81:治療
「まさか身体の完全な治癒が可能とは……この回復力は我々の想定外だ……」
「なんで……生きてる……あ、ああ! 試合は、試合は? 次勝てば、チャンピオンに挑めるって」
ドラムラット社の所有する研究所の治療室、ベッドの上でドゥールーカスは目覚める。目覚めたばかりで記憶は混濁したまま、自身の置かれている状況を理解していなかった。
「それは無理ですよ……ドゥールーカスさん。あなたは3ヶ月間眠っていたんです。ここからリハビリ、トレーニング等を考えると……調整に最低でも一年異常はかかる。というか……我が社の人間は、あなたが回復しない、死亡するものと思って、不誠実な対応をした」
「は……? ど、どういうことだよ」
困惑ドゥールーカスに浮かない顔で口を開くマネージャー。
「治療は最低限、と言っても上級市民クラスのものですから法外な費用なのですが……これをあなたの負担としたんです。確かにドゥールーカスさんが望んだ私闘によって、生まれた結果ですが……我が社はその私闘から有益なデータをしっかり取っていたのですから、その治療費は我が社が負担すべきと、私は進言した。でもダメだった、本当に申し訳ない……」
「あ……え……?」
「すみません。こんな状態では……小難しい説明は理解できませんよね。ドラムラット社はあなたを裏切った。普通の稼ぎでは一生を使っても返せない額の借金をあなたに背負わせた。あなたが我が社との契約で受け取るはずだった年金から保証金、ファイトマネーの貯蓄、それらは全て、借金の返済によって消え去りました。そうしても尚、あなたには借金が残っている……」
「ま、待て、待て待て待て!! 俺様はそんなこと、相談だってされてねーぞ!?」
「契約書には、ドゥールーカスさんの意識がない場合、その処遇をドラムラット社が決めても良いという条項がありまして……それに、上級市民用の治療というのは、上級市民以外に適用すると10倍の費用が発生します。元は、彼らのためにしか使用しない前提で、リソースが限られていますからね……ドラムラットがあなたを治療したのは……あなたは人気があったので、治療すらしないのは印象が悪いと……そんな程度の理由です」
「お、俺様はどうなるんだよ……俺様は、またリングの上で戦えるのか……?」
ドゥールーカスは雇い主に裏切られても、この場所で戦うことを望んだ。現実逃避もあったが、マネージャーのことだけは信頼していたからだ。
「肉体面はおそらく大丈夫でしょう……しかし……心は……あなたがまた戦いと向き合えるのか……酷い負け方、死にかけるほどの敗北、それを経験した格闘技者は、精神的に立ち直れず、そのまま引退することも珍しくありません……」
「お、俺様が臆病風に吹かれるってのか!? な、舐めんじゃねーよ! お、俺様はぁ、さ、さいきょ──」
俺様は最強だ。ドゥールーカスはそう言いたかった。けれど、言いかけた瞬間、彼の頭の中にイメージがフラッシュバックする。一方的に蹂躙され、生きたまま解体されていく自分自身と、狂い笑うザファスの姿。
「ああ、うわああああああああ!!!!!!!!!!」
ドゥールーカスの心は壊れていた。闘争のための心はそこには存在せず、戦いに対する忌避、逃走の選択肢しか見えない。
だが、それでも戦うことでしか生きる糧を得られる方法を知らないドゥールーカスは、復帰を目指した。マネージャーも、それを親身になって協力した。
だが駄目だった。軽いスパーリングをしようとスパーリングパートナーを用意しても、いざ向き合ってみると、ドゥールーカスはPTSDを発症し、まともに立つことすらできなかった。殻にこもるようにしゃがみ、腕で頭を覆って、恐怖に怯えた。
「ドゥールーカス、もう格闘技者への復帰は諦めましょう……もう別の生きる道を探すべきです。あなたはまだ若い……まだ方向転換は可能だ」
「い、嫌だ! お前だって知ってるだろ!? 俺様に残された借金は、とても真っ当に働いて稼げるような額じゃねぇ! 新代スポーツ格闘技でもなきゃ無理だ!」
「だったら、真っ当でない稼ぎ方をすればいい」
「お、おいマノギ!? お前、何言って……犯罪をやれって言うのか? ど、どうしちまったんだよ! クソ真面目なお前らしくねぇぞ?」
復帰のための、長いリハビリ期間の間に、ドゥールーカスはマネージャーのことを彼の名前で呼ぶようになっていた。彼らは単なる仕事仲間という関係ではなく、互いに親友といえる間柄となっていた。
「そのクソ真面目さが……今のクソみたいな状況を生んだ!! 私が、もっと汚い手段を使ってでも、治療費の負担をドラムラットに背負わせるべきだった!! 私が悪いんだ……あの決闘を止めなかったこともそうだ! 私も、君も、ドゥールーカスこそが最強であると信じて疑わなかった。だから当然、あの決闘だって、君が勝つと思って、負けた時のリスクを考えもしなかった……」
「ま、マノギ……お前は何も悪くねぇよ……」
「真面目にやって、会社のために尽くして、返ってくるのが不誠実な結果だけならば。私が! 君が! 馬鹿みたいに真面目に向き合う必要がどこにある? こんなゴミ会社、潰れてしまえばいい。私はドラムラットを抜ける。君がここに残るとしてもだ……どうするドゥールーカス。君も一緒に来るか?」
「俺様は……」
ドゥールーカスはマノギと共にドラムラットを裏切り返した。会社の違法貯蓄を盗み出し。役員達のスキャンダルをメディアに流出させた。ドラムラットは倒産し、ドゥールーカスとマノギはその行いを実績として、裏社会に溶け込んでいった。
マノギは頭がまわり、ドゥールーカスは人と戦えないとしてもその高い腕力だけは健在で、盗みや運搬には大活躍だった。
そんな裏社会で、ドゥールーカスは一人の青年と出会った。ちょっとした盗みの仕事が終わり、その報告をするため、クライアントの代理人と会うはずだった。
ドゥールーカスが報告のため、指定されたポイントへ赴くとそこにいたのは、クライアントの代理人ではなく、クライアント本人だった。
「やぁ、君がDL、いやドゥールーカスだね? 僕は森戸、森戸流戸だ。仕事上はカタリストと名乗っている」
「カタリスト……クライアントの……本人だってのか? それが、なんだって本名……まで?」
天然パーマの優男で、根暗な印象を受ける青年は、困惑するドゥールーカスを見て、少し笑みを浮かべた。
「ああ、ごめんごめん。笑ってしまったのは、君の心と体があまりにアンバランスだったから……君達さ、最近いい仕事をしてるよね。だからスカウトしに来たんだよ。仲間になるなら、君が抱える借金を僕が肩代わりしてもいい。君の相棒には僕が所有する土地の管理を任せても良い。もちろんそれで発生するお小遣いは君たちのモノだ」
「そ、そんな上手い話があるわけ……」
「ははは、それがあるんだよね。だって僕は選ばれた人間だから。能力的にも、権力的にも、僕は、僕が好きなように世界を動かせる。聞いたことないかな? 森戸財閥って、新財閥の支配者の家だ。僕はそれの次期当主だ。君たちが上級市民と呼ぶ者をも支配する者だ。僕が君たちを許せと言えば、彼らは首を縦に振るしかない」
「森戸財閥……そんな、まじかよ……だったら、俺らには拒否権なんてないじゃんか」
森戸財閥、その名は世情に疎いドゥールーカスですら知っていた。文字通り世界支配を行っている新財閥の中でも中心的なポジションにある家で、優秀な研究者を多く輩出し、多くの利権を独占している一族。
「いやいや、拒否権はもちろんあるさ。ただ、君たちには断るメリットがまるでないから、実質的な選択肢がないというだけでね。別に嫌なら無理強いするつもりはないよ。ただまぁ、それでもドゥールーカス、君にはちょっと試して欲しいことがあるけどね」
「俺に試して欲しいこと……?」
「ああ、ゲームだよ。VRMMOで一緒に遊んでほしいんだ」
一緒にゲームで遊んで欲しい、唐突な森戸の提案の意図が読めず、訝しげなドゥールーカスだが、とりあえず彼の話に耳を傾けることにした。相手の機嫌を損ねれば殺されかねない。
「Road Blend Onlineって言うゲームなんだけどね。最近人気はちょっと下火だけど、昔は人気があったゲームなんだ。VRMMOって、流行りだした頃は心因性の病気の治療への活用とか考えられててさ、このゲームもそうだった。だからうまく活用すれば、君の抱えるトラウマ、PTSDも治療できるかもしれない」
「ゲームで、俺の病気の治療が……? じゃ、じゃあ……」
「うん、成功すれば、君はまたリングの上で大活躍さ。そして今度のバックは森戸財閥だ。ドラムラットなんてちんけな会社とは比べるべくもない。どうかな? まずは試しにゲームだけでもやってみないか?」
ドゥールーカスとマノギは相談した結果、森戸の傘下となった。どしてドゥールーカスは森戸によってVRMMO、Road Blend Onlineの世界へ誘われた。
ドゥールーカスはドルカスとなって、森戸流戸はモラルスとなって。彼らはゲーム世界で、彼らの抱える闇を治療しようとした。
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