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86:願い、欠落する心



 痛い、痛い……痛い……体のどこが痛いのか、それは分からない……心が折れそうになる、激しい痛み……


 きっと、ここが精神世界じゃなくて、肉体のある、あっちの世界なら、俺はとっくに痛みを感じることができなくなっていたと思う。だから俺は、痛みから逃れることはできない。いくらこの痛みを感じ続けても、慣れることはできない。


「あ、ああ……ああああッ!!」


「何なんだお前は……シャヒル!! どうやったらお前は死ぬ? なんで倒れない!」


 ケリスはずっと、俺をバラバラにし続けていた。回避不能、因果の歪んだ必中の爪撃。バラバラにされる度、バラバラになった俺を集めて、人の形に戻す。繰り返す度、自分の何かが欠けて、失われていくような気がした。


「死ねよシャヒル!! 死ね、死ね死ね!!」




「──シャヒルって……誰だ?」


「あ……? 何言ってんだお前……はは! ついにぶっ壊れたー? やった、じゃあそろそろ死んでくれそうだー!」


 シャヒル……それが俺の名前なのか……? 俺は誰だ……? 眼の前のこいつは誰だっけ?


 思い出せない……ただ、分かるのは。こいつが敵で、俺は人々を救うために戦っているってこと。ただそれだけがはっきりしていた。


 巨大球の中の、人々の魂、彼らの救いを求める声、悲痛なその声を、他人事として受け止めることはできなかった。それがなんでか、分からないけど……俺は、まだ戦える。戦わなければっ……!


「必ず守る、そのために俺はいる。だから戦える。オレは──負けない」


「な、お前、なんなんだよ! その姿……人で、なくなったのか……? お前も……」


 猫男はオレを見て驚いていた。何がおかしいのか? オレは自分の体を見る。


 それはオレンジと銀の光で出来ていた。人ではない……そうか、オレは人ではなかったのか。この光が何なのか、オレには分かる。これは、人々の願いだ。


 巨大球に閉じ込められた人々の、救済の希望、その願いの力が、オレを形つくっている。けれど、右足だけ、少し感覚が違う。なぜだか懐かしい感じのする、人の足だった。



◆◆◆



「シャヒル君!! 彼は生きているのか……?」


 物質世界のベイカル、シャヒルの肉体があるそこに、アルーインはいた。肩で息をする彼女は、シャヒルの仲間達、守護連合のメンバーに話しかけた。


「生きてはいる……けど、どうしてアルーイン殿が……?」


「彼に、シャヒル君に助けを求められた……ベイカルが危ない、私に助けて欲しいと」


 アルーインに問いかけたエリアだったが、アルーインの回答にどうも腑に落ちない様子で、アルーインを訝しんだ。


「シャヒル殿本人に……? しかし、それはおかしいのではないか? ここは戦闘状態の領域なのだから、魔法の手紙を出せるはずもない……」


『ああ、それは非戦闘エリアのとこからワシが出したんじゃよ。どうも敵がヤバそうだったから、アルーインのお嬢さんの助けを求めるべきと判断したんじゃ』


「が、ガルオーン殿!? そうか、そういうことだったのか……ガルオーン殿の力を使って魔法の手紙を……ならひとまずは納得しておこう。今大事なのは、シャヒル殿が今、どのような状態にあるかだ」


「ガルオーン? シャヒル君が言っていた精霊のことか……その精霊がここにいるの?」


「うむ。今、アルーイン殿の真後ろに漂っているよ」


 え!? っと少し驚くアルーイン。それを見てガルオーンは少し笑っていた。エリアとシャヒル以外には基本的に認識してもらえないので、ガルオーンは人の反応があると嬉しかった。


『正直言うと、シャヒルの状態は非常にマズイことになっとるんじゃ。このままだと勝ち目もなさそうだしのう……じゃから、エリアちゃんとアルーインのお嬢さんの力を借りたいんじゃよ』


「私とアルーイン殿の力を借りたい? ガルオーン殿、それは一体?」


『シャヒルの魂がおる、精神世界とこの世界を擬似的に繋げるんじゃよ。ワシがゲートを生み出し、精神世界とこの世界を繋げ、そしてエリアちゃんがワシのゲートを通じて得たあっちの状況イメージを、魔法で映し出す』


「あちら側の映像を映し出す……? しかし、それに何の狙いが? いや、状況は知りたくはあるが……」


『座標じゃよ。アルーインのお嬢さんが力を使うにしても、その位置が分からねば、それは実行不可能。そして使う力とは、アルーインのお嬢さんの【灰王の号令】じゃ。これをベイカルの人々の魂に使用し、シャヒルを強化する』


「灰王の号令……? アルーイン殿にそのようなスキルが? それは一体どのような……」


『いや、その……ちょっと言いづらいんじゃが、洗脳スキルのようなもんじゃな。アルーインのお嬢さんを英雄として見た者、信仰した者を従わせ、このスキルの影響下にある者の能力を向上させることが可能なんじゃ』


「せっ!? っと……危ない、口に出す所だった……」


 エリアはアルーインの持つ特殊スキル【灰王の号令】の詳細に驚き、洗脳!? と言いかけた所をどうにか抑えた。エリアはアルーインの顔を改めて見つめ「この人は危ない人かも……」と内心思った。


 その一方でアルーインもまた、エリアの能力に驚いていた。エリアが自分には見えない精霊、ガルオーンと対話していることがはっきり確認できたからだ。


 アルーインの灰王の号令の詳細について知る者は数える程度しかいない。シャヒル、アダム、ダクマとディアンナ、灰王の偽翼の幹部。危険な能力故に、秘密にするべきことであり、他の誰かには話さないように取り決めをしていた。


 アルーインはエリアの驚いた顔と動揺する姿を見て、彼女が自身の秘密を知ったことを確信した。ほんの些細な表情の変化だったが、アルーインにとってはそれで十分だった。


 エリアはシャヒルと知識を共有するガルオーンを経由して、自身の秘密を知った。その確信は、同時にエリアの精霊との高い親和性を認めるもので、アルーインはエリアに対し、少しばかりの嫉妬心を抱いた。


 まるでエリアとシャヒル、二人だけの世界があるようで、それが少し気に入らなかった。


『精神世界では単純なステータスなど意味をなさない。大事なのは確信、信じる力じゃ。だからこの場合、灰王の号令に期待するのは、ステータスの向上と言うよりは……ベイカルの人々に確信を持たせることなんじゃ。シャヒルが、必ず勝つとな』


「ふむ……ガルオーン殿の策は理解した。私も異論はないし、きっと、迷うことも許されないのだろう。アルーイン殿と二人で作戦の打ち合わせをする故、他の者はここから離れて欲しい。済まないが、込み入った事情がある」


 エリアは人払いをする。エリアの目に映るのがアルーインとガルオーンだけになると、エリアはガルオーンの策をアルーインに話し始めた。





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