85:否死
「元々馬鹿だったけど、これじゃ使い物になんないよー……もういい、一人でやる」
ケリスの胸にあるネコの顔が俺の方を見て威嚇してきた。
なんだ……? 前戦った時よりも、ケリスのネコがなんか……生物的っていうか……人形っぽくなくなった? いや……現在進行系だ……どんどん生き物っぽくなってきてる。ネコの顔とその周辺には毛が生え始めた。
『ミャオ~~ン!』
「ぴ、ピシーズ!? ピシーズの声が、聞こえる! ああ、本当だ……楽園が始まるんだ。二度と会えないと思っていた……それが、また会えた。ありがとうモラルスくん……恩返しを全力でするためにも、シャヒルくんを殺さないとねーぇッ!」
ケリスの胸にあるネコがついに鳴いた……生物感のある鳴き声、完全に生きている。ピシーズっていうのは、多分ネコの名前か……ケリスはネコを昔飼ってて、死別したってことか?
なんでだ……どうしてこんな変化が……っ、そうか。あのミスリルのドラゴンが、モラルスの、望濫法典の生み出す、自分たちにとって都合のいい神だとするなら……
アレは奴らの願望を叶えるために存在する。ケリスの願いを叶えたのか? 離れ離れになっていたネコと再会したいって願いを……
そして、ケリスが次に願うのは、敵対者である俺の死。それを叶えるために、ミスリルの龍は力をケリスに与えるッ──
『フシャアアアアア!!』
ケリスが俺に襲いかかってくる。ケリスっていうよりは、ネコがか……ネコの爪が生えた腕をブンブンと振り回してくる。思ったよりも早くない。まだ全然避けられる。力がケリスを強くすることじゃなく、ケリスのネコを再現する方に集中してるのか?
──ソバシュ!!
「ぐあッああああああああ!?」
なんだよ、これっ……! 間違いなく攻撃を避けてたはずなのに……攻撃が、当たった……? 俺の体を見ると、俺の腹は切り裂かれて、大きな爪痕があった。
「願った……とでも言うのか? クソが……っく、馬鹿かよ!!」
馬鹿みたいに、雑に振るいまくったケリスとネコの連撃、その全てを俺は避けたはずだった。つまり──避けたはずだったその全ては、俺に命中する。願いは理不尽を起こす。
──ゾシュゾシュジュ!!!! スババババ!
「っ……こんな馬鹿な話があるか……避けても避けられない。因果を捻じ曲げて当てに来る……こんなので死んだら、最悪だ。納得いかねぇ……」
「おいおいシャヒルくーん? 納得できないってー? でもさぁ、現実っていうのは、君の納得のために存在するわけじゃないんじゃないのー? それにしても、しぶといねー。細切れにされても喋れるんだねー? 精神世界だから?」
細切れにされても喋れ……? え……?
俺は俺の状態を確認しようと俺の体を見る。
だけど、そこにあると思った俺の体はなかった。ケリスの言う通り、細切れにされた俺の残骸だけがあって、俺の耳と指が宙を漂っているのが見えた。
俺の体はバラバラだ……なのに、俺は生きてる……のか?
意識があって喋れて……精神世界だから……? こ、これってヤバイんじゃ……
俺が自分の状態を自覚したその瞬間、体中が寒くなった。感じる体はバラバラで繋がってもいないはずなのに、俺は全身が冷たくなったような気がした。
俺の命が、生きる力が消えて、そのまま終わってしまう。そんな気がした。
なんなんだよこれは……! 俺は、死ぬのか……? 今のこの状況なんなんだ? 何がどうなってこんな……っ……
考えがまとまらない……気が動転して、自分が何をすればいいのかすら分からない。そんな俺の心に同調するように、俺の視界は、目線は泳いだ。何が起きているのか分からないなりに、周囲の様子から、ヒントを得ようとした。俺は救いを、希望を求めていたのかもしれない。絶望的な状況に、現実逃避をした。
「あ、あ……ああ……」
『アァァァァァアアア!!』
泳ぐ視線は、その軌跡の中に、救いを求める人々を見た。巨大球の中に閉じ込められた。煙のような人々の魂、その集合。苦痛と絶望に喚き叫ぶ、魂があった。
「俺は、何をやってるんだ」
「は……?」
「絶望から逃れるために、救いを希望を求めて……自分が何をしに、ここへ来たかのを忘れて……俺は、助けるために来た、守るためにきたはずだ……助けを必要としているのは、あの人達だ! 俺が死んでどうする! 死を認めて、ただ消える!? ありえないだろ!」
「シャヒル……お前なにを……気が狂って……」
「俺は、俺の死を認めない。俺は立ち上がり、戦い続ける、何度でもだ!」
俺がそう覚悟を決めると、俺のバラバラになった体は、パズルのように組み合わさって、かろうじて人型になる。欠けて、歪んだ。
だけど、戦える。俺はまだ、戦える!
「ここが精神世界だというのなら、その意志が折れない限り、死ぬことはない。消えることはない!! みんな見えるか! 俺はここにいる! まだ終わっちゃいない! 俺はみんなを助けに来たんだ! 諦めないでくれ!! 俺は、ここにいる! 諦めたら! 本当に死んでしまうぞ!」
「シャヒル……お前なんなんだよ……化け物なのか……?」
ケリスとネコの”顔”は、俺に恐れを抱いていた。そんな表情がありありと見えた。
「化け物? そんなんじゃない。俺は弱い、さっきまで心は折れかけてたぐらいだ。だけど、そんなの関係ない。自分の弱さを言い訳に、ここで戦うことから逃げることなんてできない。俺がここで逃げたら、絶望に負けたら。助け待つ、この人達はどうなる。絶望に、不安に押し潰されちまうかもしれない。そんなの嫌だ。認めるわけにはいかねぇよ!」
俺は助けに来たんだ。逆の立場になって考えてみれば分かることだ。もし俺が助けられる側の立場だったら?
俺を助けに来た人が、逆に負けて、死んで消えてしまったら? 助けが来て、希望があると思ったら、それが消えてしまうなんて、そんなの最悪だ。
一度希望を持ったからこそ、より絶望は深まって。心が折れてしまうかもしれない。俺は彼らに希望を持たせた。ここに助けに来た時点でそうなんだ。
そんな俺が、ここにあっさり絶望に屈して、消えるなんてありえない。認めるわけにはいけない。俺には責任がある。何が何でも、希望を繋いで、可能性を見出す必要があるんだ!
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