95:自覚
「うぇ……これ、マジで飲むのか……」
禍々しい紫色の、見るからに毒ですと言ってかのような主張の激しい液体の入った小瓶をエリアちゃんから渡される。
「魂溶草で作った薬……けどよく手に入ったね、こんな毒草、流通してないでしょ?」
「流通はしていないけどそんなに珍しいものじゃない。モンスターも人も食べられないから天敵はいないし、分布地域では増え放題。ただ殆どが地中に埋まってるから見つけづらい……小さいネギと似ていて一緒に生えることも多いから、誤食した人やモンスターが死ぬことはある。もしかしたらわざと誤食させて、生物を殺しているのかも」
そう言ってエリアちゃんはポーチからネギっぽい植物を取り出し、観察している。これが例の毒草か……マジでネギっぽいけど、ちょっと大きめの球根があって、球根は紫と白のマーブル色、臭いはネギとは全く異なる……殺虫剤のような臭いだ。
「ちょ! こ、怖いこと言わないでよ! 俺は今からそれを飲むんだよ!?」
「大丈夫、一般人でも絶対に死なないレベルで薄めてある。ほらグイッと、私を信じて」
「……くっ……」
エリアちゃんを信じよう。グイッと行ってみた。
「あれ……? 意外と美味しいな……臭いは最悪だけど、なんか旨味が……」
「旨味? そんなはずは……飲みやすいように果糖は入れたけど、旨味のあるものなんて入れてない……もしかして果糖と水に反応して成分が変化した? 水で薄めるだけにするんだった……気を利かせたつもりが、最悪毒性を強化してしまった可能性が……」
「えええええええええ!? そんな理由でランダム要素いれないで!? いや、飲みやすいようにってお気遣いはありがたいけども!? まぁ、でも……今のところは問題なさそうかな? というか、なんで……ヤバイかもとか思わなかったの?」
「うーーーん、なんとなく、大丈夫そうだと、思いました。それはそうと、何か変化は……? 些細なことでも何か」
エリアちゃんは強引に話を反らし、目を閉じて、顔も背ける。まぁ気にしないことにしよう。エリアちゃんの直感が大丈夫なら大丈夫だろう。
「うーん? 変化……? いや、変な臭いだけど美味しいなってぐらい……あれ? 変な……臭い? 変な臭いがしない……逆に、いい匂いに感じるようになってきたぞ? 香りも味も最高だし、なんか……ちょっと気持ちよくなってきたかも……」
──ドタッ。
意識が少し朦朧として、グラリと来た俺はそのまま床に倒れ、尻もちをついた。まるで酔っ払いのように。
「臭いがいい匂いに……どういった原理? けど、私の予測した通りの反応が出た。精霊の目で見れば、反応による変化は一目瞭然。シャヒル殿は確認できる?」
「魂の状態を見ろって? そんなこと言われてもできるのか……? やってみるけど」
精神世界に行くでもなく、魂を見ろってどうすればいいのか……まぁでも、そうだな。とりあえずガルオーンを見るときの感覚を研ぎ澄ますような感じで、集中しよう。
「あれ……なんか、見えるな。あっさりと……なんかこう、表面が溶けてヌルヌルになった飴的な感じだ……今の俺の、魂?」
「うん、私からもそう見える。その状態で魂を動かせる? 精神世界で意識体を動かしていた時の感覚を応用すればできるのでは?」
魂を動かす。これもあっさりとできた。飴細工の作成工程みたいな感じだ……まだ固まりきってない飴でできた人形、それを動かす、俺の意志で。
「ふむ、思ったよりも自由自在に制御できている。精神世界でやっていたという修行が役立っているのか。では自分の形を変えられる? できるだけ薄く伸ばしてみて欲しい」
薄く伸ばす……ぬ、ぬぬぬぬ、む、難しいけど……頑張ってイメージ、イメージ。人の形が維持されているなら、どうにか伸ばせそうだ。
「ん……これは? この球体は一体……シャヒル殿の意識体の、胸の奥にあったのか。これだけまったく変形現象が見られない。かと言って硬いようにも見えない……あくまで印象でしかないけど、まるで水流で出来た渦が球の形を取ってるような……──」
──ビクリッ。
俺の体が大きく跳ねる。エリアちゃんが俺の中にあった球に触れた瞬間に脳みそに手を突っ込まれたかのような感覚に襲われた。
「──ッ!? わ、わーわーわー! ちょ! あああああ!?」
「──わっ、突然びっくりさせないでください……この球に触れたせいか。一体どんな感じなのですか?」
「どんなって言われても……こう俺の深い部分、底? よくわかんないけど、そういう感じが……触れられたみたいな。それで、球の水みたいなのが、エリアちゃんに染み込んで行きそうな感じがして。なんかヤバイと思ったんだ」
「私に球の水が染み込みそうだった? 興味深い、別に危険な感じはしませんでしたし、それでは私に一度染み込ませてみてください。今からまた触れるので──」
「──ちょ!?」
エリアちゃんがノータイムでまた俺の球に触れる。その瞬間、俺の球を構築していた水の渦は、分解されて、無数の糸となって、エリアちゃんに染み込んでいった。
「……ん? なんだこれ……なんか変な感じだ。涼しいけど、温かい……? だけど落ち着く感じだ」
「私はなんだか支えられているような感じがする。ふかふかのベッドみたいな……だけど、なんだか痛みを感じる……誰にも知られないように閉じ込めた痛み……まさか、これは、シャヒル殿の深層心理の感覚情報なのか? だとすれば、シャヒル殿が感じているのは私の、あ、あああ、! 駄目駄目駄目! 感じては駄目──」
「感じちゃ駄目? えー? でも心地いいけどね。快適だし、それとなんだっけこの感覚……俺も昔感じたことがあったような……そっか、昔、笠町のことを好きだった時の……あれ? なんだ、どんどん感覚が強く……恥ずかしい感じが……」
「ぬわああああああ!!」
エリアちゃんが奇声と共に俺の球から伸びた水の糸をエリアちゃんの魂から引き剥がした。すると、先程まで感じていた俺のものではない感覚はなくなった。
エリアちゃんの顔は耳の先まで真っ赤だ。
「あっ、そっか。心の中覗かれたら普通は恥ずかしいよな」
「そうです! というか、逆に、シャヒル殿は恥ずかしくないのか? ふ、ふぅ……なんとか誤魔化せたか……」
「え、何? ごま? いやー俺は別に、そんな恥ずかしいとかは。そもそも俺は自分のコトとか元から隠せるほど器用じゃなさそうだし。隠そうと思っても、辛くなったらきっと、いつかは表に出しちゃうし。どのみち見られてしまうなら問題ないかって」
「で、でも! シャヒル殿は痛みを抱えていましたよ。閉じ込めていました。あれは隠していたんじゃ!?」
なんだか、いつものクールさが失われているエリアちゃん。元々天然だったりで、色んな面を持つエリアちゃんだけど、彼女があわあわするのを見られるのは希少である。なぜだかありがたいと思ってしまった。
「隠してるんじゃない、閉じ込めているんだ。俺の中にも良くない心だったり、ネガティブな心がある。そういった気持ちを出すと物事がスムーズに運ばないことも多いから……って、それを隠してるっていうのか! ははは、そうだね。否定しようと思ったけど、ちょっと無理があったか。まぁでも、恥ずかしいわけじゃないよ。それに、その痛みを感じることは、俺のためでもある」
「自分のため……?」
「そう、俺のためになるんだ。色んな我慢があるけど、俺が我慢したくない、耐えられないような痛みもある。それは大事な人と離れ離れになってしまったり、知ってる顔の人が、死んでしまったりとかで。なんて言ったらいいのか……俺の心の中に、今まで俺が出会ってきた人がいる。その人達との思い出とか、俺に向けられた思いがある。俺はそれを守りたい……それを守るためなら、我慢はできる。最悪な痛みを回避するためにさ、妥協っていうのかな?」
「……そうですか。それでその具体的に、今シャヒル殿が抱えている痛みとは? 隠したいわけでもなく、恥ずかしくもないのなら、教えてくれてもいいのでは?」
エリアちゃんの顔が先程までとは打って変わって、真剣なものに変わる。
「ぷ、プライバシーとか……はは、まぁ自分で言ったことだし。ここで言わないのも男らしくないか……俺が抱えてる痛みはシンプルだよ。さっき言ったことにも通づる話で、怖いんだよ。最悪の痛みが、大事な人と離れ離れになったり、死別してしまったりするのが。そして、最悪を回避するには、俺の力は足りないことが、何よりも嫌で嫌で、苦しいんだ」
「……」
エリアちゃんは黙って聞いている。けれど、その顔は険しい、俺の答えには納得していないみたいだ。
「誰だって、自分にできることしかできないって、分かってるけど。大事な人達を守りたいと思えば思うほど、痛みは強くなる。こっちの世界の俺にとっても、元の世界の俺にとっても、今は大事な人達が増えすぎて大変なんだよ。もちろんエリアちゃんだってそうだよ? だから俺は、この痛みは絶対に捨てない。俺の心の世界には必要なんだ、強くなるために、逃げないために」
「なるほど……理解はできる。しかし、私は納得できそうもない。何故なら、何故なら……っ……」
言葉を詰まらせるエリアちゃん。怒りの感情からか、顔は真っ赤だ。
「な、何故なら……?」
「とにかく納得できないものはできない! それに、よくよく考えれば何の問題もないこと。問題があるのなら、それを解決する方策を考えて実行すればいいだけ。私は、世界を救う、運命の子、だから私は、きっとシャヒル殿のことも救う。シャヒル殿もまた、私が救う世界の一部なのだから、当然そうなる。あなたがいつか痛みを感じなくともよくなる世界は、きっとやってくる。そのためにも、じ、実験を続けましょう。う、うおっほん!」
わざとらしい咳で、エリアちゃんは締めくくった。
エリアちゃんは俺の考え方を認めてはいないみたいだけど、彼女は前向きだった。賛同しなくとも、一緒に頑張ろうと、彼女に言われた感じがした。考え方が違ったとしても、共に歩むことはできる。
クールに見えるけど、どこまでも熱い。不思議な子だ。エリアちゃんの心の中にあった、誰かのことが好きな気持ち、あれは、俺の心の中にもあった。
自分の魂を少し離れて、客観視して分かった。俺もまた、人を愛しているのだと自覚した。
昼男とシャヒルが一人となって、そこから出会いがあって、大して時間は経っていない。でも、一緒にいた時間がどれぐらい長かったかなんて関係ないんだろう。結局、心の話、感じたことが全て。
好きだと自覚したら、守りたいと思う気持ちも強くなる。その分痛みは強くなる。俺は、エリアちゃんが好きだ。
美人は苦手だとか言っておいて、今思えば、俺は、初めてエリアちゃんに会った時から、一目惚れをしていたのかもしれない。と言っても、多分好きになったのは見た目じゃない、その心、雰囲気。
俺はエリアちゃんと一緒にいて、心地がよかった。落ち着く、癒される、元気が出る。だから、見かけて気がつくとすぐ近くに寄りすぎてしまっていたりする。それに気づいたら距離が近すぎると良くないなと、そう思って離れてた。
食事のときも自然と隣に座ってしまうし、みんなで話す時も隣に立ってしまいがち……波長が合うってやつのなのかな? うわっ、きっしょ、エリアちゃんだってそう思ってるとは限らないのに……俺ってば……ああ……でも──この気持ちは、まだ表に出せそうにない。この先戦いが、モラルスとの決着が待ち受けていること、それはほぼ確定だから。
その戦いが終わるまでは、俺は、気持ちを伝えることはできない。浮かれてなんていられない。
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