82:魂の神殿
「チッ、またノーカウントってわけか……これじゃキリがない……」
「おいサイシュー、大丈夫か? お前、疲れて来てるぞ? ご丁寧にお前のダメージだけはノーカンじゃないみたい」
ロイスとサイシューは何度もドルカスを仕留める寸前まで追い詰めているものの、ドルカスはその度に【ノーカウント】の力でなかったことにしてしまう。
そしてドルカスがノーカウントの力を使うたび、その力の精度が上がっているのが見て取れた。最初、ドルカスは自身を含む周囲全てを巻き込んでノーカウントを実行したが、今ではサイシューを能力の対象外とすることができていた。
サイシューはドルカスに与えられたダメージと疲労で、徐々に動きが鈍くなって来ている。今はまだ、他の死克メンバーの魔法支援があるおかげでなんとかなっているが、その死克メンバーも、徐々にドルカスのノーカウントの対象外になりつつある。
故に、このまま戦い続ければ最終的に息切れし、敗北するのは死克だった。
「能力の最適化……? 対象を絞れるようになってるなら……あ? ……ロイス……ロイスは、最初からノーカウントが適用されてなかったぞ? もしかして、影響を受けないのか?」
サイシューの指摘通り、ロイスは最初からノーカウントの影響下になかった。ダグルムと相反する神を力を宿すためか、それともまた別の理由か、ロイスは戦闘による疲労が蓄積し続けている。と言っても、ロイスは一度もドルカスに攻撃を命中させておらず、成果は何も上げていない。
「……力がボクに使えないのか? でも、そうか……あいつ、ボクの攻撃だけは絶対に避けようとしない。ボクの攻撃を避けた結果、サイシューの攻撃を受けるとしても、必ず避けてきた。なら……あいつは、ボクの力をなかったことにできないのかもしれないな」
「じゃあどうする……? ロイスの攻撃はヤツに当たりそうにないぞ? キツイ言い方になるが、ロイスでは技量が足りない……」
「……確かに、ボクじゃ攻撃を当てられそうにない。だったら──【剣変性・オールブレイド】」
ロイスがスキルの名を叫び、発動させる。オールブレイドそれは言葉のままに、腕だけを剣化したブレイドアームとは違い、ロイスの総身を剣化する。両刃の大剣となったロイスからは、強い鉄の力がにじみ出ており、周囲の物質を侵食、鉄化させていく。
『サイシュー、ボクを振るえ! お前ならあいつに、ボクの刃を、鉄の力を当てられる!』
「──そういうことかッ!!」
サイシューはロイス=オールブレイドを掴む。オールブレイドの鉄の力はサイシューを侵食しようとするが、すでに鉄化しているサイシューには悪影響がなかった。むしろ、サイシューの動きは鉄の力を得て強化された。
今までよりも早く、サイシューはドルカスに突進していく。超重量の鉄の大剣を持っているのにも関わらず。
ドルカスは、サイシューがオールブレイドを掴んだ瞬間に、危険を察知し、逃走の選択をしたが、それはできない。
ドルカスの相手はサイシューだけではない。他の死克メンバーが移動妨害の魔法や、攻撃魔法を使用するから。
「グアアアアアアアアアアアア!??」
ドルカスはサイシューとロイスの一撃を避けることができなかった。完全なる直撃、ダメージは一切軽減できていない。
「の、の……【ノーカウント】!! 【ノーカウント】! あ、ああああ!?」
ドルカスのノーカウントは実行される。しかし、オールブレイドで切られ、鉄化した傷は治らない。何度ノーカウントを使ってみても同じ。解毒不能な世界一の毒薬であったとしても、なかったことにできるはずノーカウントでも、神の呪いは覆せない。
ブレイドアームよりも強い鉄の力を持つオールブレイドの一撃は、その傷口に鉄の力を定着させ、そこからさらに鉄の力を侵食させる。さながら鉄の毒、このままではドルカスの全てが鉄化するのも時間の問題。
「く、くそがぁッ!! あ、ああ……? お前誰だよ!! なんで、俺様は……俺様は何をしてるんだ……? あ、う……? 頭の中が、消えて……や、やめ……うわああああ!」
鉄の力は肉体だけでなく、その魂、記憶すらも鉄化させていく。ドルカスの未来は失われた。ここから生き残ったとしても、もう二度と元のドルカスには戻れない。
それは皮肉にも、ドルカスの命令によって魂が消滅したサイシューの妹、トーシュと同じ終わり方だった。
◆◆◆
「やっぱり死ぬのか、ドルカス。良かった……目を付けておいて」
ストーンフォレストの石の巨樹に背を持たれさせ、モラルスは呟いた。モラルスの手には水晶玉のような魔道具があり、そこには映像が映し出されていた。ドルカスがロイスとサイシューによって敗北し、その全てが鉄化していく様だった。
「死ぬのはいいけど、聖女の力で死なれると困るんだよね。だから──僕が殺す
──【デスマーク・エクスプロージョン】 」
モラルスの魔法詠唱と同時に、水晶玉の中の、彼の同胞は粉々に弾け飛んだ。
「もう、これ以上は時が立つのを待てそうにないね。薬は必要最低限広まった。始めるとしよう……──【聖殿の創造】」
その魔法はモラルスが生み出した新魔法。誰もその効果を知らない。同じ望濫法典の仲間であっても、その力の詳細なことまでは知らされていない。
モラルスが仲間達にした説明は極簡単なもの、人々の魂を薬物で弱体化させ、ダグルムの力を浸透させ、彼らの魂を神殿の創造に利用する──というもの。
なぜそれで神殿が創造できるのか、神殿ができたとして、それで何ができるのか? それを仲間たちは知らされていなかった。ただ、モラルスは言っていた。
「君たちの楽園を創ってあげるよ」
──と。
◆◆◆
「な、なんだ……これは……ドルカスが爆発したと思ったら今度は……みんな光だして……」
「ロイス、光ってるやつと光ってないやつがいるが、これはどういう違いなんだ?」
「そ、そんなの知るかよ!! けど、絶対ヤバイやつだぞ! これ!」
ベイカル全域で緑とオレンジの発光現象が起こった。それは突然で、光の元は人間だった。ベイカルの人間の一部が光りだした。
発光する人々の目は虚ろとなり、地に蹲り、動かなくなった。そして──
「う、うああああああ!? そんな、自分まで……!!」
死克の幹部、ジェイスが光り始めた。ジェイスだけでなく、先程まで光っていなかった人々まで、光に侵食されるようにして光り始めた。
弱い者はその光に囚われ、光に操られた。それはつまり、ベイカルの住人のほぼ全てが何者かに意思を奪われ、操られたことを意味する。
人々は光に誘われるがまま、立ち上がり、まるで軍隊の行進のように規則正しく、狂いなく動き出した。街の住人のほぼ全てが一斉に動いているにも関わらず、なんの滞りもなく、一度も立ち止まらずに、何者かに命じられた指定ポイントへ移動した。
「あ……ああ、そんな……まさか……境界線の上に立って……」
人々の動きが徐々に緩やかとなり、彼らが自身を使って何を形つくっているのかが明らかになった時、ロイスは己の無力さを自覚した。
ベイカルを何重にもしきる境界線、その上に立つようにして人々は並び、その次に、外縁部から中央へと続く、境界線を跨ぐ通路を作った。
人々から光が伸びていく。光は柱となって、壁を作り、平面的だったそれは立体的なものへと移り変わる。通路に見えた人々の列は、階段となった。
そして、その階段の続く中央、頂点にはロイスの知る者がいた。
「嘘だろ……?」
望濫法典の幹部、シャヒルが倒したはずのケリス、そして……今しがたロイスとサイシューが倒したはずのドルカスだった。
神殿の頂きに鎮座する二人は、到達者としての姿をしていて、人の形をしていなかった。胸にネコの顔がある首なし人形と、兎と鬼を混ぜ合わせた男。
ベイカルに生まれ落ちた者で、光に操られず、自我を保ったままなのは、ロイスとサイシュー、二人だけだった。
絶望を許されない二人だが、かといって何をどうすればこの事態を収拾できるのかまるで分からなかった。
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