそれが気に入らなかった。シャヒルの直ぐ側に、モラルスの執着する者、アルーインがいたから。


 モラルスはアルーインとシャヒルの間に、信頼関係があることが、直感的に理解できてしまった。自分との間にない信頼関係がそこにあること、モラルスからすれば不快でしかなかった。


「アルーイン、いや……アルカ、そっちから来てくれるなんてね。実は僕の方から君の所にいくつもりだったんだ。だって今日は特別な日、君の誕生日だ。君が18になって、僕のモノになる日だ!」


「わたしはお前のモノになどならない。わたしの心の居場所は、自分で決める」


 アルーインがそう言って、シャヒルの方を向いた。シャヒルはそのことに気づくことはなく、ただ真っ直ぐにモラルスのことを見ていた。


 モラルスの心はかき乱された。


「ああ、あああああッ! そいつが、そいつが居場所だとでもいうのか!? 意味はない、僕が君の居場所は全部潰してきただろう? これからもそうだ。そいつと関わるな、君が関わっても、不幸になるだけだ。だって、僕が殺すから」


◆◆◆


 これは相当、イカれてそうだ。アルーインさんが気持ち悪いと拒絶反応を示していたのが嫌でも理解できてしまう。


 けれど、うまくいった。俺の考えた作戦。


 ブラビーの心と繋がり、記憶をサルベージすることで、モラルスの重要視していた拠点のいくつかを特定することができた。


 そして、最もモラルスは重要視していた拠点、ラシア帝国、法の都市、アザルマイア。モラルスが何か行動を起こすならここだと、俺たちは廃墟と化したこの都市とその周辺を監視していた。


 ただし問題もあった。アザルマイアを監視し、都市への侵入を阻む存在、ミスリルドラゴンだ。ミスリルドラゴンの防衛網をどうにか突破しなければいけなかった。


 俺はミスリルドラゴンの目を欺くことにした。望濫法典の幹部であったブラビーと俺を繋げて行動することで、擬似的に一体化した状態を維持した。それにより、ミスリルドラゴンは俺をブラビー、つまりはドルカスであると誤認識し、その監視をくぐり抜けることができた。


 先んじてアザルマイアに侵入したブラビーと俺は、風魔法の移動特性を活用することで、ミスリルドラゴンの魔力を移動させ、ミスリルドラゴンの魔力がない空間をアザルマイアに生み出した。


 ミスリルドラゴンの本体は上位次元、精霊の世界に存在しており、その魔力によって、この物質世界をを認識している。魔力が触覚のような形で世界を認識しているような感じ、それはつまり、逆を言えば自身の魔力が満たされた空間でなければ、ミスリルドラゴンはその空間を認識できない。つまりは見ることができない。


 ミスリルドラゴンは俺を望濫法典の幹部だと誤認識しているから、俺がミスリルドラゴンの魔力を移動させても、ミスリルドラゴンは抵抗しなかった。


 守護連合の精鋭達とアルーインさんは俺の生み出したミスリルドラゴンの魔力のない空間で出来た道を通って、あっさりとアザルマイアに侵入することができた。


「みんな、一気に畳み掛けるぞ!」


 俺の号令よりも早く、皆動き出した。ダクマ、エリアちゃん、守護連合の精鋭達、そしてアルーインさんはそれぞれの最強の一撃をモラルスへと放つ。


 炎、氷、土、闇、斬撃、打撃、そして風。あらゆる種類の攻撃が同時にモラルスへ襲いかかる。モラルスに逃げる方向など存在しない、一つの攻撃を避けようとすれば別の攻撃に当たる。モラルスは詰んでいる!


「──っづあ!? あああああ!?」


 攻撃の殆どはモラルスに命中する。それらの攻撃はモラルスの一瞬のうちに、あっさりと絶命へと至らしめた。


「た、倒した……? やった!? 本当に勝てたのか!? わたしは!」


「──!? アルーインさんまだだ! 俺たちは勝っちゃいない!」


「え……? けど、どうみても死んで──」


「そうだアルーイン殿、モラルスは、まだそこにいる!」


 エリアちゃんが指をさす。その先には、モラルスの精神体があった。それは明らかに意志を保っていて、今までに見たダグルムと似た雰囲気をしていた。


『あぁ、やっぱり見えるんだ。じゃなきゃ、ベイカルで僕達の邪魔なんてできるわけがないんだから当然か』


「こいつ、話せるのか……ただの意識体じゃない!! 何かがおかしい、みんな気をつけるんだ!」


「なんだ? シャヒルさんは何を言ってるんだ? モラルスがまだそこにいるのか?」


「何も見えないが……」


 守護連合の精鋭達がざわつく。くそっ、無理もないか……俺とエリアちゃんしかヤツを認識できていない。


 俺とエリアちゃんがどうにかするしかない! 俺もエリアちゃんもモラルスの意識体に向かって、魔力、魔法をぶつける。エリアちゃんは氷の魔法を、俺は風の魔法を。


 それらの魔法は、この物質世界ではなく、位相の異なるモラルスのいる精神世界へと向かう。それは傍目から見れば、突然魔法が消失しているように見える。


 魔法がモラルスに命中する。


 ──パァン!


「弾かれた!? そんな……どういうことだ。なんであいつ、あそこまであっちの世界で動ける、力を持ってるんだ!?」


『君らは勘違いしている……ダグルムの力が、僕らの力だと思ってる。けどそうじゃないんだ……ダグルムにとって、この世界の僕らの分身、望濫法典のプレイヤーキャラクターは、彼らの奴隷なんだよ』


「は……?」


『けどさぁ、あっちの世界から僕らの魂はロブレの世界にやってきて、融合したわけだ。キャラクターの人格を乗っ取った。なのにさぁ、納得できるかい? お前たちは俺たちダグルムの奴隷なんだって言われて、納得ができるわけがないよねぇ? だから、研究して、頑張って、逆にダグルムを支配する方法を編み出したんだ。ダグルムが僕たちを支配する術式の力の流れを反転させ、物質世界から精神世界の存在を支配する。完全に支配を完了させた僕たちは、精神世界でダグルムの力を使える──だから、動けるんだ、今、この時もね』


「──クソッ、マズイ!!」


『──リスタートだ【ダークレイ・ディスパー】』


 モラルスの死体が、魔法を発動させた。精神世界のモラルスが、自分の死体を経由して魔法を……止めることができなかった。


 俺もエリアちゃんも、ヤツのこの行動を予測することができなかった。一瞬の隙があれば、ヤツにとっては十分だったらしい。


 モラルスはレーザーで魔法陣を完成させた。それと同時に──


『──【リバース・プロトコル】』


 闇属性蘇生魔法、モラルスは精神世界から、自身の死した肉体を蘇生させ、復活した。そんな……死んだ自分自身を、蘇生させるだと……!? 滅茶苦茶だ……


「はははは! もう、勝ってしまったよ。魔法陣が完成しちゃったから、もう君たちには……! 僕を止められない! 僕はもう──神だ」


 都市全体に書き込まれたモラルスの魔法陣が紫色に光り輝く。体が焼かれる……守護連合の精鋭達が倒れていくのが見える。


 エリアちゃんとダクマ、アルーインさん、俺よりも強いみんなはまだ倒れていない……けど、駄目だ、俺は意識が──


 俺が意識を失う前、最後に見えたのは、モラルスが黄金に輝くミスリルドラゴンへと姿を変える光景だった。





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