87:死の覚悟
ガルオーンが物質世界と精神世界とのゲートを開く、地上のベイカルと、精神世界のベイカルを繋ぐ。
虹の輪が出現し、エリアはその輪を覗き込んだ。
「これが……精神世界……」
ゲートを覗き込んだエリアは初めて見る精神世界に驚いた。自身が思っていたよりも物質的な見た目をしていたからだ。
アルーインもまた、ゲートを覗き込んだが、アルーインにはその世界の様子は見えなかった。
「エリア君、わたしにも彼のいる世界を見せてほしい」
「承知した! 【シンクロ・トーン】!」
【シンクロ・トーン】──魔法耐性を上昇させる音を放つ風魔法。風属性、魔法、使用回数制限19/20。
「【ユグドラ・ライト】!」
【ユグドラ・ライト】──味方の魔法威力を上昇させる領域を展開し、自身の魔力を仲間に貸し与えることが可能。光属性、火属性、風属性、魔法、使用回数制限4/5。
エリアは二種類の魔法を組み合わせることで、アルーインにシャヒルのいる精神世界の状況を見せる。
最上級光属性強化魔法、ユグドラ・ライトでエリアとアルーイン、他の守護連合の仲間達を強化し、現実とは異なる”見方”の違う精神世界への理解を助けた。行った事としては、精神力の強化であり、そこからさらにシンクロ・トーンでエリアの魂と同調、共振させることで、精神世界、精霊の世界の見方を教え、誘導する。
元々目で見ることができない精神世界を、映像的に映すのは困難であり、それを感覚的に認識させるにはこれだけのお膳立てが必要だった。
これを人の身で実現させることができるのは、世界にただ一人、エリアだけ。
何故ならエリアクラスの魔法使いはプレイヤー含めても数える程しかおらず、そしてそんな一流の魔法使い達も、精霊や魂を認識することができないから。
エリア自身もまだ、魂の世界の表層に触れる程度ではあるものの、その基本概念と、見方を理解しているのが大きい。それ故に、普段自身が認識できているよりも高い次元の世界を理解しろと、ガルオーンから無茶振りされても、対応することができた。
基本理論を完全に理解していたからこそ、その応用にまで手が伸びる。それをエリアは行った、誰の手助けもなく、孤独の中で唯一人、独力、独学でそれを成し遂げた。
天才、新たな人の領域を開拓する者。エリアは今この瞬間に、天才となった。ガルオーン以外には、彼女のやったことが、どれだけ凄まじいことなのか、まるで理解されることはないだろうが、それも仕方ないのかもしれない。
エリアは平然と、淡々とこれを行ったから。他人からすれば”大したこと”には見えないのだ。
『まさか、ここまでとはのう……エルフの身であるなら、一代で新たな学問を生み出し、発展させることも可能かも知れぬな……』
ガルオーンは自身がエリアに無茶振りをしていると自覚していたので、策を実行する際には助言を行おうと考えていた。しかし、実際にはエリアが助言を受けるまでもなく、完璧に仕事をこなした。
さらに想定外だったのは、ガルオーンが考えていた方法とは別の方法でエリアがこれを行ったことだった。ガルオーンは単にエリアの脳内イメージを現実に映し出せばいいと思っていた。しかしこのガルオーンの考えていた方法は、精神世界において死角が多すぎた。精神世界では見た目上のことだけでなく、感覚的なことが重要であり、それが理解できなければ不完全な認識となる。
だが、エリアの方法ならばその死角は存在しない。視覚敵に不可思議なことが起こっても、エリアが感じることのできる事象なら、周囲の者も理解することが可能となる。
「え……まさか、あの光る鎧の男が、シャヒル君なのか……?」
『そうじゃ、あの太い人の足、僅かながらシャヒルの気配がするじゃろう?』
「うわっ……まさか、君がガルオーン?」
『ほっほ、そうじゃよアルーインのお嬢さん。どうやらエリアちゃんの魔法の効果でワシが分かるようになったようじゃのう』
エリアが行ったのは感覚共有のため、副次的な効果として他の者達にもガルオーンの存在の認識が可能となった。守護連合の仲間たちとアルーインは、突然に竜巻爺顔面が出てきたので驚いた。一部の者はモンスターと勘違いして武器を抜きさえした。
そんな時だった。女の声が響いた。
「おい! おーい! あんたらは正気なのかー?」
「あれは……死克の聖女……? となりにいる鉄の人、サイシューだったか」
エリア達の元へやってきたのは死克の聖女、ロイスとサイシューだった。
「って、よく見たら守護連合のやつらか。あれ……? ヒーロー? 倒れて……まさか、死んだのか!?」
目を閉じぐったりと、地に倒れ込んだシャヒルを見てロイスが狼狽える。
「いや、死んではいない……死にかけではあるが……彼は、シャヒル殿は精神世界で、ベイカルの民を救うために戦っている。隣にいる鉄人は信用してもいいの?」
「あ? サイシューのことか。それなら大丈夫だ。ダグルムの力はあるが、奴らの意志は消えてる」
「ふむ……どうやら私も成長したらしい。今では聖女に憑いた神が見える。前までは、自分と相性が良くないと見えなかったけど……今ならば見える。聖女に憑いた神よ、聞きたいことがある」
『おお!? 吾輩が見えるのかァ! 流石は我が友シャヒルの仲間よ! 聞きたいこととはなんだ? なんでも答えようぞ?』
サイシューの黒光りする鉄の鏡面に、死克の聖女の神、炎溶神・ウルガノンが写り込んだ。凶悪な面構えだが、表情はニコやかで、エリアに対して好意的であるのが分かる。
「あなたは近々消えて、生まれ変わると聞いた。今この時も弱っていて、十全に力を発揮できないと。何故あなたは死克の聖女に協力した?」
『はっは、そんなことか。よかろう教えてやる。知ってるか? ロイスはまだほんのチビだった頃、こいつは自分で腕を切り裂いた。派手に、十字にな……大事な女子の手を……それは誓いのためだった。父と母を殺した世の理不尽を決して許さず、打ち倒すと己に誓った。それを見たらな、誰からも見られず、知られず、冷えて、消えかけていた吾輩の魂が、熱くなった! この子の願いを叶えてやりたいと思った。対価などいらぬ、どうせ消えかけの身だしな。いや対価はすでに貰っていたのだ。吾輩の魂に熱をくれたのだからな』
「ならば、ただの善意だと?」
『ふふふ、ははは! 違う違う、吾輩はそのような心優しい神ではない。吾輩は我儘で、気分やで、ノリと勢いだけの神だ。善意じゃない、ただ思っただけだ。小さな人の子が、覚悟を決めるその様が、吾輩的にカッコイイとな。覚悟を決める者が、戦える者、大人や戦士であったなら、吾輩は熱くならなかっただろう。吾輩からすればそやつらは戦って当然だからな。弱く小さな存在が、この街のどの人よりも、熱く、強く、覚悟を決めたから……! それを感じたら、力になるしかないよなぁ!』
「返答、感謝する。炎溶神・ウルガノン。ここで、生まれ変わることはできる?」
「なっ、おい! いきなり何いってんだよ! それって、ウルガノンに死ねって言ってんのか? いくらヒーローの仲間だって言って良いこととわる──」
ロイスはエリアの言葉に怒り、エリアに掴みかかる。
「なら、あなた達にも今がどんな状況なのか見せよう」
エリアはロイスとサイシューに向かって杖を振るう。ロイスとサイシューにも、エリアの感覚が共有され、シャヒルのいる精神世界が認識可能となる。
そこには光る鎧の男がケリスによってバラバラにされ続ける光景があった。伝わるのは視覚的なイメージだけではない、巨大球に閉じ込められたベイカルの人々の魂の叫びと、彼らを助けるため、戦う男の痛みもだった。
「あ、ああ……これが……あっちの、精神世界なのか……?」
「そう、あの光の鎧が、シャヒル殿だった者……何度も敵にバラバラにされて、その度に繋ぎ合わせたのだろう。体を組み立てる度に、自分の心を、記憶を落として、代わりに人々の願いを組み込んだ。自分であることよりも、人の願いを背負うことを望んだから……ベイカルの人々が、自分自身が助かることを望んだから……気持ちは理解できる。誰だって助かりたいだろう……だが、彼が……シャヒル殿が痛み、苦しむことを感じ、理解しても、それでも自分のことばかりを考えている」
エリアは顔を伏せる。腕は力んで、振るえていた。
「なのに……人々が自分のことばかり考えていても……それを感じて、分かっていても……彼は、シャヒル殿は……みんなを助けようとしている。彼らに寄り添って、全力で助けようとしている! はっきり言おう、私はこれを見て、この街の人々なんて見捨てればいいと思った。だって愚かだ……彼の命、魂を削ってまで助ける価値なんてない……人である癖に、人の心を捨て去った者達を助ける意味なんてない!」
「え……?」
エリアは泣いていた。それはシンプルな理由で、理屈っぽいエリアらしからぬものだった。シャヒルを哀れんでいた。可哀想だと思った。
「私はそう思った……でも、彼は、シャヒル殿はそうは思わなかった。彼は信じている。人々の持つ未来を、可能性を。彼らの心の中に良心が存在し、守るべき価値が存在すると……だから、私は彼の望みを叶えたい。そして、その望みを叶える時、同時に聖女ロイス、あなたの願いも叶えられる。この街を蝕んだ邪悪、敵は滅ぶから。だから、だからっ……!! ここで願いを叶えて欲しい……これはただの私の望みでしかない。シャヒル殿に、生きていて欲しいんだ。シャヒル殿が死んで、彼らが助かったってそんなの……」
『そういうことか……ロイス、今なら吾輩の顔を見えるんだろう? 吾輩の顔を見ろ。そして聞け……吾輩は、ここでロイスの願いを叶え、死のうと思う。死んで、新たな存在に生まれ変わる。今がその時だ。今ある吾輩の存在全てを使い、ロイスが復讐を誓った存在を打ち倒す。ロイスよ、吾輩の顔を見ろ! 死ぬのが怖いように見えるか? 嫌がっているように見えるか? むしろ逆だろう? いい顔してるだろう? だって、お前の願いを叶えられるんだ! 当たり前の話だろう! ハッハッハッハッ!』
「う、うう……あ、あああああ! ウルガノン……ボクは……ボクは……」
ロイスは頬を涙で濡らした。それはウルガノンの覚悟を肯定することだった。ウルガノンが消える寂しさを、受け入れることだった。
『さて、ロイスも納得してくれたみたいだし。我が友シャヒルを助太刀してやらねばなぁ……!』
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