88:天使の過去
「ガルオーン殿の力を借りて、我々の意志をあちら側に伝える。これによりアルーイン殿の力をベイカルの人々の魂に使う……ウルガノン殿はその神性をシャヒル殿に与えて欲しい」
エリアの言葉に頷くアルーインとウルガノン、ガルオーンのゲートをアルーインの思念とウルガノンの力が通り抜けていく。エリアが導き、シャヒルの所まで届けた。
「なんだ……何かが、来る……?」
ウルガノンの力、熱した鉄のような圧倒的な赤の光が、光の鎧と化したシャヒルに浸透していく。
シャヒルは驚きながらもその力を受け入れた。その力から、敵対的な意志は感じられず、むしろ自分を助けようとする意志が伝わってきたから。
それと同時に、アルーインの思念がベイカルの人々の魂が閉じ込められた巨大球へ突き刺さる。
『聞け! 人々よ! 彼は勝利するだろう。あなた達が、彼の勝利を望むなら。だから祈り、願いなさい。聖女も神も、彼に力を与えている。故に、敗北はありえない!』
『だ、誰だ……? この声、誰……? 女神様……?』
アルーインの思念を受けたベイカルの人々は、その思念、声が誰のものなのか、疑問を抱いた。
『わたしの名はアルーイン。灰王の偽翼の騎士であり、悪しき神を滅する者。人々が英雄と呼ぶ者だ』
アルーインは自らが英雄であると言った。しかし、彼女は自分のことを英雄だとは思っていない。けれど、彼女は嘘をつくことができないこの精神世界で言い切った。
アルーインには覚悟あった。人々が望む英雄の役割を、己が演じることを。
英雄でなくとも、人々がそれを望み、そう思われたなら。彼女はそれに応える。
人々のためでなく、一人の男のためだった。
◆◆◆
彼女は完璧だった。容姿、知性、身体、生まれ、全てを持っていた。けれど、バランスを取るようにたった一つ、欠けているものがあった。
──彼女には運がなかった。
灰海アルカ、彼女は上級市民の中でも上澄みと言える家系に生まれた。彼女は言葉を覚えてすぐ、大人たちの会話についていくことができた。知らない言葉は多くても、意味を教えればすぐに理解した。
彼女が一般的な子供の感性を持っていたなら、彼女は大人達や、周囲の子供、自分よりも劣る知性の持ち主を見下していたことだろう。
しかし、彼女はそうはならなかった。彼女は容姿も他の者より優れていたし、生まれたその時から自分よりも劣る者にしか会ったことがなかったが、彼女は決して人々を下に見ることはなかった。
アルカが見ていたのは人の能力ではなく、その人の意志、考えだったからだ。自分とは違う考えで溢れるこの世界が、アルカには好ましかった。人からすれば、些細な考えの違いなど大して魅力的なことではないだろうが、彼女にとってはそうではなかった。人からすれば小さなその違いが、彼女には大きく見えた。
アルカは人々の持つ夢がどうすれば達成できるのか、彼女は少し考えるだけでその道筋がはっきりと見えた。そうして5才になった頃、初めて人の夢を導き、叶えた。
「アルカちゃん! ありがとう! おじさん、君のおかげで夢がかなったよ! まさか、本当に新代スポーツ界で成功できるなんて……ああ、夢みたいだ」
親戚の集まるパーティーで、アルカの叔父がアルカの両親に新規事業立ち上げの相談をしていた時、アルカはその話を聞いていた。
アルカは、軽い気持ちで新代スポーツの世界で成功するための方法を叔父に教えた。最初、叔父も両親も子供の言う事と、真剣に聞くつもりもなかったが、アルカが話していくうちに、その顔つきは変わった。
アルカの考えは具体的だった。専門的な技術の話ではなく、特定技術を有する企業の効率的な取り込み方だった。それはかなり特殊な方法だった。
「精神的な問題で、解雇された、離職した技術者を集めてください」
「はは、いやいや、彼らの問題はそう簡単に解決できないよ? 雇っても役には立たない」
「いえ、神経質で摩耗してしまった人から情報を得るためであって、労働力として求めてるわけじゃありません」
「え? どういうこと……?」
「彼らは神経質なので細かな所まで憶えています。痛みやストレスは記憶力と密接な関係にありますから、彼らから解雇された企業の詳細な情報を得るんです」
「いやぁでも、技術的なことは資料とかがないと……人の記憶じゃ思い出すにしても限界が」
「目的は具体的な技術ではありません。その企業においての、実際に重要な役割を担っているのが誰か? を特定するためです。表向きに有能に見える、重要に見える人物が実際にそうなのかは別です。特に、上級市民がいるとその評価は歪みますからね。ようはそういった正当な評価を受けていない重要人物を見つけ出し、ヘッドハンティングするんです。待遇に不満がある可能性が高く、成功確率も高いはずです」
叔父はアルカの考えた方法を試してみた。採用情報に精神疾患を抱えて解雇された者、離職経験のある者を歓迎すると記載し、そういった者達を集め、面接した。
神経質で、細部まで見る記憶力のいい者を選別し、雇用した。
彼らはアルカの言う通り、人をモノを、よく見ていた。病的で、扱いづらい人材ではあったが、彼らの情報を元に行ったヘッドハンティングは、驚くほどうまくいった。
そしてアルカの叔父は新規参入でありながら、新代スポーツ業界でいきなりの好成績を叩き出した。それによって得た莫大な利益は、情報目的で雇った彼らがまともに働くことができなくとも、有り余った。
アルカにはよく見えた。人々の夢が叶う道筋が。アルカは人の願いを叶えた。気楽に、気軽に、当然のように。
彼女は人気者になった。学校でも多くの友人に恵まれ、尊敬されていた。アルカに知恵を授けられた者は、その人生に劇的な変化が齎されたが、アルカの方はというと特に変わることはない。アルカにとっては人の願いを叶えるのが当然であり、普通のことで、心動かされることではなかった。
けれど、アルカはそんな日常を好ましく思っていた。肯定していた。けれど、彼女が10才になった頃、その日常は唐突に終わった。
「あ、あああ! て、天使様だ! こんな子がいるなんて! す、すすす、好きだ! 結婚しよう? ねぇ、いいよね?」
アルカの10才の誕生日パーティーで、年上の男子から唐突にそんなことを言われた。新財閥の支配者、森戸家の子供だった。
いきなり天使呼ばわりされ、結婚しろと言われ、アルカは「なんなんだこいつ」と思ったが。祝の場を良くない雰囲気にするのもどうかと思ったので、ぐっと堪えた。
「はぁ、はぁ……黙ってるってことは、良いってこと? 別にダメでも、僕はそうするけどね。あぁ、我慢できない──」
その男子は興奮した様子でアルカに抱きついてきた。アルカはその瞬間、今までの人生で感じたことがないほどの、猛烈な不快感に襲われた。アルカの中に生まれた初めての攻撃的な衝動だった。その衝動に抗う術を、アルカは知らなかった。
──バシンッ!!
「気持ち悪い。結婚はありえない……消えて」
アルカは新財閥の御曹司を思いっきり平手打ちし、冷めた眼差しで御曹司を見下ろした。アルカの周囲の大人達はそれを見て凍りつく。
御曹司の護衛がアルカに近づき、取り押さえようとする。アルカはそれを見て、自分はとんでもないことをしてしまったと、今更になって気づく。
「やめろ! 僕の天使様に触るな!! 殺すぞ!!」
意外にもアルカを取り押さえようとする護衛を止めたのは、森戸の御曹司だった。
「ああ、最高だ……君は強い……みんな僕を恐れて従うだけなのに、君は抗った。それって気高くて、純粋で、キレイなんだよ……うふふ、完璧だ。本当に天使様なんだ。心がそう見えたってだけじゃないんだ……よかったぁ……汚いモノを拒絶してくれて。じゃなきゃ、君は汚されてるものね。君がその気高さを持ち続ける限り、君はずっとキレイだ」
恍惚の表情を浮かべ、アルカを見つめる御曹司、森戸流戸は立ち上がり、大袈裟な拍手をした。
アルカだけでなく、その場にいた全ての人が、流戸に嫌悪感を抱いた。気持ちが悪いと思った。しかし、アルカ以外の全ての人は、それを決して表に出すことはない。
「ほらね? 君以外嘘つきだ。僕を気持ち悪いと思って、拒絶したいと思っても。表に出せない。おい! お前! 彼女みたいに気高く振る舞ってみろよ! 僕のこと、気持ち悪いって思ってるんだろう? 言ってみろよ、キモイって」
流戸はたまたま近くにいた、アルカの学友の少女に向かってそう言った。
「き、キモイ……気持ち悪い……です」
アルカの学友の震えた声が、静かなパーティー会場で響く。
「まぁ……言われてから言ってもダメなんだけどね? 残念だけど、君のパパとママの会社は潰すよ。僕に無礼な言葉を吐いたんだからね。君は明日から、低級市民の仲間入りだ」
「え、あ……あ……」
理不尽に絶望する友人の姿を見たアルカは、料理の並ぶテーブルにあったナイフを手にとって、流戸の首筋に突き立てようとする。
それはやってはいけないことだと、アルカは分かっていた。それをすれば、自分どころか、アルカの家自体も終わることは分かっていた。
それでもアルカは森戸流戸を殺すべきだと判断した。今、ここで殺さなければ、これから先、数え切れない程の不幸が、この少年によって振りまかれると、アルカには分かっていたから。
けれど、アルカの刃が流戸に届くことはない。それは当然で、彼の傍らには世界最高峰の護衛のエリートがいるからだ。
アルカはあっさり流戸の護衛に取り押さえられ、ナイフを奪われた。
「あ、ああああああ! 君という子はぁ……なんて、最高なんだ……僕という存在を消すためなら、自分どころか、家族の命すら捧げようだなんて……そんなこと、普通できないよ。正しいのは君なのに……きっと誰にも理解されず、大人たちから責められてしまうんだろうなぁ……可哀想に……でも、安心してよ。このことは問題ならない。問題にしようとする奴らがいたら、僕が殺してあげるからね?」
アルカは恵まれていた。けれど、その釣り合いを取るように、その日、彼女の人生は呪われた。森戸流戸との出会いによって。
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